感染症対策(標準予防策)とは

感染症対策(標準予防策)とは

感染症対策(標準予防策/スタンダードプリコーション)の意味を厚労省マニュアル・CDCガイドラインから整理。介護施設で必須となる手指衛生・PPE・廃棄物処理・経路別予防策との違いを実務手順とともに解説。

ポイント

この記事のポイント

感染症対策の基本である「標準予防策(スタンダードプリコーション)」とは、すべての血液・体液・分泌物・排泄物・損傷皮膚・粘膜を感染の可能性があるものとして扱う考え方です。1996年に米国CDC(疾病予防管理センター)が示し、厚生労働省「高齢者介護施設における感染対策マニュアル(2019年改訂版)」でも介護現場の前提として位置づけられています。手指衛生・個人防護具(PPE)の使用・呼吸器衛生・環境清掃・廃棄物処理の5本柱を、すべての利用者に等しく実施するのが原則です。

目次

標準予防策の起源と介護施設における位置づけ

標準予防策は、1985年に米国CDCが医療従事者をHIV等の血液媒介感染から守るために導入した「ユニバーサル・プリコーション」を発展させ、1996年にCDCがすべての患者に等しく適用する感染対策として再定義したものです。原則は「感染症の有無や診断名にかかわらず、汗を除くすべての体液・分泌物・排泄物・損傷皮膚・粘膜は感染源となりうる」という前提に立ち、特定の利用者だけを「感染リスク有り」と区別せずに、全員に同一の予防策を適用する点にあります。

介護施設においては、厚生労働省が2019年3月に改訂・公表した「高齢者介護施設における感染対策マニュアル」が標準予防策を感染管理体制の出発点として明記しています。同マニュアルでは「感染予防の基本は手洗いに始まって手洗いに終わる」と繰り返し強調されており、特養・老健・介護医療院・グループホーム・通所介護・訪問介護を含むすべての類型に共通する考え方として整理されています。施設には「感染対策委員会の設置」「指針・マニュアル整備」「年2回以上の研修」「発生時対応訓練」が運営基準上義務づけられており、その実務的中身を構成するのが標準予防策です。

標準予防策は、感染症が判明してから対応する「経路別予防策(接触・飛沫・空気感染予防)」とは異なり、「平時にすべての利用者に対して行う基礎ライン」として機能します。新型インフルエンザやノロウイルス、MRSA、疥癬といった集団発生リスクの高い感染症であっても、最初の防波堤は標準予防策の徹底にあります。

介護施設で押さえるべき5つの基本要素

標準予防策の構成は国際的に10項目以上に細分化されていますが、介護施設の実務では次の5つを核として運用するのが現実的です。

  1. 手指衛生:WHOが示す「手指衛生の5つのモーメント」(利用者に触れる前/清潔・無菌操作の前/体液曝露リスクの後/利用者に触れた後/利用者の周囲環境に触れた後)に従って、流水と石けんによる手洗いまたはアルコール手指消毒を実施します。目に見える汚れがある場合や、ノロウイルス・クロストリジオイデス・ディフィシルが疑われる場合はアルコール無効のため、必ず流水+石けん。
  2. 個人防護具(PPE)の選択と着脱:体液・排泄物・粘膜・損傷皮膚に触れる可能性に応じて、手袋・エプロン/ガウン・サージカルマスク・ゴーグル/フェイスシールドを使い分けます。介護施設での頻出場面はおむつ交換・口腔ケア・喀痰吸引・嘔吐物処理。PPEは1ケアごとに交換するのが原則で、手袋には微細な穴が空く可能性と内部で菌が繁殖するリスクがあります。
  3. 呼吸器衛生・咳エチケット:咳・くしゃみのある利用者・職員・面会者にはマスク着用・ティッシュで口鼻を覆う・手指衛生を促します。発熱や呼吸器症状のある面会者の入館制限ルールも標準予防策の延長として整備します。
  4. 安全な注射手技と医療器具の取り扱い:インスリン注射・採血・経管栄養が想定される場面では、針・シリンジの使い回し禁止、使用済み針はリキャップせず耐貫通性容器へ直接廃棄。ケア器具(血圧計・体温計・吸引器など)は使用者ごとに清拭消毒します。
  5. 環境清掃・リネン管理・廃棄物処理:高頻度接触面(ベッド柵・手すり・ドアノブ・テーブル)の日常清拭、汚染リネンはビニール袋で密閉して施設規定に従い洗濯、血液・体液で汚染された廃棄物はバイオハザードマーク付きの感染性廃棄物専用容器へ分別します。

PPE(個人防護具)の着脱手順

PPEは「着る順番」と「脱ぐ順番」が異なります。脱衣時に汚染面に触れて自分に菌を付けないことが目的で、CDCおよび厚労省マニュアルでは以下の順序を推奨しています。

着用時の順序

  1. 手指衛生(流水+石けん30秒、またはアルコール手指消毒)
  2. ガウン/エプロン(首ひも→腰ひもの順で結ぶ)
  3. サージカルマスク(鼻当てを密着させ、隙間がないか確認)
  4. ゴーグルまたはフェイスシールド(マスクの上から装着)
  5. 手袋(袖口の上に手袋の縁を重ねる)

