マルチモビディティ(多疾患併存)とは

マルチモビディティ(多疾患併存)とは

マルチモビディティ(多疾患併存)とは1人に2つ以上の慢性疾患が併発する状態。後期高齢者の約8割が該当し、単一疾患モデルでは対応困難。介護現場での治療優先順位・ポリファーマシー対策・多職種連携を解説。

ポイント

この記事のポイント

マルチモビディティ(multimorbidity/多疾患併存)とは、1人の患者に2つ以上の慢性疾患が同時に併発している状態を指します。後期高齢者(75歳以上)の約65〜80%が該当するとされ、単一疾患モデルでの診療ガイドライン適用が困難となるため、生命予後・QOL・本人意向を軸にした治療優先順位の設定と、ポリファーマシー(多剤併用)への対策が介護現場でも不可欠です。

目次

マルチモビディティの定義と背景

マルチモビディティ(multimorbidity)は、日本語で「多疾患併存」と訳される医学概念です。WHOおよび英国NICEガイドラインでは「同一個人に2つ以上の慢性疾患(chronic conditions)が同時に存在する状態」と定義されており、対象疾患の数や種類に厳密な統一基準はありません。一般的には高血圧・糖尿病・脂質異常症・心疾患・脳血管疾患・COPD・認知症・骨粗鬆症・うつ病・慢性腎臓病など、長期管理を要する慢性疾患の組み合わせを指します。

この概念が国際的に注目され始めたのは2010年代以降です。背景には、医学の細分化・専門化が進む一方で、高齢化により1人の患者が複数の疾患を同時に抱えるケースが激増し、疾患単位で組み立てられた診療ガイドラインを機械的に積み上げると、薬剤数の爆発・治療負担の増大・QOL低下を招くという構造的問題が顕在化したことがあります。

従来の「単一疾患モデル(single disease model)」では、各疾患の専門医が個別最適な治療を行い、それらを足し合わせる発想が中心でした。しかしマルチモビディティ患者では、糖尿病ガイドライン通りに血糖を厳格管理すると低血糖→転倒リスク上昇、骨粗鬆症ガイドライン通りに薬剤を追加すると消化器症状で食事量低下、といったガイドライン同士の衝突が頻発します。そこで「全体最適」を目指すマルチモビディティモデルへの移行が、プライマリ・ケアと高齢者医療・介護の共通課題として認識されています。

介護現場では、利用者の主治医・専門医が複数並立し、それぞれが処方する薬剤・指示が必ずしも統合されていない状況に日常的に直面します。ケアマネジャー・訪問看護師・施設看護師には、こうした「分散した医療指示」を本人の生活実態に落とし込み、優先順位を整理する調整役が求められます。

後期高齢者の有病率と最新統計

マルチモビディティの有病率は年齢とともに急上昇します。代表的な国際研究と日本データを整理します。

スコットランド大規模研究(Barnettら, Lancet 2012)

  • 住民約175万人を対象とした疫学研究
  • 全年齢:23.2%がマルチモビディティ
  • 65〜84歳:64.9%
  • 85歳以上:81.5%
  • 社会経済的に最も困窮した層では、富裕層より10〜15年早くマルチモビディティ状態に到達

日本のデータ

  • 18歳以上:約29.9%
  • 65歳以上:約62.8%
  • 75歳以上:約65%が3つ以上の慢性疾患を併存(日本プライマリ・ケア連合学会報告)
  • 男性に多い組み合わせ:高血圧症・冠動脈疾患・消化性潰瘍
  • 女性に多い組み合わせ:高血圧症・脂質異常症・消化性潰瘍

都市部高齢者コホート調査

東京都健康長寿医療センター等が実施する地域在住高齢者コホートでは、後期高齢者の約80%が2疾患以上を併存し、約32%が5疾患以上を併存していたと報告されています。施設入所者ではこの数値がさらに上昇し、特別養護老人ホーム入所者では平均6〜7疾患を抱えるケースが珍しくありません。

処方薬剤数との連動

慢性疾患数が増えるほど処方薬剤数も増加し、5剤を超えるあたりからポリファーマシーによる転倒・せん妄・低血糖・腎機能悪化などの有害事象リスクが顕著に上昇します。マルチモビディティとポリファーマシーはほぼ表裏一体の関係です。

マルチモビディティ・合併症・ポリファーマシーの違い

介護現場では混同されがちな3つの概念を整理します。

用語 定義 視点
マルチモビディティ 同一個人に2つ以上の慢性疾患が並列で併存する状態 疾患間に上下関係なし(全疾患を対等に扱う) 高血圧+糖尿病+変形性膝関節症+うつ病
合併症(comorbidity) 主病に付随して発生する別疾患 「主病」を中心に据える単一疾患モデル寄り 糖尿病(主病)に伴う糖尿病性腎症・網膜症
ポリファーマシー 多剤併用(一般に6剤以上)による有害事象リスク上昇 処方薬剤数と害の関係に着目 高血圧薬2剤+糖尿病薬2剤+睡眠薬+整腸剤+鎮痛剤

合併症は「主たる病気とおまけの病気」という階層構造を前提としますが、マルチモビディティは「どれが主病か決められない」という発想転換が本質です。糖尿病と認知症と心不全を同時に抱える90歳の利用者にとって、どれが「主病」かは医学的にも本人のQOL観点でも決められません。

