嚥下の代償法とは

嚥下の代償法とは

嚥下の代償法とは、低下した飲み込みの力そのものを治すのではなく、姿勢や飲み込み方の工夫で誤嚥や咽頭残留を減らす方法の総称です。息こらえ嚥下や横向き嚥下など代表的な手技を、言語聴覚士の評価との関係とあわせてやさしく解説します。

ポイント

嚥下の代償法の定義

嚥下の代償法(えんげのだいしょうほう)とは、低下した飲み込みの力そのものを治すのではなく、姿勢や飲み込み方の工夫で誤嚥や咽頭残留を減らす方法の総称です。息こらえ嚥下・複数回嚥下・交互嚥下・横向き嚥下・うなずき嚥下・顎引き(chin down)・メンデルソン手技などが代表例で、機能そのものを高める嚥下訓練とは目的が異なります。言語聴覚士(ST)の評価のもとで、その人に合う方法を選んで行うのが基本です。

目次

嚥下の代償法の概要

嚥下の代償法とは何か

嚥下(飲み込み)の力が落ちると、食べ物や飲み物が気管に入ってしまう誤嚥や、のど(咽頭)に食べ物が残る咽頭残留が起こりやすくなります。これらは誤嚥性肺炎や窒息のリスクにつながります。

嚥下の代償法は、こうした問題に対して、今ある飲み込みの力を最大限に活かしながら、姿勢や飲み込み方を工夫して誤嚥や残留を減らすアプローチです。日本摂食嚥下リハビリテーション学会や嚥下障害診療ガイドラインでは、代償的アプローチ法として位置づけられ、(1)摂食時の姿勢の調整、(2)食形態の調整・選択、(3)飲み込み方を意図的に変える嚥下手技、の大きく3つに分けて整理されています。

ポイントは「機能そのものを治す訓練ではない」という点です。たとえば飲み込みに関わる筋肉を鍛えるシャキア訓練(頭部挙上訓練)のような間接訓練は機能を高める訓練に当たりますが、代償法は機能が低下したままでも、その場で安全に食べられるように条件を整える即時的な工夫です。多くは食べ物を使う直接訓練の場面で活用され、そのまま日常の食事介助にも取り入れられます。介護現場では、言語聴覚士が嚥下内視鏡検査(VE)や嚥下造影検査(VF)などで効果を確認したうえで、その人に合う代償法を選び、介護職や家族がその方法を毎日の食事で継続して支える、という役割分担になります。

嚥下の代償法の代表的な手技

代表的な代償法をやさしく解説

代償法には多くの手技がありますが、介護現場でよく使われる代表的なものを紹介します。いずれも、その人の状態に合うかどうかは言語聴覚士の評価で判断します。

  • 息こらえ嚥下(声門閉鎖嚥下、声門越え嚥下/supraglottic swallow):飲み込む前に鼻から息を吸ってしっかり止めると、声帯のすき間(声門)が閉じて気道に食べ物が入りにくくなります。飲み込んだ直後に息を吐いたり軽く咳をしたりして、気道に入りかけた食べ物を押し出します。誤嚥がみられる方で、指示を理解できる方に有効です。
  • 複数回嚥下(反復嚥下):一口につき2回以上ゴックンを繰り返し、のどに残った食べ物(咽頭残留)を流して、飲み込んだ後の誤嚥を防ぎます。「もう一度飲み込んでください」と声をかけて促します。
  • 交互嚥下:固形物のあとにゼリーやとろみのお茶など、物性の異なるものを交互に飲み込みます。性質の違う食べ物が後から入ることで、先に残っていたものを一緒に流し、咽頭残留を減らします。食事の最後をゼリーで締めるのもこの考え方です。
  • 横向き嚥下(頸部回旋):飲み込むときに首を左右どちらかに回します。のどの片側に食べ物が残りやすい方で、回した側と反対側に食べ物を誘導し、残留を減らします。どちらを向くかは検査で確認して決めます。
  • うなずき嚥下:いったん上を向いて飲み込み、続けてうなずくように顎を引いて飲み込み直します。喉頭蓋谷というのどのくぼみに残った食べ物を、うなずく動きで押し出して除去します。
  • 顎引き(chin down、chin tuck、頭部前屈位):おへそをのぞき込むように顎を引いて飲み込みます。気道のふたが閉じやすくなり、喉頭蓋谷の残留も減って、誤嚥を防ぎます。比較的取り入れやすく、嚥下障害診療ガイドライン2024年版でもまず検討したい代償手技として挙げられています。
  • メンデルソン手技(Mendelsohn maneuver):飲み込むときに、のど仏(甲状軟骨)が一番上がった位置で数秒間止めて保ちます。食道の入り口(食道入口部)が開いている時間を延ばし、食べ物が食道へ通りやすくします。食道の開きが悪い方が対象です。