脱衣時の順序

  1. 手袋(外側を内側に巻き込みながら裏返して外す)
  2. 手指衛生(手袋を外した時点で必須)
  3. ゴーグル/フェイスシールド(汚染面である正面を触らず、後ろのひもを持って外す)
  4. ガウン/エプロン(首ひも→腰ひもの順でほどき、外側を内側にして丸める)
  5. 手指衛生
  6. サージカルマスク(紐部分だけを持ち、表面に触れずに廃棄)
  7. 最終手指衛生

「外す→手指衛生→外す→手指衛生」の入れ子構造を守ることで、汚染源を自分の顔や次の利用者に持ち込まないようにします。介護施設では1日に何十回も繰り返す動作のため、「正しい順序を体に覚え込ませる訓練」が標準予防策遵守の鍵になります。

標準予防策と経路別予防策の違い

感染対策は「標準予防策」と「経路別予防策」の2層で構成されます。介護現場では混同されやすいため、それぞれの位置づけを整理します。

項目標準予防策経路別予防策
適用対象すべての利用者・全場面感染症が確認・疑われる利用者のみ
前提感染源は誰にでも存在しうる特定の病原体・伝播経路に対する追加対策
主な手段手指衛生・PPE・呼吸器衛生・環境清掃・廃棄物処理個室隔離・専用器具・経路別PPE
具体例おむつ交換時の手袋・エプロン着用疥癬の接触予防策、インフルエンザの飛沫予防策、結核の空気感染予防策
解除タイミング常時実施(解除しない)感染期間終了まで限定

経路別予防策は「接触予防策(MRSA・疥癬・ノロウイルス)」「飛沫予防策(インフルエンザ・新型コロナの一部局面)」「空気感染予防策(結核・麻疹・水痘)」の3種類に分かれ、標準予防策の上にレイヤーとして追加されます。標準予防策を省略して経路別予防策だけを実施することはできず、両者は必ずセットで運用します。

介護施設での実装でつまずきやすいポイント

Q. 手指消毒だけで手洗いは省略してもよいですか?

A. 目に見える汚れがなく、ノロウイルス・クロストリジオイデス・ディフィシルが疑われない場面では、アルコール手指消毒で代用できます。ただし、おむつ交換後・排泄介助後・嘔吐物処理後は流水+石けん手洗いが必須です。アルコールは芽胞形成菌やノロウイルス(ノンエンベロープウイルス)に十分な効果がありません。

Q. 手袋を着けていれば手洗いは不要では?

A. 不要ではありません。手袋には製造時から微細な穴(ピンホール)が存在する場合があり、装着中の発汗で手袋内部の菌が増殖します。手袋を外したあとは必ず手指衛生を行うのが原則で、これを怠ると手袋使用が逆にリスク源になります。

Q. 利用者を「感染リスク有り/無し」で区別しないと、PPE消費量が増えませんか?

A. 標準予防策の本質は「全員に同じPPEを使う」ことではなく、「血液・体液・粘膜・損傷皮膚に触れる可能性に応じて段階的にPPEを選ぶ」ことです。会話や移動の介助では手袋は不要、おむつ交換ではディスポ手袋+エプロン、嘔吐物処理ではN95に近い対策、というように場面ベースで判断します。利用者ベースで色分けする運用ではコストも増え、特定の利用者へのスティグマも生じます。

Q. 訪問介護でもPPE一式を持参する必要がありますか?

A. 訪問系サービスでも標準予防策は等しく適用されます。最低限、ディスポ手袋・サージカルマスク・エプロン・アルコール手指消毒薬・ビニール袋(廃棄物用)を訪問バッグに常備するのが厚労省手引きの推奨です。事業所は補充ルールと衛生材料予算を明文化しておく必要があります。

Q. 認知症で介助に協力的でない利用者にも標準予防策は維持できますか?

A. 手指衛生やPPE着用は職員側の動作のため維持可能です。利用者側の咳エチケットやマスク着用が難しい場合は、職員のサージカルマスク常時着用、居室換気、面会時間の調整など環境側で補います。BPSDが背景にある場合は無理に着用を促さず、ケア計画でリスクを共有します。

参考資料

  • [1]
  • [2]
  • [3]
  • [4]
  • [5]

まとめ

標準予防策は、感染症の有無や診断名にかかわらず、すべての利用者・全場面に等しく適用する感染対策の土台です。手指衛生・PPE・呼吸器衛生・安全な医療器具取り扱い・環境清掃と廃棄物処理という5本柱を、場面に応じて段階的に運用することで、平時の集団感染リスクを抑制できます。経路別予防策は標準予防策の上に積み上げる追加レイヤーであり、両者は必ずセットで運用します。施設には委員会設置・指針整備・年2回研修が義務づけられており、職員一人ひとりが「正しい着脱順」「5モーメント」「アルコールと流水の使い分け」を体に覚え込ませることが、感染症対策の最初で最後の防波堤になります。

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執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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