労災保険とは

労災保険とは

労災保険とは、業務災害と通勤災害による負傷や疾病を補償する公的保険です。介護現場で関心の高い腰痛の業務起因性の判断(災害性・非災害性)と、通勤災害の逸脱・中断の考え方を認定基準に沿って解説します。

ポイント

この記事のポイント

労災保険(労働者災害補償保険)とは、業務上の事由や通勤による労働者の負傷・疾病・障害・死亡に対して保険給付を行う公的な制度です(労働者災害補償保険法第1条)。保険料は全額を事業主が負担し、労働者の自己負担はありません。パートも日雇いも、労働者であれば全員が対象です。介護現場では、移乗介助などで生じた腰痛と、移動中の事故がどこまで対象になるかが実務上の論点になります。

目次

労災保険が補償する範囲と給付の種類

労災保険法第7条は、保険給付を4つに分けています。業務災害(業務上の負傷・疾病・障害・死亡)、複数業務要因災害(複数の事業に使用される労働者について、2つ以上の事業の業務を要因とするもの)、通勤災害、そして二次健康診断等給付です。

業務災害に関する給付は、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料、傷病補償年金、介護補償給付の7種類です(第12条の8)。休業補償給付は、療養のため労働することができず賃金を受けない日の4日目から支給され、額は1日につき給付基礎日額の100分の60です(第14条)。給付基礎日額は、原則として労働基準法第12条の平均賃金に相当する額です(第8条)。

業務災害と認められるためには、業務遂行性(事業主の支配下にある状態で起きたか)と業務起因性(業務との間に相当因果関係があるか)の両方が必要とされています。転倒や打撲のように原因がはっきりした災害はこの判断が容易ですが、腰痛のように日常生活でも起こりうる疾病は、業務起因性の判断が難しくなります。そのため厚生労働省は疾病ごとに認定基準を定めています。

介護現場の腰痛はどこまで労災か(災害性の原因による腰痛)

腰痛の労災認定は、厚生労働省の通達「業務上腰痛の認定基準等について」(昭和51年10月16日基発第750号)にもとづいて判断されます。この通達は腰痛を2つに分けており、まず1つ目が災害性の原因による腰痛です。

業務上の負傷に起因して腰痛が発症した場合で、次の2つの要件をいずれも満たし、かつ医学上療養を必要とするときに、労働基準法施行規則別表第1の2第1号に該当する疾病として取り扱われます。

  • 腰部の負傷、または腰部の負傷を生ぜしめたと考えられる通常の動作と異なる動作による腰部への急激な力の作用が、業務遂行中に突発的なできごととして生じたと明らかに認められること。
  • 腰部に作用した力が腰痛を発症させ、または腰痛の既往症もしくは基礎疾患を著しく増悪させたと医学的に認めるに足りるものであること。

通達が挙げる発症例は、介護の作業に置き換えて読むとイメージしやすくなります。ひとつは、重量物の運搬作業中に転倒したり、2人がかりで運搬している最中に一方が滑って肩から荷を外したりしたような事故的な事由により、瞬時に重量が腰部に負荷された場合。もうひとつは、事故的な事由はないものの、取扱い物が予想に反して著しく重かったり軽かったりしたとき、あるいは不適当な姿勢をとったときに、脊柱を支持するための力が腰部に異常に作用した場合です。2人介助のはずが片方の手が離れた、体格の大きい利用者が予想外に力を抜いたといった場面が、この類型に当たりうるということです。

椎間板ヘルニアや変形性脊椎症などの既往症がある場合も、腰痛が通常の労働に支障のない程度に軽快している状態から、業務中の災害性の原因によって再び発症したり著しく増悪したりしたときは、対象になります。ただし補償の範囲は、原則として発症前または増悪前の状態に回復させるためのものに限られます。

蓄積型の腰痛(災害性の原因によらない腰痛)の判断

もう1つの類型が災害性の原因によらない腰痛です。重量物を取り扱う業務など腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症した場合で、作業態様・従事期間・身体的条件からみて業務に起因して発症したと認められ、かつ医学上療養を必要とするものが対象になります(労働基準法施行規則別表第1の2第3号の2)。通達はこれをさらに2つに分けています。

比較的短期間(おおむね3か月から数年以内)従事して発症した腰痛では、次のような業務が「腰部に負担のかかる業務」とされています。

  • おおむね20キログラム程度以上の重量物、または軽重不同の物を、繰り返し中腰で取り扱う業務
  • 腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で、毎日数時間程度行う業務
  • 長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務
  • 腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務

