認知症の暴言・暴力にどう対応するか|BPSDの引き金を減らすケアと家族のメンタル防衛
ご家族・ご利用者向け

認知症の暴言・暴力にどう対応するか|BPSDの引き金を減らすケアと家族のメンタル防衛

認知症のBPSDで現れる暴言・暴力は、本人の脳機能・体調・環境ストレスが引き金になる。否定しない・距離をとる・話題を変える対応の基本、パーソンセンタードケア、抗精神病薬の注意点、家族の罪悪感と相談先、限界時の選択肢までを公的資料に基づき整理する。

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ポイント

結論:暴言・暴力はBPSDのサイン。引き金を減らせば必ず減る

認知症の暴言・暴力は、本人の意思ではなく、脳機能の変化と身体的不調、そして周囲の環境ストレスが重なったときに現れるBPSD(行動・心理症状)のひとつです。攻撃的な言動の手前には、必ず本人にとっての「困りごと」や「不快」が存在します。

対応の中心は薬ではなく非薬物的アプローチです。「否定しない・正面から制止しない・一度距離を置く・話題を変える」の4つを基本にし、痛みや空腹・便秘・睡眠不足など身体面の引き金を消していくことで、多くのケースは穏やかになります。

抗精神病薬(リスペリドンやブレクスピプラゾールなど)は、非薬物的介入を尽くしても危険性が高いときに、主治医と十分に相談したうえで低用量・短期間から検討します。家族だけで抱え込まず、地域包括支援センターや「認知症の人と家族の会」電話相談(0120-294-456)、必要時は認知症疾患医療センターやショートステイ・グループホーム・認知症治療病棟も選択肢に入れてください。介護する側が倒れないことが、本人のケアを長く続ける条件です。

目次

認知症の暴言・暴力は『病気のサイン』であり、関わり方で変えられる

「やさしかった父が、急に怒鳴るようになった」「母に手を上げられた瞬間、自分の心が折れた」――認知症介護の現場で、家族をもっとも追い詰めるのが暴言と暴力です。日常的にケアをしている家族にとって、それは単なる「介護の苦労」ではなく、人格を否定されるような体験として残ります。

しかし、ここで覚えておきたいことがあります。暴言や暴力は、認知症という病気そのものに刻まれた性格ではありません。これらはBPSD(行動・心理症状)と呼ばれる症状群の一部で、本人が抱える脳機能の変化と、身体的不調、環境的ストレス、人間関係のすれ違いが重なったときに表面化する「サイン」です。原因がある以上、引き金を減らせば頻度や強度は確実に下がります。

厚生労働省や日本老年医学会、認知症介護研究研修センター、国立長寿医療研究センターは一貫して、BPSDの第一選択は非薬物的介入であり、薬物治療はあくまで補助であると示しています(厚生労働省『かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)』など)。つまり、家族側の関わり方を整えることで、薬を増やさずに状況を改善できる余地が大きいということです。

この記事では、暴言・暴力がなぜ起こるのかという仕組みから、引き金となりやすい場面、現場で使える対応の基本、パーソンセンタードケアの考え方、家族自身のメンタル防衛、薬物治療の位置づけ、そして「もう在宅では難しい」と感じたときの選択肢まで、公的資料に基づいて整理します。途中で出てくる医療判断(受診や服薬)は必ず主治医に相談し、この記事は意思決定の準備材料として活用してください。

BPSDの攻撃性が現れる仕組み:脳機能・身体不調・環境ストレス

暴言・暴力に対応するためには、まず「なぜ起きているのか」を理解することが必要です。表面的な行動だけを見て叱ったり押さえつけたりすると、本人にとっての恐怖や混乱が増し、症状はかえって悪化します。

脳機能の変化が攻撃性の土台になる

アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、原因疾患によって障害される脳の部位は異なりますが、共通して影響を受けやすいのが前頭葉の抑制機能です。前頭葉は「言いたいことを我慢する」「怒りをコントロールする」「相手の立場で考える」といった社会的な抑制を担う領域で、ここの働きが落ちると、健常時には押し止められていた感情がそのまま行動に現れやすくなります。

