DNAR(蘇生処置非実施)とは

DNAR(蘇生処置非実施)とは

DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)とは、心停止時に心肺蘇生(CPR)を試みない事前の医療指示。日本集中治療医学会など3学会の合同声明、DNR・ACP・リビングウィルとの違い、介護施設での合意プロセスと実務を定義特化で解説します。

ポイント

この記事のポイント

DNAR(Do Not Attempt Resuscitation:蘇生処置非実施)とは、心停止が起こったときに心肺蘇生(CPR)を試みないことを、本人・家族・医療チームの合意のもとであらかじめ決めておく医療指示です。日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会の3学会合同声明(2017年)では、DNARはあくまで「心停止時のCPR不開始のみ」を意味し、人工呼吸器や輸液・抗生剤など他の治療を一律に差し控える指示ではないと明示されています。

目次

DNARの定義と歴史的経緯

DNARとは「Do Not Attempt Resuscitation」の略で、日本語では「蘇生処置非実施」「蘇生のための処置を試みない」と訳されます。回復の見込みが極めて低い終末期の患者が心停止に至った場合、本人の尊厳を守るために心肺蘇生法(CPR:胸骨圧迫、人工呼吸、除細動、気管挿管、昇圧薬投与など)を行わない、という方針を医療チームが事前に共有しておくための医療指示です。

1995年、日本救急医学会が「DNR(Do Not Resuscitate)」を「癌の末期、老衰、救命の可能性がない患者などで、本人または家族の希望で心肺蘇生法をおこなわないこと」と定義しました。しかし「Resuscitate(蘇生する)」という単語は蘇生が成功する前提を含むため、「成功するはずの蘇生をあえて行わない」という誤解を招きました。

そこでAHA(米国心臓協会)ガイドライン2000では、「Attempt(試みる)」を加えた「Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)」が採用されました。これは「蘇生の成功率が低い状況で、試みること自体を行わない」という、より実態に即した表現です。現在、日本でもDNARが標準用語であり、DNRは古い表現として位置づけられています。

DNAR指示の根拠は患者の自己決定権の尊重です。回復不能な終末期において、心停止という不可逆的な変化を医療技術で一時的に押し戻すことが、本人にとって最善のケアとは限りません。本人の人生観・価値観に基づき「自然な経過に委ねる」選択肢を提供することが、DNAR制度の本質です。

DNR・ACP・リビングウィルとの違い

DNARは混同されやすい類似概念がいくつかあります。範囲・主体・性質を整理すると以下の通りです。

用語意味対象範囲主体
DNAR心停止時にCPRを試みない医療指示心肺蘇生のみ医師の指示(本人・家族の合意に基づく)
DNRDNARの旧称(誤解を招くため非推奨)同上同上
ACP(人生会議)人生の最終段階の医療・ケアを繰り返し話し合うプロセス医療・ケア全般本人・家族・医療ケアチームの対話
リビングウィル延命治療を望むかを生前に書面で意思表示終末期医療全般(延命治療・蘇生など)本人の意思表明
POLST医師と相談のうえで治療方針を文書化した指示書終末期ケア全般医師の指示+本人合意

最大のポイントはDNARの対象は「CPR不開始」だけという点です。3学会合同声明は「DNAR指示があっても、人工呼吸器の装着・輸液・抗生剤投与・集中治療室入室など、それ以外の医療行為は別に判断すべき」と明記しています。「DNAR=何も治療しない」と誤って解釈すると、苦痛緩和や感染症治療まで差し控えられ、本人の不利益につながります。

一方ACP(人生会議)はDNARを包含するより広い概念です。ACPの話し合いの結果として、DNAR指示やリビングウィルが文書化されることがあります。介護現場では「ACPの中でDNARの希望が確認された場合、医師が指示として記録する」という流れになります。

DNAR指示が成立するまでのプロセス

DNAR指示は単独で成立するものではなく、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に沿った合意形成が必要です。介護施設で関係する典型的な流れは以下の通りです。

  1. 本人の意思確認:判断能力が保たれているうちに、本人が「自然な経過に委ねたい」「最期は穏やかに過ごしたい」といった意思を表明する。書面化(リビングウィル)は必須ではないが推奨される。
  2. 家族との話し合い:本人の価値観・人生観を家族と共有し、本人の意思を支える代弁者(キーパーソン)を明確にする。
  3. 医療チームとのACP:主治医・看護師・ケアマネジャー・施設職員などを交えて、人生の最終段階に望むケアを話し合う。1回で決めず、状態変化に応じて繰り返す(ACPの核心)。
  4. 主治医によるDNAR指示の記録:話し合いの結果として「心停止時にCPRを行わない」という方針が確認されたら、主治医が診療録(カルテ)にDNAR指示として明記する。施設の看取りに関する指示書・同意書としても残す。
  5. 多職種への共有:夜勤帯・休日も含めて、すべてのケア提供者がDNAR指示を把握できるよう申し送り・ケアプラン・施設記録に反映する。
  6. 定期的な見直し:本人の意思は変わりうるという前提で、状態変化・本人の発言・家族の希望に応じて繰り返し確認する。

