
デジタルヘルスとは
WHO・経済産業省の定義から、介護領域での具体的なデジタルヘルス活用までを整理。ウェアラブル、遠隔モニタリング、転倒・誤嚥予測AI、PHR/EHRの違いを実装事例とともに解説します。
この記事のポイント
デジタルヘルスとは、WHO(世界保健機関)が「健康増進を指向してデジタル技術を開発し利用すること、並びにその知識体系」と定義する概念で、AI・IoT・ウェアラブル・ビッグデータなどのデジタル技術を活用して医療・介護・健康増進の質と効率を高める領域全体を指します。介護領域では、ウェアラブルによる睡眠・バイタル把握、遠隔モニタリング、AIによる転倒・誤嚥予測、PHR/EHR連携などが中心です。
目次
デジタルヘルスの定義と介護領域での位置づけ
デジタルヘルス(Digital Health)は、WHO が 2018 年の第71回世界保健総会で採択した「デジタルヘルスに関する決議」のなかで「健康増進を指向してデジタル技術を開発し利用すること、並びにその知識体系」と定義した広範な概念です。eHealth(電子的な保健医療)と mHealth(モバイルヘルス)を包含し、AI、ロボティクス、IoT、ビッグデータ解析、仮想現実(VR)など最新のデジタル技術を医療・介護・公衆衛生に組み込むこと全般を指します。
経済産業省は「ウェアラブルやデータ活用による疾病・介護予防や次世代ヘルスケア」(2019 年資料)以降、デジタルヘルスを「健康・医療・介護領域での新サービス創出基盤」と位置づけ、PHR(個人健康記録)、SaMD(ソフトウェア型医療機器)、DTx(デジタル療法)、見守り・介護ロボットを含む産業領域として育成しています。日本政策投資銀行のレポートも、デジタルヘルスを「IoT、AI、ロボティクスなどを活用した健康・医療・介護といったヘルスケア領域のサービス・製品」と整理しています。
介護領域でのデジタルヘルスは、(1)施設・在宅での見守り、(2)バイタル・ADL の継続モニタリング、(3)AI による転倒・誤嚥・状態悪化の予測、(4)LIFE(科学的介護情報システム)など制度的なデータ基盤、(5)介護ロボット・センサーによる業務支援、の 5 領域に大別できます。これらは「医療領域のデジタルヘルス」と隣接しつつ、生活機能の維持や 24 時間ケアという介護固有の文脈で組み立て直されている点に特徴があります。
介護領域における主要デジタルヘルス技術
介護現場で実装が進んでいるデジタルヘルス技術は、用途に応じて以下のように分類できます。
- ウェアラブル(バイタル・睡眠):スマートウォッチ、リング型デバイス、装着型センサーで心拍数・血中酸素飽和度(SpO₂)・体温・睡眠ステージ・活動量を 24 時間計測。利用者本人の状態把握だけでなく、職員の腰部負荷・ストレス計測にも応用されている。
- 非接触見守り(センシング):ベッドマットレス下のシート型センサー、ミリ波レーダー、画像 AI カメラで呼吸・心拍・体動・離床を非接触で取得。夜間巡視を最小化し、睡眠を妨げずに状態把握を行う用途で広く導入されている。
- 遠隔モニタリング(テレケア):訪問看護・在宅医療と組み合わせ、自宅のバイタルデータを 24 時間クラウドへ送信し、異常時に医療職へ通知。在宅酸素や慢性心不全患者の重症化予防で診療報酬上も評価が進む領域。
- AI 予測モデル:センサーとカルテデータを統合し、転倒リスク、誤嚥性肺炎、皮膚トラブル、認知機能低下を事前に予測。LIFE データを学習に使う研究も増えている。
- PHR / EHR / LIFE:個人の健康記録(PHR)、医療機関の電子診療記録(EHR)、介護領域の科学的介護情報システム(LIFE)といったデジタル基盤。介護現場ではアセスメント結果・口腔・栄養・リハの情報がここに蓄積される。
- 介護ロボット・コミュニケーションロボット:移乗支援、排泄予測、コミュニケーション支援を担うロボットも広義のデジタルヘルスに含まれる。厚労省・経産省の介護ロボット重点開発分野で支援が継続している。
PHR・EHR・ウェアラブル・遠隔モニタリングの違い
「デジタルヘルス」の議論で混同されやすい 5 つの概念を、対象データと薬事承認の有無で整理します。
| 用語 | 対象データ | 主な担い手 | 医療機器承認 | 介護領域での主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| PHR(Personal Health Record) | 個人が日常的に記録する健康・生活データ | 本人・家族 | 不要 | セルフケア、退院後の生活管理、家族との情報共有 |
| EHR(Electronic Health Record) | 医療機関が保有する診療・検査・処方記録 | 病院・診療所 | 必要(医療情報システム) | 退院時情報の連携、ケアプラン作成への活用 |
| ウェアラブル | 装着型センサーで取得するバイタル・活動量 | 本人または施設 | 原則不要(一部は SaMD) | 睡眠把握、転倒リスク評価、ADL モニタリング |
| 遠隔モニタリング | 在宅・施設のバイタルを離れた医療機関へ送信 | 主治医・訪問看護 | 必要(プログラム医療機器) | 慢性疾患の重症化予防、看取り期の状態管理 |
| LIFE(科学的介護情報システム) | 介護現場のアセスメント・口腔・栄養・リハ等 | 介護事業所 | 不要(厚労省システム) | 科学的介護推進体制加算、ケア計画の質改善 |
同じ「データを取る」仕組みでも、誰が責任を持ち、どこに保存し、どの目的(医療行為/生活支援/加算算定)に使うかで法的位置づけが異なる点が重要です。
介護領域でのデジタルヘルス実装事例
