
ナラティブアプローチとは
ナラティブアプローチは、利用者の語る人生の物語に耳を傾け、その人らしさを再発見する対人援助の手法。マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンが体系化し、認知症ケアや回想法と組み合わせて活用されています。
この記事のポイント
ナラティブアプローチ(物語論的支援)とは、利用者の語る「人生の物語(ナラティブ)」に丁寧に耳を傾け、本人の経験を一緒に意味づけし直すことで、本人らしさやその人の強みを取り戻していく対人援助の手法です。1980〜90年代にオーストラリアのマイケル・ホワイトとニュージーランドのデイヴィッド・エプストンが「ナラティブ・セラピー」として体系化し、現在は介護・看護・ソーシャルワーク・認知症ケアの実践現場でも広く応用されています。
目次
ナラティブアプローチの基本的な考え方
ナラティブアプローチは、社会構成主義(人の現実は社会的なやりとりのなかで意味づけられる、という哲学)を土台にしています。「人が問題なのではなく、問題が問題なのである」というマイケル・ホワイトの有名なフレーズに表れているように、利用者本人と問題(病気・障害・孤独・喪失感)を切り離し、本人自身の語りのなかから新しい意味を見つけ出すことを目指します。
従来の医学モデルが「機能低下=補うべき欠損」と捉えるのに対し、ナラティブアプローチは「本人がその出来事をどう物語っているか」を中心に置きます。たとえば、要介護状態になった高齢者に対しても、単に「ADLが低下した方」ではなく「戦後の高度成長を支え、家族を養い、退職後は地域の世話役を担ってきた一人の人」として、その人生の物語のなかで現在の状態を捉え直していきます。
介護現場で活用する際は、ケアマネジャー・介護福祉士・看護師・相談員といった援助職が、傾聴・対話・問いかけを通じて利用者が自分の物語を再構築するプロセスをサポートします。ケアプラン作成時のアセスメント面談、施設入居後のなじみの関係づくり、看取り期の人生の振り返り、家族支援などで活かせる、汎用性の高い基盤的アプローチです。
ナラティブアプローチの中心となる4つの技法
ホワイトとエプストンが提唱した中心技法のうち、介護現場で特に活用しやすい4つを紹介します。
1. 外在化(externalizing conversation)
本人と問題を切り離し、「問題」を一つの登場人物のように外側に取り出して語る技法です。たとえば「あなたは怒りっぽい人ですね」ではなく、「最近〈イライラさん〉はどんなときにやってくるんですか?」と問いかけることで、本人の人格と症状・行動を切り分けます。BPSD(認知症の行動・心理症状)への対応や、介護拒否がある利用者との関係修復で効果が報告されています。
2. ユニーク結果探し(unique outcomes)
本人を支配しているネガティブな物語(ドミナント・ストーリー)に当てはまらない例外的な経験を、対話のなかから掘り起こす技法です。「いつもデイサービスを嫌がる」という語りのなかでも、「先週、塗り絵をしているときだけは笑顔だった」という例外を見つけ、そこから新しい物語を編み直していきます。
3. リオーサリング(re-authoring conversation)
見つかったユニーク結果をつなぎ合わせ、本人にとって望ましい新しい物語(オルタナティブ・ストーリー)に書き換えていく技法です。「自分は何もできない人間になった」という物語を、「家族のために何十年も働いた人間で、今は次の世代に役割を譲る時期にいる」という物語へと再構築します。
4. リメンバリング(re-membering conversation)
本人の人生に大切な影響を与えた人(家族・友人・恩師・同僚など)を会話のなかに招き入れ、その人々との関係性のなかで自分を語り直す技法です。看取り期の人生の振り返りや、施設入居後にアイデンティティが揺らぐ利用者への支援で活用されています。
回想法・ライフレビューとの違い
ナラティブアプローチは、認知症ケアでよく使われる回想法(Reminiscence Therapy)やライフレビューと近い概念として語られますが、目的と技法に明確な違いがあります。
| 項目 | ナラティブアプローチ | 回想法 | ライフレビュー |
|---|---|---|---|
| 提唱者 | マイケル・ホワイト/デイヴィッド・エプストン | ロバート・バトラー(1963年) | ロバート・バトラー(1963年) |
| 主な目的 | 本人の物語を再構築し、自己理解と問題解決を支援 | 過去の記憶を共有して情緒安定とQOL向上 | 人生全体を体系的に振り返り、統合と受容を促す |
