
せん妄とは
せん妄は急性発症する一過性の意識障害で、過活動型・低活動型・混合型の3類型がある。脱水・感染・薬剤などの誘因と認知症との違い、介護現場での観察ポイントと転倒予防までを実務目線で整理。
この記事のポイント
せん妄とは、身体疾患や薬剤などをきっかけに急性に発症する一過性の意識障害です。注意力の低下と思考のまとまりにくさを中核症状とし、症状は1日のうちで強弱が変動し、夕方から夜間にかけて悪化しやすい点が特徴です。過活動型・低活動型・混合型の3類型があり、認知症と異なって誘因を取り除けば数日〜数週間で改善する可逆性を持ちます。介護現場では転倒・転落・点滴自己抜去などの事故リスクが急増するため、早期発見と医療連携が安全管理の要となります。
目次
せん妄の定義と3類型
せん妄(delirium)は、米国精神医学会の診断基準DSM-5において「注意の障害(注意の方向づけ・集中・維持・転換能力の低下)と意識の障害」を中核に据えた精神症候群と定義されます。短時間(通常は数時間〜数日)のうちに発症し、1日のうちで重症度が変動するのが診断要件のひとつであり、これが慢性進行性の認知症との大きな鑑別ポイントになります。
日本老年医学会は「高齢者のせん妄の機序」のなかで、せん妄を「身体疾患や薬剤などの直接因子をきっかけに、脳の脆弱性(準備因子)と環境変化など(促進因子)が重なって発症する急性脳機能不全」と整理しています。つまり、せん妄は単なる「混乱」ではなく、身体側に必ず原因が存在する医学的緊急事態です。
3類型:過活動型・低活動型・混合型
せん妄は精神運動活動の様相により次の3類型に分けられます。介護現場で見落とされやすいのは、外見上「おとなしい高齢者」に見える低活動型です。
- 過活動型:興奮・大声・点滴やオムツの自己抜去・暴言・暴力・幻覚に基づく行動など、活動性が亢進するタイプ。家族や職員が異変に気づきやすい。
- 低活動型:傾眠傾向・反応の鈍さ・無気力・食事拒否・会話のかみ合わなさなど、活動性が低下するタイプ。「元気がない」「ただの体調不良」と誤認されやすく、発見が遅れて重症化・死亡率上昇につながりやすい。
- 混合型:過活動と低活動が交互に出現するタイプ。日中は傾眠、夜間は興奮といった日内変動として現れることが多い。
認知症との違い:可逆性・発症速度・意識障害の有無
せん妄と認知症は症状が似ているため鑑別が難しく、両者が併存することも珍しくありません。両者を分ける最大のポイントは「意識障害があるか」「急に発症したか」「症状に日内変動があるか」の3点です。
| 項目 | せん妄 | 認知症 |
|---|---|---|
| 発症 | 急性(数時間〜数日) | 緩徐(数か月〜数年) |
| 意識障害 | あり(中核症状) | 原則なし(清明) |
| 注意障害 | 顕著(注意が散漫) | 軽度〜中等度 |
| 日内変動 | 大きい(夜間悪化が典型) | 比較的安定 |
| 持続期間 | 数日〜数週間 | 進行性で持続 |
| 可逆性 | 誘因除去で改善 | 原則不可逆 |
| 原因 | 身体疾患・薬剤・環境 | 脳の変性疾患 |
とくに紛らわしいのが認知症のBPSD(行動・心理症状)とせん妄です。BPSDは認知機能低下を背景に環境やケアへの反応として生じるのに対し、せん妄は身体側の引き金(脱水・感染・薬剤など)で起きます。BPSDかせん妄か判断に迷う場合は、まずバイタルサイン・脱水・新規処方薬を確認するのが原則です。
また、せん妄は認知症の中核症状である見当識障害と症状が重なるため、もともと見当識障害がある利用者で「いつもと違う混乱」「夕方から始まった興奮」が出現したときは、せん妄を疑って医療職へ早めに相談する必要があります。
観察ポイントと誘因除去の流れ
介護現場でせん妄を疑ったときの基本フローは、「気づく → 誘因を疑う → 医療連携 → 環境を整える」の4段階です。せん妄は身体疾患の警告サインであり、放置すると入院・転倒・死亡リスクを高めるため、迅速な対応が求められます。
STEP1. 気づく:いつもと違うサインを拾う
申し送りで以下のサインが出た場合は、せん妄を強く疑います。
- 会話のつじつまが合わない/注意が散漫で話を続けられない
- 夕方から夜間にかけて落ち着きがなくなる(夕暮れ症候群と区別が必要)
- 傾眠傾向と覚醒・興奮が交互に現れる
- 幻視・幻聴(「虫が見える」「誰かがいる」と訴える)
- 点滴・尿カテーテル・酸素チューブを抜こうとする
STEP2. 誘因を疑う:3DSのチェック
厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬剤性せん妄」や日本老年医学会のガイドでは、誘因として次の3カテゴリーが挙げられます。
- D(Drug)薬剤:抗コリン薬・ベンゾジアゼピン系睡眠薬・H2ブロッカー・オピオイド・ステロイド・新規追加薬・多剤併用
- D(Disease)身体疾患:感染症(尿路感染・肺炎)・脱水・電解質異常・低酸素・心不全・便秘・尿閉・痛み
- S(Sensory/Setting)感覚・環境:難聴・視力低下・入院や転居など環境変化・身体拘束・睡眠不足・夜間の不安
STEP3. 医療連携:看護師・主治医に即報告