また、記憶障害によって直前の出来事を保持できなくなるため、「なぜ自分はここにいるのか」「目の前の人は誰なのか」がわからず、根本的な不安に置かれ続けます。不安や恐怖は、人間にとって最も古い「攻撃か逃走か」の反応を引き出す感情で、これが攻撃性の燃料になります。

身体的不調が攻撃性の引き金を引く

意外と見落とされやすいのが、身体面の不調です。認知症の方は自分の状態を言語化できないため、痛み・空腹・喉の渇き・便秘・尿意・発熱・薬の副作用などが不快感として蓄積し、それが「攻撃的にみえる行動」として外に出ます。日本老年医学会のBPSD関連資料でも、BPSDの背景因子として身体疾患・感覚障害・薬剤副作用の関与を強調しています。

とくに高齢者では、尿路感染症や脱水、便秘、睡眠不足が突然のせん妄を引き起こし、それまで穏やかだった人が一晩で別人のように興奮することがあります。「急に荒れた」場合は、まず体調変化を疑い、かかりつけ医への連絡を優先してください。

環境ストレスが症状を増幅する

環境因子も大きな引き金です。大きな音、強い照明、多すぎる情報、知らない人の出入り、慣れない場所などは、認知症の方にとって処理しきれない刺激となり、混乱と興奮を生みます。引っ越し直後、入院直後、デイサービス初日、家族の急な来客などのタイミングでBPSDが悪化するのは、この典型例です。

さらに、介護者の表情・口調・態度も環境の一部です。介護者がイライラしていれば、本人はその雰囲気を敏感に感じ取り、自分が責められていると受け取って身構えます。攻撃の対象は「もっとも近くにいる人」になりやすく、これがしばしば家族介護を孤立させる原因になります。

暴言・暴力の引き金になりやすい場面

暴言・暴力は「いつでも・どこでも」起きるわけではなく、ある程度パターンがあります。引き金になりやすい場面を知っておくと、事前に環境を整え、衝突を予防できます。

1. 介助に「触れられる」瞬間

入浴・更衣・トイレ・口腔ケアなど、体に触れる介助は、もっとも頻繁にトラブルが起きる場面です。本人にとっては「なぜ服を脱がされるのか」「なぜ知らない人にお風呂に入れられるのか」がわからず、自尊心と防衛本能が刺激されます。とくに女性は、若い男性介護者からの清拭・陰部洗浄に強く抵抗するケースが多く、これは本人の感覚としては正当な反応です。

対策は、「これから何をするか」を一動作ずつ短く伝える、急に背後から触れない、ケア前に必ず目を合わせて笑顔をつくる、嫌がったら一旦止めて時間を置く、の4点です。

2. 「できない」を直視させられる瞬間

料理・着替え・お金の計算など、これまでできていたことができなくなったと自覚させられる場面でも、攻撃性は出やすくなります。家族が「さっき言ったでしょ」「何回同じこと言わせるの」と返した瞬間、本人の中で「自分はもうダメな人間だ」という感情と「責められている」という被害感が重なり、怒りに変わります。

国立長寿医療研究センターも、認知症の方と関わるときの基本として「失敗や間違いを責めない」「自尊心を守る」を挙げています。指摘は短くし、できている部分を言葉にする習慣に切り替えてください。

3. 妄想と結びつく瞬間

「財布を盗られた」「ご飯を食べさせてもらえない」といった物盗られ妄想・被害妄想は、もっとも近くにいる家族(多くの場合、嫁・娘・配偶者)に向けられがちです。本人にとっては記憶の欠落を埋めるために生まれた「本当の現実」なので、否定するほど信念が強化され、攻撃性へとつながります。

対応は、否定も肯定もせず、「一緒に探しましょう」「困りましたね」と感情に寄り添うことです。論破はしないと決めてください。

4. 夕方〜夜間(夕暮れ症候群)

