
高齢者の睡眠とは
高齢者の睡眠は加齢で総時間短縮・中途覚醒増加・深睡眠減少・睡眠相前進が起こり、認知症のBPSDやレム睡眠行動障害とも関連します。介護現場の対応を解説。
この記事のポイント
高齢者の睡眠とは、加齢に伴って起こる睡眠構造そのものの変化を指します。具体的には、(1)総睡眠時間の短縮(平均6時間前後)、(2)深いノンレム睡眠(徐波睡眠)の減少、(3)夜間中途覚醒の増加、(4)就床・起床時刻が前倒しになる睡眠相前進、の4つが代表的な変化です。「眠れない」という訴えの背景には、こうした生理的変化と認知症・身体疾患・薬剤の影響が複雑に絡みます。
目次
高齢者の睡眠とは(定義と生理的背景)
高齢者の睡眠は、若年成人とは構造的に異なる「加齢に伴う生理的変化」と「疾患・薬剤・環境による二次的変化」が重なって成り立っています。Ohayon らの大規模メタ解析(Sleep 2004)によれば、健康な成人では加齢とともに総睡眠時間は緩やかに短縮し、深いノンレム睡眠(N3:徐波睡眠)の割合が10年ごとに数%ずつ減少することが報告されています。一方で寝床にいる時間(in bed time)はむしろ延長する傾向があり、結果として「寝床にいるのに眠れない」状態が増えます。
体内時計(概日リズム)の側でも変化が起こります。視交叉上核(SCN)の機能低下とメラトニン分泌のピーク前倒しにより、夕方早くから眠気が出て、明け方早くに覚醒する睡眠相前進が生じやすくなります。日中の活動量低下と日光曝露の減少もリズムの振幅を弱め、眠気と覚醒のメリハリが失われていきます。
こうした変化は病気ではなく加齢現象ですが、本人や家族にとっては「不眠」として体験されます。介護現場では、加齢による生理的変化と治療が必要な睡眠障害(不眠症・睡眠時無呼吸症候群・レム睡眠行動障害など)を切り分けて評価することが、適切な支援の出発点となります。
加齢で起こる4つの変化(数値で見る)
厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2023」および国民健康・栄養調査等から、高齢者の睡眠に関する代表的な数値を整理します。
| 変化 | 具体的な数値 | 背景 |
|---|---|---|
| 総睡眠時間の短縮 | 65歳以上で平均約6時間(若年成人は7〜8時間) | 睡眠の必要量自体が低下するため、必ずしも「不足」ではない |
| 深睡眠(N3)の減少 | 20代と比較して70代では半減以下 | 徐波睡眠を生み出す機能が加齢で衰える |
| 中途覚醒の増加 | 夜間2〜3回以上の覚醒が一般的 | 夜間頻尿・痛み・関節こわばり・浅眠化の複合 |
| 睡眠相前進 | 就床21時頃/起床4〜5時頃も珍しくない | メラトニン分泌のピーク前倒し・体温リズム振幅の縮小 |
厚労省の睡眠指針2023は、高齢者に対して「個人差はあるものの、長すぎる寝床時間は睡眠の質を下げる」と注意喚起しており、寝床にいる時間を必要十分な睡眠時間に近づける睡眠制限の考え方を推奨しています。
若年成人と高齢者の睡眠の違い
若年成人と高齢者で、何がどう変わるのかを並べて比較します。「眠れない」と訴える高齢者を支援する際、生理的な加齢変化と治療対象の睡眠障害を区別する手がかりになります。
| 項目 | 若年成人(20〜40代) | 高齢者(65歳以上) |
|---|---|---|
| 総睡眠時間 | 7〜8時間 | 約6時間前後 |
| 深いノンレム睡眠(N3) | 全体の15〜20% | 5〜10%以下、消失することも |
| 中途覚醒 | 0〜1回 | 2〜4回 |
| 就床時刻 | 23〜0時頃 | 21〜22時頃 |
| 起床時刻 | 6〜7時頃 | 4〜5時頃 |
| 日中の眠気 | 少ない | 昼食後の眠気・短時間の昼寝が増える |
| 睡眠効率(寝床にいる時間に対する実睡眠の割合) | 90%以上 | 70〜80%程度 |
重要なのは「短時間化=病気」ではないという点です。高齢になれば睡眠時間が短くなるのはむしろ自然な変化で、日中の眠気・倦怠感・生活機能の低下がなければ、無理に若年期と同じ睡眠時間を確保しようとする必要はありません。逆に、いびきと無呼吸を伴う場合はSAS(睡眠時無呼吸症候群)を、夢で叫ぶ・暴れる症状があれば後述のレム睡眠行動障害を疑います。
認知症との関係と介護現場の対応
高齢者の睡眠変化は、認知症ケアと深く関わります。深睡眠の減少と概日リズムの乱れは、夕方から夜にかけてのBPSD(行動・心理症状)――特に夕暮れ症候群や昼夜逆転――の温床になります。さらにレム期に通常起こる筋活動抑制が破綻し、夢の内容のまま身体を動かして叫ぶ・蹴る・転落するレム睡眠行動障害(RBD)は、レビー小体型認知症やパーキンソン病の前駆症状として知られています。