バイタル(体温・脈拍・呼吸・SpO2・血圧)、水分摂取量、排尿排便、新規処方薬、最終排便日をセットで看護師へ伝えます。在宅・施設では訪問看護や主治医への電話連絡、ショートステイ中なら家族と医療機関へのエスカレーションが必要です。
STEP4. 環境を整える:非薬物的アプローチ
誘因除去と並行して、本人が安心できる環境調整を行います。具体的には、馴染みの写真・時計・カレンダーの設置、夜間も最低限の照明を残す、メガネ・補聴器の装用継続、家族の声かけ、過度な拘束や刺激の回避などです。これは認知症の認知症ケアの基礎で示されているパーソンセンタードな関わりとも共通する原則です。
介護現場で押さえておきたい実務ポイント
せん妄は転倒・転落・誤嚥・自己抜去など重大事故の引き金になります。日本転倒予防学会の研究(国立がん研究センター東病院 小川朝生医師らの報告)でも、総合病院で発生する転倒の多くにせん妄が関与していることが示されており、せん妄発症中は転倒・転落リスクが平常時の数倍に跳ね上がるとされます。介護現場でも次のポイントを押さえる必要があります。
- 低活動型の見落としを防ぐ:「食事量が急に減った」「呼びかけへの反応が鈍い」「日中の傾眠が増えた」をせん妄サインとして共有する。
- 夜間の安全環境:センサーマット・低床ベッド・離床時の足元灯・トイレ動線の明確化で転倒を予防。身体拘束はせん妄を悪化させるため最小限に。
- 水分・排泄を毎日チェック:脱水と便秘・尿閉は最大の誘因。1日水分摂取量と排便日をシートで管理する。
- 多剤併用の見直し依頼:服薬数が6種類以上、抗コリン薬・睡眠薬の処方がある場合は、ケアマネ経由で薬剤師・主治医にレビューを依頼する。
- 家族への説明:せん妄は「ボケが進んだ」のではなく一過性であることを家族に伝え、面会時は穏やかな声かけと馴染みの物の持参をお願いする。
- ヒヤリハット記録:発症時刻・誘因の可能性・対応・改善経過を記録に残し、再発予防のチームカンファレンスにつなげる。
よくある質問
Q1. せん妄はどれくらいの期間で治りますか?
誘因が除去できれば多くは数日〜1〜2週間で改善しますが、原因となった身体疾患が遷延する場合や高齢で脳の脆弱性が高い場合は数か月にわたることもあります。MSDマニュアル等では発症数週間〜数か月の経過例も報告されており、回復後も認知機能低下が長期に残るケースがあるため、退院後の生活機能評価と継続的な認知症リスクの観察が必要です。
Q2. なぜ夕方から夜間に悪化するのですか?
体内時計(サーカディアンリズム)の乱れ、夕方以降の感覚刺激の減少、疲労蓄積、夜間の暗さによる不安・幻覚の出やすさが重なるためです。日中に光を浴びさせ、夜間の覚醒刺激を減らし、睡眠覚醒リズムを整えることが予防の基本になります。
Q3. 認知症の人がせん妄を起こすと「認知症が進んだ」のですか?
必ずしも進行ではありません。認知症の方はせん妄を発症しやすい背景(脳の脆弱性)を持つため、軽度の感染や脱水でも急変することがあります。ただし、せん妄の罹患歴は将来の認知機能低下リスクを高めることが知られており、再発予防と全身管理が重要です。
Q4. 介護職が単独で薬を中止してもよいですか?
絶対に避けてください。睡眠薬・向精神薬の自己判断による中止は離脱症状を起こし、せん妄を悪化させることがあります。必ず看護師・薬剤師・主治医を巻き込み、処方医による評価のもとで減薬・中止を進めます。
Q5. 在宅介護でも対応できますか?
軽度であれば訪問看護・主治医・ケアマネ連携で在宅対応可能です。ただし、意識レベルの低下、けいれん、高熱、脱水兆候、自傷他害の恐れがある場合は救急搬送を検討してください。見当識障害が進んだ夜間徘徊との見分けがつかない時は、訪問看護のオンコールに早めに相談するのが安全です。
参考資料
- American Psychiatric Association「DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版)」せん妄の診断基準
- 日本老年医学会「高齢者のせん妄の機序(藤澤大介ほか)」(『老年医学』特集)
- 日本老年医学会「高齢者せん妄の薬物治療(寺田整司)」(『老年医学』特集)
- 厚生労働省/PMDA「重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬剤性せん妄」(令和4年2月)
- 日本麻酔科学会「高齢者における術後せん妄の予防と治療のプラクティカルガイド」
- MSDマニュアル プロフェッショナル版「せん妄」
まとめ
せん妄は、急性発症・注意障害・日内変動を特徴とする一過性の意識障害であり、過活動型・低活動型・混合型の3類型を持ちます。脱水・感染・薬剤・環境変化などが誘因となり、夜間悪化や転倒リスクの急増を伴うため、介護現場では「いつもと違う」サインを早期に拾い、看護師・主治医と連携して誘因除去と環境調整を行うことが重要です。認知症と異なり原因を取り除けば改善し得る可逆性を持つ点を理解し、低活動型を見落とさない観察眼を養うことが、利用者の安全と尊厳を守る第一歩になります。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
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