2025 年度時点で実用フェーズに入っている具体的な実装パターンを紹介します。
1. ウェアラブルでの睡眠・バイタル把握
特別養護老人ホームや有料老人ホームで、リング型・腕時計型ウェアラブルを利用者に装着し、夜間の心拍数・呼吸・SpO₂・睡眠ステージを継続記録する取り組みが広がっています。夜間の体動の少なさや SpO₂ 低下から、肺炎・心不全悪化の早期発見につなげる事例も報告されています。
2. 非接触センサーによる夜間見守り
ベッド下に敷くシート型センサー、天井設置のミリ波レーダーで呼吸・心拍・体動・離床を取得し、ナースコール無しで職員端末へアラートを通知。夜間巡視回数を維持しながら、利用者の睡眠を分断せずに状態把握ができ、夜勤職員の負担軽減と転倒・離設の早期検知を同時に実現します。
3. AI による転倒・誤嚥リスク予測
センサーで取得した歩行速度・ふらつき・夜間の覚醒パターンと、過去の転倒履歴・服薬・ADL データを組み合わせ、転倒リスクを数値化するモデルが実装されています。誤嚥領域でも、嚥下音や食事中の咳パターンを AI が解析し、誤嚥性肺炎のハイリスク者を抽出する研究が進んでいます。
4. 遠隔モニタリングと在宅医療の連携
在宅酸素療法、慢性心不全、看取り期の患者に対し、SpO₂・心拍・体重・血圧を自宅から自動送信し、訪問看護ステーションと主治医がクラウド上で共有。診療報酬上も「在宅患者酸素療法指導料」「心臓ペースメーカー指導管理料」等で遠隔モニタリング加算が評価されています。
5. LIFE と現場アセスメントの連携
科学的介護情報システム(LIFE)にケアプラン・口腔・栄養・リハの情報を提出し、フィードバック結果を計画見直しに活かす運用が定着しつつあります。LIFE データを学習に使った状態悪化予測モデル、自治体単位の介護予防分析も登場しています。
現場で導入する際のポイント
- 目的を「業務削減」と「ケアの質向上」のどちらに置くかを明示する。両立する技術もあるが、評価指標が異なると現場の納得感が下がりやすい。
- 導入前に「鳴り過ぎ問題」の許容範囲を決める。見守りセンサーは設定が緩いと過剰アラートが続き、警報疲れで形骸化する。
- 個人情報・要配慮個人情報の扱いを規程化する。バイタル・映像・位置情報は要配慮個人情報に該当するため、利用目的・保存期間・共有先を本人・家族へ説明し同意を取得する。
- 介護報酬上の評価とセットで検討する。生産性向上推進体制加算、見守り機器の人員配置緩和、科学的介護推進体制加算(LIFE)など、加算を取り切ることで投資回収を早められる。
- 夜勤・送迎・記録など「人手の集中ポイント」から優先導入する。費用対効果を見極めやすく、現場のメリットも実感されやすい。
よくある質問
Q. デジタルヘルスと「介護DX」「介護ICT化」は同じ意味ですか?
A. 厳密には異なります。デジタルヘルスは健康・医療・介護を含む広い概念で、技術側の発想(AI、ウェアラブル、IoT 等)を起点に語られます。一方、介護 DX や介護 ICT 化は介護事業所側の発想で、業務プロセスを情報技術で再設計することを指します。両者は重なりますが、デジタルヘルスのほうがやや上位概念です。
Q. 介護現場のウェアラブルは医療機器ですか?
A. 多くは「民生品(一般電子機器)」として扱われ、医療機器承認は不要です。ただし、診断や治療判断に用いるソフトウェアは SaMD(プログラム医療機器)として薬機法の対象になり得るため、業者選定時には薬事の取り扱いを確認する必要があります。
Q. PHR と LIFE はどう違いますか?
A. PHR は本人や家族が日常生活データを管理するための仕組みで、健康管理アプリやマイナポータルでの自己情報閲覧が代表例です。LIFE は介護事業所がアセスメント・口腔・栄養・リハ等のデータを国に提出し、フィードバックを受けて科学的介護を推進する仕組みで、加算算定要件にも組み込まれています。
Q. 介護職員にとってデジタルヘルスの知識は必要ですか?
A. 必須ではありませんが、見守りセンサー、記録アプリ、ケア記録ソフトを操作する場面は確実に増えています。アラート対応の判断、データを根拠にしたケアプランの提案ができる人材は、今後管理職や生活相談員へのキャリアでも評価されやすくなります。
参考文献・公的資料
- World Health Organization「Digital Health」(WHA71.7 決議および WHO デジタルヘルス戦略 2020-2025)
- 経済産業省「ウェアラブルやデータ活用による疾病・介護予防や次世代ヘルスケア」(産業構造審議会2050経済社会構造部会資料)
- 厚生労働省「データヘルス改革推進本部」
- 厚生労働省「科学的介護情報システム(LIFE)について」
- 日本政策投資銀行「デジタルヘルスを巡る動向(No.384-1, 2022)」
まとめ
デジタルヘルスは、WHO・経済産業省が定義する「健康増進のためのデジタル技術活用」を意味する広い概念であり、介護領域ではウェアラブル、非接触見守り、遠隔モニタリング、AI 予測、PHR / EHR / LIFE 連携といった具体的な技術群として現場に実装されつつあります。介護報酬上の加算と紐づく領域も増えており、職員のキャリア面でも「データを根拠にケアを語れる人材」の価値が高まっています。導入時は目的設計と個人情報の取扱いを丁寧に設計し、現場の業務改善と利用者の生活の質向上の両立を意識することが重要です。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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