1. 光環境を整える(朝の高照度光)
日本睡眠学会の指針では、午前中に2,500ルクス以上の高照度光を30分以上浴びることでメラトニン分泌リズムが整い、夜間の睡眠の質が改善するとされています。窓際に座位を確保する、屋外散歩、施設なら高照度光療法ライトの導入が有効です。
2. 日中の活動量を確保する
長すぎる昼寝(1時間以上)は夜間睡眠を悪化させるため、午後3時までに30分以内に抑えるのが原則です。デイサービスでのレクリエーション・リハビリ・軽運動を組み合わせ、覚醒と睡眠のメリハリを作ります。
3. 夜間照明と環境調整
夜間トイレのための照明は、覚醒を促す白色光ではなく低照度の暖色(電球色)に。室温は18〜22℃、湿度50〜60%が目安です。RBDが疑われる場合はベッド周辺から鋭利物を除き、ベッドを低床にして転落・受傷を予防します。
4. 睡眠日誌でアセスメント
「眠れない」という訴えに反射的に睡眠薬を増やすのではなく、まず2週間の睡眠日誌で就床・起床・中途覚醒・昼寝・服薬・日中眠気を記録します。寝床時間が必要睡眠時間より長すぎる「過剰寝床時間」が原因のことも多く、寝床に入る時刻を遅らせるだけで主観的な不眠感が改善することがあります。
5. 専門医紹介の閾値
いびきと無呼吸の確認にはSTOP-BANGなどの簡易スクリーニング、強い日中眠気と無呼吸停止が頻発する場合はSASの精査を、急激な認知機能変動や夜間興奮があればせん妄との鑑別を意識しましょう。
高齢者の睡眠に関するよくある質問
Q1. 高齢になると睡眠時間が短くなるのは異常ですか?
必ずしも異常ではありません。65歳以上では平均6時間程度が一般的で、加齢に伴い必要睡眠量自体が減少します。日中の眠気・倦怠感・生活機能低下がなければ治療対象ではなく、若年期と同じ7〜8時間を無理に目指す必要はありません。
Q2. 夜中に何度も目が覚めるのは「不眠症」ですか?
中途覚醒だけでは不眠症と診断されません。週3回以上・3カ月以上続き、日中の機能低下を伴う場合に診断されます。詳しくは不眠症の解説を参照ください。
Q3. 早寝早起きが極端になったのですが治療は必要ですか?
生活に支障がなければ問題ありません。夕方の社会的活動に支障が出る睡眠相前進障害(ASPS)の場合は、夕方の高照度光療法やメラトニン受容体作動薬で治療します。
Q4. 夢で叫んだり蹴ったりするのは何ですか?
レム睡眠行動障害(RBD)の可能性があります。レビー小体型認知症・パーキンソン病の前駆症状として重要で、神経内科または睡眠専門医への紹介が推奨されます。
Q5. 介護現場で睡眠薬を増やしてほしいと言われたらどう対応すべきですか?
反射的に増量せず、まず睡眠日誌で寝床時間と実睡眠時間のギャップを評価しましょう。寝床時間が長すぎる場合は、就床時刻を遅らせる・日中活動を増やすといった非薬物的介入で改善することが多いです。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は転倒・せん妄のリスクが高く、漫然投与は避けるのが原則です。
参考文献・出典
- 厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2023」
- 日本睡眠学会「睡眠障害の基礎知識 高齢者の睡眠障害」(田中秀樹)
- Ohayon MM, Carskadon MA, Guilleminault C, Vitiello MV. Meta-analysis of quantitative sleep parameters from childhood to old age in healthy individuals: developing normative sleep values across the human lifespan. Sleep. 2004;27(7):1255-73.
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「高齢者の睡眠」
- 日本老年医学会「高齢者の不眠(Review of Geriatrics)」小曽根基裕ほか
まとめ
高齢者の睡眠は、加齢による生理的変化(総睡眠時間短縮・深睡眠減少・中途覚醒増加・睡眠相前進)と、認知症・身体疾患・薬剤の影響が重なって成り立っています。「眠れない」という訴えに反射的に睡眠薬を増やすのではなく、まず睡眠日誌でアセスメントし、朝の高照度光・日中活動・夜間照明の調整など非薬物的介入から始めることが、転倒やせん妄を防ぎながら睡眠の質を高める基本姿勢です。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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