そしてマルチモビディティは構造的にポリファーマシーを誘発します。慢性疾患が3つあれば最低でも3〜5剤、5疾患なら容易に8〜10剤に達します。介護現場での「最近ぼーっとしている」「ふらつきが増えた」といった変化は、疾患の悪化ではなく薬剤起因の有害事象であるケースが少なくありません。

介護現場でのマルチモビディティ対応の実務ポイント

1. 治療優先順位を「生命予後・QOL・本人意向」で並べ替える

各疾患のガイドラインを足し算するのではなく、利用者の余命予測(数年〜10年単位)と本人の価値観に照らして、何を優先するか整理します。たとえば認知症が進行し余命が限定的な利用者では、長期予後改善目的のスタチン継続より、便秘・疼痛・不眠といった今日明日のQOLに直結する症状コントロールを優先するのが妥当です。

2. 隠れた疾患悪化を見逃さない

マルチモビディティ患者は症状の出方が非典型的で、介護現場で見落とされやすいサインがあります。

  • 食事量低下:心不全悪化・腎機能低下・感染症・うつのいずれでも生じる
  • 夜間の不穏:せん妄・低酸素・低血糖・疼痛・薬剤性の鑑別が必要
  • 転倒の繰り返し:起立性低血圧・薬剤性ふらつき・パーキンソニズム・視力低下が背景
  • 急な認知機能低下:脳血管イベント・脱水・電解質異常・薬剤せん妄

「年のせい」で片付けず、バイタル・摂取量・排泄・服薬時刻と症状の関連を時系列で記録し、主治医に共有することが重要です。

3. 多職種連携で薬剤を統合管理する

マルチモビディティ患者は複数医療機関・複数診療科を受診しているケースが多く、各処方が他科の処方を知らないまま行われがちです。

  • かかりつけ薬剤師に「お薬手帳一元化」を依頼し、重複・相互作用をチェック
  • ケアマネジャーがサービス担当者会議で全処方を共有
  • 訪問看護師・施設看護師が服薬状況と副作用を観察し、主治医にフィードバック
  • 主治医がpolypharmacy review(処方見直し)を定期実施

4. 高齢者総合機能評価(CGA)を活用する

CGA(Comprehensive Geriatric Assessment)は身体機能・認知機能・気分・社会的状況・栄養・服薬を多面的に評価する手法で、マルチモビディティ患者の全体像把握に有用です。簡易版のCGA7や基本チェックリストを介護現場でも活用し、定期的に状態を再評価する仕組みを作ります。

5. 本人・家族との目標共有(ACP)

「すべての疾患を完璧に治療する」ことが現実的でない以上、本人・家族と「どこまで治療するか」「どこから症状緩和に切り替えるか」を話し合うアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が不可欠です。介護職員は日常会話の中で本人の価値観を拾い、ケアマネ・看護師経由で医療側に伝える橋渡し役を担います。

よくある質問

Q. マルチモビディティと合併症はどう違いますか?

合併症は「主病に付随して発生する別疾患」という階層を前提とした概念で、糖尿病に伴う糖尿病性腎症のような関係を指します。一方マルチモビディティは「どれを主病と決めず、複数の慢性疾患を対等に並べて全体最適を考える」発想で、後期高齢者医療・介護に必要なパラダイムです。

Q. 何疾患以上ならマルチモビディティですか?

国際的に「2つ以上の慢性疾患の併存」が広く用いられる定義ですが、「3つ以上」を採用する研究もあります。臨床的に意味のある区切りは個別判断で、5疾患を超えると治療負担とポリファーマシーリスクが顕著に増します。

Q. 介護職員にできることはありますか?

専門医療判断は医療職の役割ですが、介護職員は日常生活の変化(食事量・睡眠・気分・転倒・排泄)を時系列で記録し、看護師やケアマネに共有することで、隠れた疾患悪化や薬剤性有害事象の早期発見に貢献できます。「いつもと違う」を言語化することが最大の価値です。

Q. 国際的な研究はどう進んでいますか?

英国NICEガイドライン(2016年)、欧州のEMPATHIE Joint Action、米国AGS Beers Criteria(高齢者不適切処方リスト)など、マルチモビディティ対応のフレームワークが整備されつつあります。日本でも『高齢者総合機能評価(CGA)に基づく診療・ケアガイドライン2024』が日本老年医学会から刊行され、エビデンスベースの実装が進んでいます。

Q. 訪問看護の現場でどう活用しますか?

訪問看護師は利用者宅の薬箱を直接確認できる稀有な職種です。複数医療機関の処方を物理的に集約し、飲み忘れ・重複・期限切れを把握できます。月1回の主治医訪問時・退院時カンファレンスで「実際に飲めている薬」を共有することが、polypharmacy reviewの起点になります。

まとめ

マルチモビディティ(多疾患併存)は、後期高齢者の約65〜80%が該当する「常態」であり、特殊な状態ではありません。単一疾患モデルで各ガイドラインを足し算する発想ではポリファーマシー・治療負担増・QOL低下を招くため、生命予後・QOL・本人意向を軸にした治療優先順位の設定多職種連携による全体最適が不可欠です。

介護現場の看護師・ケアマネ・介護職員は、医療判断の主役ではなくとも、「いつもと違う」変化の早期発見分散した医療指示の生活への落とし込みという、医療職には代替できない調整役を担っています。CGAの活用と本人・家族とのACP(アドバンス・ケア・プランニング)を組み合わせ、利用者にとっての「最善」を多職種で言語化し続けることが、マルチモビディティ時代の介護の中核です。

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執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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