
起立性低血圧とは
起立性低血圧は立ち上がり3分以内に収縮期20mmHg以上または拡張期10mmHg以上の血圧低下が起こる状態。高齢者の15-30%にみられ転倒・骨折リスクが高い。診断基準・原因・予防策・介護現場での対応を解説。
この記事のポイント
起立性低血圧(Orthostatic Hypotension)とは、臥位や座位から立ち上がった際の3分以内に、収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下する状態を指します。高齢者では15〜30%にみられ、めまい・ふらつき・失神を引き起こし、転倒・骨折リスクを高める介護現場の重要な観察ポイントです。
目次
起立性低血圧の定義と発症メカニズム
起立性低血圧は、臥位(横になった状態)または座位から立ち上がった際に、急激な血圧低下が起こる病態です。米国自律神経学会・米国神経学会の診断基準では、立位後3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下、または拡張期血圧が10mmHg以上低下するものと定義されています。
通常、立ち上がると重力の影響で約500〜700mLの血液が下半身に貯留しますが、健常者では自律神経(交感神経)が瞬時に反応して血管を収縮させ、心拍数を上昇させて血圧を維持します。しかし加齢や疾患・薬剤の影響でこの代償機構が破綻すると、脳血流が一時的に不足し、めまい・ふらつき・失神が発生します。
高齢者では血管の弾力性低下、圧受容体反射の感度低下、自律神経機能の減弱などにより、起立性低血圧の発生頻度が顕著に上昇します。MSDマニュアルでは高齢者の約15〜20%に発生するとされ、長期療養施設入所者ではさらに高頻度です。要介護高齢者では潜在的に有している場合も多く、転倒・骨折→寝たきり→ADL低下という負の連鎖の起点になりやすい疾患です。
介護現場では「立ちくらみ」「ベッドから起き上がった時のふらつき」として顕在化することが多く、本人が訴えなくても表情の変化(顔面蒼白)や行動の停止で気づくケースもあります。看護師・介護職員の早期発見が転倒予防の鍵となります。
起立性低血圧の診断基準と検査方法
起立性低血圧の診断は、安静臥位後の血圧と立位後の血圧を比較する「能動的起立試験(シェロング試験)」が一般的です。診断基準は米国自律神経学会・欧州心臓病学会の定義に基づきます。
| 項目 | 基準値 |
|---|---|
| 収縮期血圧の低下 | 20mmHg以上 |
| 拡張期血圧の低下 | 10mmHg以上 |
| 収縮期血圧の絶対値 | 90mmHg未満への低下 |
| 評価のタイミング | 立位後3分以内 |
| 安静臥位時間 | 5分以上 |
上記いずれかを満たせば「起立性低血圧」と診断されます。介護施設や在宅では、起立試験までは行わなくとも、本人の自覚症状(立ちくらみ・ふらつき・目の前が真っ暗)を聴取し、立位前後で血圧測定を行うことで簡易的なスクリーニングが可能です。
高齢者での頻度(公的データ)
- 65歳以上の地域在住高齢者:15〜20%に起立性低血圧(MSDマニュアル)
- 75歳以上の後期高齢者:約30%まで上昇
- 長期療養施設入所者:50%を超える報告も
- パーキンソン病患者:30〜50%に合併
- 糖尿病自律神経障害:罹病期間が長いほど高頻度
転倒との関連では、起立性低血圧を有する高齢者は転倒リスクが約2〜3倍に上昇するとされ、骨折・寝たきり・要介護度悪化の主要因の一つとして位置づけられています。
食後性低血圧・神経調節性失神との違い
類似する低血圧・失神疾患との鑑別は、適切な対応のために重要です。
| 疾患 | 発症のきっかけ | 発症タイミング | 高齢者頻度 | 主な対応 |
|---|---|---|---|---|
| 起立性低血圧 | 立ち上がる動作 | 立位後3分以内 | 15〜30% | 緩徐起立・水分・弾性ストッキング |
| 食後性低血圧 | 食事(特に炭水化物) | 食後30分〜2時間 | 30〜40% | 少量頻回食・食後安静 |
| 神経調節性失神(血管迷走神経反射) | 長時間立位・痛み・恐怖 | 状況に応じて | 若年〜中高年 | 誘因回避・しゃがみ込み |
| 遅延性起立性低血圧 | 立ち上がる動作 | 立位後3〜45分 | 高齢者で多い | 長時間モニタリング |
特に介護現場で見落とされやすいのが食後性低血圧です。昼食後の歩行中に転倒するケースでは、起立性低血圧ではなく食後性低血圧が原因のことがあります。両者を併発する高齢者も多く、食後の起立動作は特に注意が必要です。
また、レビー小体型認知症やパーキンソン病では自律神経障害として起立性低血圧が高頻度に合併し、認知症の周辺症状や転倒の原因として見逃されがちです。