この類型の発症は、主として筋・筋膜・靱帯などの軟部組織の労作の不均衡による疲労現象から起こると考えられており、疲労の段階で体操や休養などの処置をとれば回復しやすいとされています。裏を返せば、腰の違和感を我慢して働き続ける運用そのものが、療養を必要とする状態への入口になっているということです。

相当長期間(おおむね10年以上)継続して従事して発症した慢性的な腰痛では、「重量物を取り扱う業務」の目安がより重く設定されています。おおむね30キログラム以上の重量物を労働時間の3分の1程度以上取り扱う業務、およびおおむね20キログラム以上の重量物を労働時間の半分程度以上取り扱う業務です。加えて、胸腰椎に著しく病的な変性が認められ、その程度が通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えることが求められます。

認定にあたっては、症状の内容と経過、作用した力の程度、取扱物の形状や重量・作業姿勢・持続時間・回数などの作業状態、性別や年齢・体格などの身体的条件、素因や基礎疾患、作業従事歴と従事期間が総合的に検討されます。日々の記録が残っているかどうかが、判断を大きく左右します。

介護の現場で腰痛の労災はどれくらい起きているか

厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」(新型コロナウイルス感染症へのり患によるものを除く)の確定値では、休業4日以上の死傷者数は全産業で135,718人となり、4年連続で増加しました。業種別の内訳では、社会福祉施設が13,980人を占めています。

区分令和6年の死傷者数前年比
全産業135,718人347人増(0.3%増)
社会福祉施設13,980人69人減(0.5%減)

事故の型別にみると、全産業で最も多いのは転倒の36,378人(26.8%)、次いで動作の反動・無理な動作の22,218人(16.4%)です。労働局が公表している社会福祉施設向けの分析資料では、この2つの型で社会福祉施設の労働災害のおよそ6割を占め、「動作の反動・無理な動作」に分類された災害のうち相当な割合が腰痛であること、被災者の年齢層が50歳代・60歳代に偏っていることが指摘されています。

つまり介護現場の労働災害は、機械や高所といった典型的な危険源よりも、日々の介助動作そのものから生じています。事後の労災申請だけでなく、抱え上げを前提にしない介助への転換が、そのまま労災の削減につながる領域です。ノーリフティングポリシーとは|介護職の腰痛予防に向けた抱え上げ禁止の方針と機器活用介護職の腰痛予防|現場で続けられるセルフケアと事業所が取れる対策もあわせて参照してください。

通勤災害はどこまでか(逸脱・中断の考え方)

労災保険法第7条第2項は、通勤を「労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除く」と定義し、次の3つの移動を挙げています。

  • 住居と就業の場所との間の往復
  • 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動(事業所の掛け持ちなど)
  • 単身赴任先と帰省先など、住居間の移動(省令の要件に該当するものに限る)

ここで注意したいのが「業務の性質を有するものを除く」という部分です。事業所から利用者宅へ向かう移動や、訪問先から次の訪問先へ向かう移動は、通勤ではなく業務の一部として評価されるのが基本で、その途中の事故は通勤災害ではなく業務災害の枠組みで判断されます。どちらに当たるかで請求書の様式も変わるため、実際の取り扱いは労働基準監督署に確認してください。

そして第7条第3項が、実務でいちばん争点になる逸脱・中断のルールです。移動の経路を逸脱し、または移動を中断した場合、その間およびその後の移動は通勤としない、というのが原則です。ただし、その逸脱・中断が「日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のもの」である場合は、逸脱・中断の間を除いて、合理的な経路に戻った後は再び通勤として扱われます。

厚生労働省令(労働者災害補償保険法施行規則第8条)が定める日常生活上必要な行為は、次の5つです。

  • 日用品の購入その他これに準ずる行為
  • 職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育など、職業能力の開発向上に資する教育訓練を受ける行為
  • 選挙権の行使その他これに準ずる行為
  • 病院または診療所において診察または治療を受けることその他これに準ずる行為
  • 要介護状態にある一定の親族の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)

要介護状態にある家族の介護が加えられたのは2008年4月の省令改正で、通勤経路を逸脱して義父を介護した労働者に関する裁判例を踏まえたものでした。夜勤明けに親の介護へ立ち寄る職員が珍しくない介護業界にとっては、押さえておきたい経緯です。なお、通勤経路の近くの公衆トイレを使う、経路上の店で飲み物を買うといった「ささいな行為」は、そもそも逸脱・中断に当たらないとされています。