| 対象 | 援助関係全般(介護・看護・カウンセリング) | 主に高齢者、特に認知症の方 | 主に高齢者、終末期支援が中心 |
| 技法 | 外在化・ユニーク結果・リオーサリング | 昔の写真・音楽・道具を使った回想刺激 | 誕生から現在までを時系列で振り返る |
| 言語能力 | ある程度必要(軽度〜中等度認知症まで適用可) | 言語以外の手がかりでも可能 | ある程度の言語能力が必要 |
実務では、これらを排他的に使うのではなく組み合わせることが一般的です。たとえば回想法のセッションで写真や音楽を手がかりに記憶を引き出し、そこで語られた人生の出来事をナラティブアプローチの視点で意味づけし直す、という統合的活用が認知症ケアの現場で広がっています。
介護実務で活かすためのコツ
アセスメント面談で「年表」より「物語」を聞く
ケアプラン作成時のインテーク面談では、職歴・病歴・家族構成を時系列で埋めるだけでなく、「もっとも輝いていた時期はいつですか」「人生で大切にしてきたことは何ですか」といった物語を引き出す質問を1〜2問混ぜると、本人らしさを把握しやすくなります。
BPSDを「症状」ではなく「メッセージ」として聴く
認知症の周辺症状を「困った行動」として記録するのではなく、「この方は今、何を伝えようとしているのか」という外在化の視点で観察すると、対応のヒントが見つかりやすくなります。
家族支援にも応用する
「もう何もしてあげられない」と落ち込む家族に対して、「これまでお母さまにとって、あなたはどんな存在でしたか」と問いかけることで、関係性のなかでの自分の役割を再発見してもらえます。介護負担感の軽減にもつながる手法です。
看取り期の振り返りで「遺してくれたもの」を言語化する
リメンバリングの技法を応用し、本人や家族と「あなたが大切にしてきたことは、これからもこの家族のなかで生き続ける」という対話を持つことで、看取りの時間が単なる別れではなく「物語の引き継ぎ」となります。
よくある質問
Q1. ナラティブアプローチは中等度・重度の認知症の方にも使えますか?
A. 言語による対話が中心となる手法のため、重度認知症で発話が困難な方には限界があります。ただし軽度〜中等度であれば、短いフレーズや写真・道具を補助に使うことで十分に活用可能です。発話が難しい段階では回想法やユマニチュード、バリデーション療法と組み合わせることが推奨されます。
Q2. ケアマネジャーや介護福祉士が独学で身につけられますか?
A. 基本的な傾聴姿勢と「外在化」の問いかけは書籍や研修で身につけられます。ただし複雑な事例や精神的苦痛が強いケースでは、心理職・精神保健福祉士との連携が望ましいです。日本ナラティヴ・アプローチ学会や対人援助系の研修団体が定期的にワークショップを開催しています。
Q3. 介護記録にはどう書けばよいですか?
A. 客観的事実(日時・行動・発言)に加えて、本人が語った物語の要素(過去の役割・大切にしている価値観・例外的な良い状態)をメモすると、チーム内で「その人らしさ」を共有しやすくなります。ICFやセンター方式のシートと相性がよく、認知症ケアマッピングと併用する施設もあります。
Q4. 介護報酬上の評価はありますか?
A. ナラティブアプローチそのものへの加算はありませんが、認知症専門ケア加算・認知症加算・看取り介護加算などを算定するためのアセスメント・ケア計画・記録に活かすことは可能です。本人本位のケア計画は、これらの加算要件である「個別性のあるケア」の根拠となります。
Q5. 家族とのトラブルが多い利用者にも使えますか?
A. はい。家族関係の問題に対しても、「対立そのものを外在化する」「過去の良かった関係性を語り直す」といった応用が可能です。家族会議や担当者会議の場で、援助職がファシリテーターとして問いかけることで、関係性の再構築を支援できます。
参考資料
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まとめ
ナラティブアプローチは、利用者を「症状や障害を持つ人」ではなく「人生の物語の主人公」として捉え直し、本人の語りのなかから新しい意味と力を引き出す対人援助の手法です。外在化・ユニーク結果探し・リオーサリング・リメンバリングという4つの中心技法は、ケアプラン作成、認知症ケア、家族支援、看取り期の振り返りなど、介護のあらゆる場面で活用できます。回想法やライフレビュー、ユマニチュードと組み合わせることで、その人らしさを最後まで支える質の高いケアが実現します。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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