原因と介護現場での予防・対応
主な原因
起立性低血圧の原因は多岐にわたります。介護現場では特に薬剤性と疾患性に注意が必要です。
- 加齢に伴う変化:圧受容体反射の感度低下、心拍応答の鈍化、血管弾力性低下
- 薬剤性:降圧薬(特にα遮断薬・利尿薬)、抗うつ薬(三環系)、抗パーキンソン病薬、前立腺肥大治療薬(α1遮断薬)
- 疾患性:糖尿病自律神経障害、パーキンソン病、レビー小体型認知症、多系統萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群
- 体液量減少:脱水、出血、利尿薬の過剰使用、夏季の水分摂取不足
- 長期臥床:1週間以上の臥床で自律神経反射が減弱(廃用症候群の一部)
- 食事関連:食後の消化管への血流集中、アルコール摂取
介護現場での予防策
- ゆっくり起き上がる動作の指導:臥位→端座位(30秒以上)→立位の3段階。ベッドから足を下ろして座った状態で1分待つだけで予防効果が高まる
- 水分摂取の励行:1日1.5〜2L目安(心不全・腎不全がない場合)。朝起床直後のコップ1杯の水は特に有効
- 弾性ストッキング:下肢への血液貯留を防ぐ。ハイソックスより大腿までのタイプが効果的
- 塩分摂取の見直し:医師指導下で1日6〜10gに調整(高血圧治療中は注意)
- 頭部挙上の就寝姿勢:ベッドの頭側を10〜20度挙上することで夜間多尿を抑え、起床時の血圧低下を緩和
- 食後の安静:食後30〜60分は座位保持。食後の入浴・歩行は避ける
- 失神・転倒の記録:いつ・どこで・どんな状況で起こったかを介護記録に残し、主治医・ケアマネと共有
薬剤調整の主治医相談
降圧薬・利尿薬・α遮断薬を服用している高齢者にめまい・ふらつきが出現した場合は、自己判断で中止せず主治医に相談します。服用時刻の変更や減量で改善することが多く、薬剤性起立性低血圧は介護現場で見落とされがちな転倒原因の代表格です。
よくある質問
Q1. 起立性低血圧と低血圧症は同じですか?
異なります。低血圧症は通常時の血圧が低い状態(収縮期100mmHg未満等)を指しますが、起立性低血圧は「立ち上がった時に血圧が急激に下がる」病態を指します。通常時は正常〜高血圧でも起立性低血圧を起こすことがあり、特に降圧薬服用中の高齢者で見られます。
Q2. 介護現場で立ちくらみを訴えた利用者にどう対応すべき?
まず安全確保のためその場でしゃがませる、または座らせます。意識消失があれば仰臥位にして下肢を挙上し、バイタルサインを測定。回復後も急に立ち上がらず端座位で1〜2分待ちます。頻繁に起こる場合は介護記録に詳細を残し、主治医・ケアマネに報告して服薬調整やリハビリ計画の見直しにつなげます。
Q3. 認知症の人が起立性低血圧を起こしやすいのはなぜ?
レビー小体型認知症やパーキンソン病関連認知症では、自律神経障害が中核症状の一つで、起立性低血圧の合併率が30〜50%と高くなります。アルツハイマー型認知症でも降圧薬の影響などで発症します。本人が症状を訴えられないことが多いため、転倒前の表情変化・歩行不安定の観察が重要です。
Q4. 長期臥床から起き上がる時の注意点は?
1週間以上の臥床後は自律神経反射が減弱し、起立性低血圧のリスクが顕著に高まります。リハビリ開始時は臥位→ギャッジアップ30度(5分)→60度(5分)→端座位(5分)→立位という段階的アプローチが推奨されます。最初の立位時はバイタル測定と複数名介助で安全確保を。
Q5. どのタイミングで医師に相談すべき?
立ちくらみが週に2回以上ある、転倒した、失神があった、症状が日常生活を制限している場合は速やかに主治医に相談します。また、新規に降圧薬・抗うつ薬が処方された後に症状が出現した場合は薬剤性が疑われるため、処方医に報告してください。
参考文献
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まとめ
起立性低血圧は、立位後3分以内に収縮期20mmHg・拡張期10mmHg以上の血圧低下が生じる病態で、高齢者の15〜30%、長期療養施設入所者では半数以上にみられる重要な疾患です。介護現場では転倒・骨折→寝たきり→ADL低下という負の連鎖の起点となるため、看護師・介護職員による早期発見と多因子介入(緩徐起立・水分・弾性ストッキング・服薬調整・環境整備)が転倒予防の鍵となります。降圧薬・利尿薬・抗うつ薬服用中の利用者で立ちくらみが出現した場合は、自己判断せず主治医への相談・服薬調整を最優先してください。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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