労災保険を請求するときの流れ

労災の請求は、被災した労働者本人(死亡の場合は遺族)が行います。事業主が代行するものではなく、事業主は請求書に事実を証明する立場です。

  1. その場で上司に報告し、記録を残す。いつ、どこで、どの利用者のどの介助中に、どんな姿勢で何が起きたのかを、できるだけ具体的に残します。腰痛の場合、この記録の有無が業務起因性の判断を左右します。
  2. 医療機関を受診する。労災指定医療機関で受診すれば、窓口での自己負担なしに療養の給付を受けられます。健康保険証を使ってしまうと後から切り替えの手続きが必要になるため、労災である旨を最初に伝えます。
  3. 請求書を提出する。療養に関する請求書には事業主の証明欄があります。業務災害と通勤災害では使う様式が異なるので、労働基準監督署または医療機関で確認してください。
  4. 労働基準監督署が調査し、支給・不支給を決定する。腰痛のように業務起因性の判断が必要な事案では、作業態様や従事期間についての聞き取り、医師の意見が求められます。
  5. 事業者は労働者死傷病報告を提出する。休業4日以上の労働災害が発生した場合、事業者には労働基準監督署へ報告する義務があります(労働安全衛生規則)。

療養のために働けず賃金が支払われない状態が続く場合、休業補償給付は4日目から支給されます。業務外の私傷病であれば健康保険の傷病手当金が対応領域になります。両者の違いは介護職の傷病手当金と休職|病気・腰痛・メンタル不調で働けないときの支給額・申請・復職で整理しています。

労災保険のよくある質問

Qパートや週2日勤務でも労災保険の対象になりますか。

なります。労災保険は労働者であれば雇用形態や労働時間にかかわらず全員が対象で、加入手続きや本人の保険料負担はありません。保険料は全額を事業主が負担します。雇用保険や社会保険のような労働時間の要件はありません。

Q介助中に腰を痛めましたが、ぎっくり腰でも労災になりますか。

業務遂行中に突発的なできごととして腰部に急激な力が作用したと明らかに認められ、その力が腰痛を発症させたと医学的に認められるなら、災害性の原因による腰痛として認定されうるとされています。ぎっくり腰は日常生活でも起こるため、災害の事実をどれだけ具体的に示せるかが分かれ目になります。判断は労働基準監督署が行います。

Q長年の介助の積み重ねによる腰痛でも労災になりますか。

災害性の原因によらない腰痛として認定される道はあります。ただし、おおむね20キログラム程度以上の重量物を繰り返し中腰で取り扱う業務や、極めて不自然な姿勢で毎日数時間行う業務といった作業態様と従事期間、身体的条件が総合的に検討され、10年以上の慢性的な腰痛では骨の変性の程度も問われます。日々の作業記録を残しておくことが重要です。

Q夜勤明けに買い物をして帰る途中の事故は通勤災害になりますか。

日用品の購入は施行規則が定める日常生活上必要な行為に当たるため、やむを得ない事由により最小限度で行い、その後すぐに合理的な経路へ戻ったのであれば、戻った後の移動は通勤として扱われます。ただし、買い物をしている間そのものは通勤には当たりません。

Q訪問介護で利用者宅から次の利用者宅へ移動する途中の事故はどうなりますか。

業務の性質を有する移動は法律上の通勤から除かれるため、通勤災害ではなく業務災害の枠組みで判断されるのが基本です。請求書の様式も変わるので、実際の取り扱いは所轄の労働基準監督署に確認してください。

労災保険の参考資料

労災保険のまとめ

労災保険は、業務災害と通勤災害を対象に、療養・休業・障害・遺族などの給付を行う制度です。保険料は全額事業主負担で、パートも日雇いも労働者であれば全員が対象になります。

介護現場で判断が分かれやすいのが腰痛です。認定基準は、突発的なできごとによる災害性の腰痛と、腰部に過度の負担のかかる業務を続けた蓄積型の腰痛を分けて要件を定めています。どちらの類型でも、いつどの介助でどんな姿勢だったのかという記録が判断の土台になります。通勤災害では、逸脱・中断の間は通勤に当たらないものの、日用品の購入や通院、要介護状態の家族の介護といった省令が定める行為であれば、合理的な経路に戻った後は再び通勤として扱われます。

制度の理解は必要ですが、より効果が大きいのは発生そのものを減らすことです。社会福祉施設の労働災害の中心が転倒と無理な動作である以上、抱え上げを前提にしない介助と職場環境の改善が、最も確実な労災対策になります。

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執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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