本人の判断能力が失われた後に方針を決める場合は、家族と医療・ケアチームが「本人ならどう望むか」を推定しながら合意形成します。家族と本人の意向が異なる場合は本人の意思が優先される、というのが厚労省ガイドラインの基本姿勢です。

介護施設での運用上の注意

特養・老健・有料老人ホーム・グループホームなどでDNARを扱う際には、3学会合同声明が指摘する誤用パターンを避ける必要があります。介護現場で押さえておきたいポイントを整理します。

  • DNAR=CPR不開始だけ:DNAR指示を理由に、誤嚥性肺炎への抗生剤投与、脱水時の輸液、苦痛緩和のための鎮痛薬を差し控えてはいけません。それぞれ別の同意・指示が必要です。
  • 救急搬送の方針を事前に整理:DNAR指示があっても、家族が動揺して救急要請する場面はあり得ます。「心停止時はCPRを行わず看取る/状態悪化時に救急搬送するか」を施設のケアプランに明記しておくと現場が混乱しません。
  • 夜勤帯・休日への共有:DNAR情報が日勤の限られたスタッフにしか共有されていない事例は事故のもと。申し送りノート・電子記録・ケアプラン・施設指示書すべてに反映し、新人や派遣職員にも伝わる導線をつくります。
  • 本人の意思を繰り返し確認:認知症の進行や体調の波で本人の意向は揺らぎます。「以前合意したから固定」とせず、看護師・ケアマネと定期的に再確認します。
  • 救急隊・搬送先医療機関への引き継ぎ:DNAR指示書は施設内文書だけでなく、救急搬送時に救急隊・受入病院に提示できる形にしておくことが望ましいです。書式や様式は自治体・医師会で整備が進んでいます。
  • 家族のグリーフケアも準備:DNARに同意した後でも、看取り直後に「やはり蘇生してほしかった」と揺らぐ家族は少なくありません。本人の意思を再確認したプロセスを記録に残し、家族の悲嘆に寄り添う仕組みを用意しておきます。

DNARに関するよくある質問

Q1. DNAR指示があれば、誤嚥性肺炎でも治療しなくてよいのですか?

いいえ。DNARは「心停止時にCPRを試みない」という指示のみで、肺炎・脱水・苦痛緩和などへの治療差し控えを意味しません。3学会合同声明は、心肺蘇生以外の医療行為は別に判断すべきと明記しています。誤って治療全般を控えると、本人の苦痛増大や不利益につながります。

Q2. DNARに法的な拘束力はありますか?

日本ではDNARを直接規定する法律はありません。ただし厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が手続きの基準を示しており、本人・家族・医療ケアチームの合意プロセスを踏んで記録されたDNAR指示は、医療現場で広く尊重されています。

Q3. 本人の意思が確認できないときは誰が決められますか?

家族(代理意思決定者)と医療・ケアチームが「本人ならどう望むか」を推定して合意形成します。家族間で意見が割れる場合は、本人を最もよく知る代弁者(キーパーソン)を中心に、多職種で繰り返し話し合うことが推奨されます。

Q4. 一度決めたDNARの指示は撤回できますか?

はい、いつでも撤回・変更が可能です。本人の意思は時間や状況で変わることが前提とされており、ACPの考え方でも繰り返しの話し合いが推奨されています。施設では本人の発言・体調変化のたびに、必要に応じて主治医と再確認する運用が望ましいです。

Q5. グループホームや有料老人ホームでもDNARに対応できますか?

医療体制によります。看取りに対応する協力医療機関・訪問診療と連携している施設では、主治医のDNAR指示のもと看取りまで対応可能です。一方、夜間に医療職が不在の施設では救急搬送が前提となる場合もあるため、入居時に施設の方針を確認し、ACPで具体的な対応を擦り合わせておくことが重要です。

まとめ

DNAR(蘇生処置非実施)は、心停止時に心肺蘇生を試みないことを本人・家族・医療チームの合意で事前に決めておく医療指示です。重要なのは「CPR不開始のみ」を意味すること、そしてACPの繰り返しの話し合いの中で導かれるべきものだということです。介護現場では、DNAR指示を理由に他の医療行為まで一律に差し控えないよう、3学会合同声明と厚労省ガイドラインの正しい理解を多職種で共有することが、本人の尊厳と苦痛緩和の両立につながります。

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執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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