
見当識障害とは
見当識障害は認知症の中核症状のひとつで、時間→場所→人の順に進行します。具体例とリアリティ・オリエンテーションなどの対応技法までやさしく解説します。
この記事のポイント
見当識障害(けんとうしきしょうがい)とは、自分が「いま」「どこに」「誰と」いるのかを正しく認識する力(見当識)が障害される状態をいいます。アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症の中核症状のひとつで、一般に時間 → 場所 → 人物の順に進行することが知られています。介護現場では否定や訂正を避け、リアリティ・オリエンテーションなどの技法で本人の安心を保つ対応が基本となります。
目次
見当識(オリエンテーション)と見当識障害の基礎
見当識(disorientation の対義語にあたる orientation)とは、自分を取り巻く時間・場所・人物という3つの基本軸を正しく把握する認知機能のことです。健常な大人は「今日が何月何日で」「ここが自宅か職場か」「目の前の相手が誰か」を意識せず瞬時に判断していますが、この機能が損なわれた状態が見当識障害です。
厚生労働省「介護・高齢者福祉」関連資料や日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」では、見当識障害は記憶障害・実行機能障害などと並ぶ認知症の中核症状として位置づけられています。中核症状とは脳の器質的変化により直接生じる症状で、ほぼすべての認知症患者に共通して現れる症状群を指します。
見当識障害は症状の進行に明確な順序があり、一般には① 時間 → ② 場所 → ③ 人物の順に障害が進みます。アルツハイマー型では海馬や頭頂葉の萎縮が早期から起こるため、まず日付や曜日、季節感が曖昧になり、進行に伴い慣れた場所でも迷子になり、最終的には家族や介護者の顔がわからなくなるケースもあります。
見当識障害はBPSD(行動・心理症状)とは異なり、本人の意思や性格ではなく脳の損傷そのものから生じます。叱責や訂正で改善することはなく、むしろ不安・混乱を招き、徘徊・帰宅願望・物盗られ妄想といったBPSDの引き金にもなり得ます。
3段階の見当識障害と具体的サイン
見当識障害は通常、次の順番で症状が表れます。介護記録での観察項目としても押さえておきたいポイントです。
① 時間の見当識障害(最も早く出現)
- 今日の日付・曜日・季節がわからない
- 朝・昼・夜の区別がつかず、夜中に起き出して身支度を始める
- 食事を済ませた直後に「ご飯はまだか」と尋ねる
- 診察予約や薬の時間を守れない
② 場所の見当識障害
- 長年住んでいる自宅でトイレや寝室の位置がわからない
- 外出先から自力で戻れず、警察に保護される
- 施設内のフロアを移動した直後に「ここはどこ?」と訴える
- 病院・介護施設を「自分の家」と取り違える
③ 人物の見当識障害(最も遅く出現)
- 同居の配偶者を「親切な隣人」だと思う
- 息子・娘を亡き兄弟や親と取り違える
- 鏡に映る自分を別人と認識し話しかける
- 介護職員の顔・名前が定着せず毎日初対面のように接する
※進行スピードや順序は原因疾患により異なります。レビー小体型認知症では認知機能の変動(日内・日差変動)が大きく、脳血管性認知症ではまだら認知症として一部の見当識のみ保たれることがあります。
介護現場での対応の基本
見当識障害への対応は「正しい答えを教える」ことではなく、本人の不安を減らし、現実への手がかり(cue)を増やすことが目的です。代表的な技法を整理します。
1. リアリティ・オリエンテーション(RO)
会話・環境の中で繰り返し時間・場所・人物の情報を伝える技法。「24時間RO」(日常会話に組み込む)と「教室RO」(少人数のセッション)があります。詳しくはリアリティ・オリエンテーションを参照。
2. 環境の手がかりを増やす
- 大きなアナログ時計と日めくりカレンダーをよく見える位置に置く
- 季節の花・装飾・行事食で「いまの季節」を体感的に伝える
- 居室・トイレに本人の名前と写真を表示する
- 夜間照明とサイン照明で昼夜の区別を明確にする
3. 否定せず受容する
「もう昼ですよ」と訂正するより、「お腹空きましたね、一緒にお茶にしましょう」と感情に寄り添う。バリデーション療法やユマニチュードの基本姿勢が役立ちます。
4. 個別性を重視する
本人の生活歴・職業歴・趣味を踏まえて声かけや環境を整えるパーソン・センタード・ケアが、見当識障害を抱える本人の安心感に直結します。
5. 安全対策と離設防止
場所の見当識障害が進むと離設・行方不明のリスクが高まります。GPS端末や見守りセンサーの導入、近隣住民・警察との連携体制を平時から整えておきましょう。
よくある質問
Q1. 見当識障害は治りますか?
原因により異なります。アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患による見当識障害は基本的に進行性で完治は困難ですが、薬物療法や非薬物療法で進行を緩やかにできます。一方、せん妄・脱水・薬剤の副作用・甲状腺機能低下などが原因であれば、原因の除去で改善することがあります(治療可能な認知症)。
Q2. 一時的に「ここはどこ?」と聞かれるのは認知症ですか?
必ずしもそうではありません。寝起き直後、慣れない環境への移動直後、強いストレス下では健常者でも一過性の混乱が起こり得ます。継続して時間や場所を間違える、本人が修正できないという状態が続く場合に認知症を疑い、認知症スクリーニングを検討します。
Q3. 否定したり叱ったりしてはいけないと聞きましたが、嘘をつくのも抵抗があります。
嘘をつく必要はなく、「事実訂正をしない」「感情を受け止める」ことが基本です。例:「私は娘ですよ」と否定する代わりに「来てくれて嬉しいですね」と気持ちに焦点を移す。バリデーション療法ではこれを「共感的傾聴」と呼びます。
Q4. 夜になると不穏になり「家に帰る」と訴えます。
夕暮れ症候群(sundowning)と呼ばれ、夕方から夜にかけ見当識障害と不安が増悪する現象です。日中の活動量を増やす、夕方に十分な明るさを確保する、夕食前に好きな音楽や軽い運動を取り入れるといった対応が有効です。
Q5. MMSEと見当識障害の関係は?
MMSE(ミニメンタルステート検査)30点満点中、最初の10点が見当識(時間5点・場所5点)の評価項目です。見当識障害の進行度を簡便に把握できる指標として臨床現場で広く使われています。認知症スクリーニングで詳しく解説しています。
まとめ
見当識障害は、時間→場所→人物の順に進む認知症の中核症状です。「いつ・どこ・誰」がわからなくなる本人の不安に対し、訂正ではなく安心と手がかりを提供することがケアの基本となります。リアリティ・オリエンテーションやバリデーション、ユマニチュードなどの技法を組み合わせ、本人らしさが守られる環境を整えていきましょう。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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