嚥下の代償法と嚥下訓練の違い

代償法と嚥下訓練(機能を高める訓練)の違い

よく混同されますが、代償法と嚥下訓練は目的が異なります。両者は対立するものではなく、組み合わせて使うのが一般的です。

観点嚥下の代償法嚥下訓練(機能向上の訓練)
目的低下した機能はそのままに、姿勢や飲み込み方で誤嚥・残留を減らす飲み込みに関わる筋力や反射そのものを高めて機能を回復させる
効果のあらわれ方その場で即時に効く(食べ方を変えればすぐ反映)繰り返し続けて時間をかけて改善を狙う
食べ物の使用多くは食べ物を使う直接訓練・実際の食事で活用食べ物を使わない間接訓練(基礎訓練)も多い
具体例息こらえ嚥下、横向き嚥下、顎引き、交互嚥下、複数回嚥下、メンデルソン手技、姿勢調整シャキア訓練(頭部挙上訓練)、のどのアイスマッサージ、ブローイング訓練、嚥下体操など

代償法は「今日の一食を安全に食べる」ための工夫、嚥下訓練は「飲み込む力を取り戻す」ための練習、とイメージすると分かりやすいでしょう。なお、息こらえ嚥下のように、機能を高める基礎訓練としても、実際の食事での代償法としても使える手技もあります。どちらをどう使うかは、言語聴覚士が嚥下機能を評価して組み立てます。

嚥下の代償法を介護現場で支えるときの注意

介護現場・家庭での関わり方

代償法は、言語聴覚士など専門職が評価して「この人にはこの方法」と決めたものを、介護職や家族が毎日の食事で継続して支えることで力を発揮します。現場で関わるときの注意点を整理します。

  • 自己判断で方法を選ばない:横向き嚥下でどちらを向くか、顎引きの角度などは、人によって正解が逆になることがあります。嚥下造影検査(VF)などで効果を確認して決めるのが原則で、検査で確認せずに効果のない姿勢を強要すると、かえって不利益になります。必ずケア計画や言語聴覚士の指示に沿って行います。
  • むせや声の変化を観察する:飲み込んだ後に「あー」と声を出してもらい、ゴロゴロした湿った声(湿性嗄声)があれば、のどに残っている合図です。複数回嚥下や交互嚥下、咳払いで残留を流してから次の一口に進みます。
  • 姿勢を崩さない:顎引きや体幹の角度はずれやすいので、枕やクッションで安定させ、食事中も崩れていないか見守ります。リクライニング位では枕が低いと顎引きのつもりでも単純な顎引き位になってしまうなど、細かな調整が効果を左右します。
  • 変化があれば共有する:今までできていた飲み込みが急にむせるようになった、食事量が減ったなどの変化は、言語聴覚士や看護師に共有し、代償法や食形態の見直しにつなげます。

嚥下の代償法のよくある質問

よくある質問

嚥下の代償法と嚥下訓練は何が違いますか。

代償法は、低下した飲み込みの力はそのままに、姿勢や飲み込み方を工夫してその場で誤嚥や残留を減らす即時的な方法です。嚥下訓練は、筋力や反射そのものを高めて機能を回復させる練習で、繰り返し続けて効果を狙います。実際には両方を組み合わせて使います。

代償法は介護職や家族だけで決めて行ってよいですか。

方法の選択は言語聴覚士などの評価が前提です。横向き嚥下の向きや顎引きの角度は人によって適切な設定が異なり、検査で確認せずに行うとかえって誤嚥を招くことがあります。決められた方法を日々の食事で支えるのが介護職・家族の役割です。

顎引き(chin down)はどんな人に向いていますか。

のどのくぼみ(喉頭蓋谷)に食べ物が残りやすい方や、飲み込む前に食べ物がのどに流れ込んで誤嚥しやすい方に向いています。比較的取り入れやすい手技ですが、効果には個人差があるため、嚥下造影などで確認して用いるのが望ましいとされています。

息こらえ嚥下は誰でもできますか。

「息を吸う・止める・飲み込む・吐く」という手順を理解して実行する必要があるため、指示が伝わる方に向いています。認知機能が低下していて手順の理解が難しい場合は、姿勢調整や複数回嚥下など別の代償法を検討します。

嚥下の代償法の参考資料

嚥下の代償法のまとめ

まとめ

嚥下の代償法は、低下した飲み込みの力そのものを治すのではなく、姿勢や飲み込み方の工夫で誤嚥や咽頭残留を減らす方法の総称です。息こらえ嚥下・複数回嚥下・交互嚥下・横向き嚥下・うなずき嚥下・顎引き・メンデルソン手技などがあり、機能を高める嚥下訓練とは目的が異なります。どの方法が合うかは言語聴覚士が評価して決め、介護職や家族が毎日の食事で支えることで効果を発揮します。自己判断で姿勢や手技を選ばず、ケア計画と専門職の指示に沿って取り入れることが、安全に食べる暮らしを支える第一歩です。

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執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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