夕方になると不穏・焦燥・興奮が強まる現象は「夕暮れ症候群(sundowning)」と呼ばれ、認知症介護でよく見られます。日中の疲労、視覚情報の低下、空腹、孤独感、生活リズムの揺らぎが重なって発生すると考えられています。夕方に重要な交渉(入浴・服薬・受診の説得)をしないことが、それだけで衝突を大幅に減らします。

5. 急な変化があった日

引っ越し、入院、退院、家族の不在、ヘルパー交代、季節の急変、感染症の流行など、環境や体調に変化があった日はリスクが上がります。「いつもと違うことがあった日は、いつもより手厚く・穏やかに」を基準にしてください。

対応の基本:否定しない・距離をとる・話題転換

現場で実際に使える「対応の基本」を、優先順位の高い順に並べます。これらは厚生労働省・日本老年医学会・国立長寿医療研究センターの公的資料に共通して示されている考え方を、家族介護向けに整理したものです。

原則1:否定しない・正論を返さない

本人の言葉が事実と違っていても、まず否定しないでください。「違うよ」「そんなことないでしょ」は、本人にとっては「自分の見ている世界を奪われる」体験であり、強い不安と怒りを呼びます。

かわりに、感情に同調する(「それは不安だったね」「困ったね」)、事実は曖昧にして流す(「あとで一緒に確認しよう」)、本人の話の主旨をそのまま受け取る(「お金が心配なんだね」)という応答に切り替えます。これは嘘をつくのではなく、正しさより安心を優先するという選択です。

原則2:正面から制止しない・一度距離をとる

怒鳴られたり叩かれそうになったとき、無理に押さえつけたり言い返したりするのは、もっとも危険な選択です。本人の感情がピークに達している状態では、説得は届きません。

取るべき行動は、(1)安全な距離まで下がる、(2)手の届く範囲にある危険物(包丁・はさみ・熱湯・段差)を視界から外す、(3)別室や別フロアに移動する、(4)他の家族・ヘルパーに交代する、です。「逃げてはいけない」と思う必要はありません。距離を取ることは、本人と介護者の双方を守る正しい介護です。国立長寿医療研究センターも、家族が罪悪感を抱くほど怒りや不快を表してしまうときは「少し距離を取らなければならない信号」と明記しています。

原則3:話題と場面を切り替える

感情が高ぶっているときは、本人の注意を別のことに移すと、症状が短時間で収まることが多くあります。窓を開ける、お茶を出す、好きな音楽を流す、写真アルバムを開く、外の景色を一緒に見るなどが有効です。

これは「ごまかし」ではなく、認知症の方の短期記憶が長く保持されないという特性をいかした対応です。数分前の怒りはしばしば本人の中から消えています。怒りが消えた瞬間まで耐えるのではなく、消える環境を意図的に作る、と理解してください。

原則4:声・表情・速度を整える

声のトーンは、内容よりも先に相手に伝わります。低めの声・ゆっくりした速度・短い文・笑顔を意識してください。早口・甲高い声・長い説明は、それだけで不安と興奮を呼びます。

身体の向きも重要です。正面から向き合うと「対立」の構図になるため、斜め前か横に立ち、目線の高さは座っている本人より少し低めにすると、安心しやすくなります。

原則5:身体の引き金を毎日チェックする

暴言・暴力が増えてきたと感じたら、次の身体面を必ず確認します。

  • 食事・水分はとれているか
  • 排尿・排便はあったか(便秘は要注意)
  • 睡眠は確保できているか
  • 痛みのサイン(顔をしかめる、体をかばう、特定の動作を嫌がる)はないか
  • 熱はないか、口腔内の炎症はないか
  • 新しく始めた薬・量が変わった薬はないか

このどれかが該当する場合は、対応スキルだけで解決しようとせず、かかりつけ医や訪問看護に連絡してください。身体の不調を整えるだけで攻撃性が消えるケースは少なくありません。

パーソンセンタードケア:本人の歴史・好み・尊厳

「対応の基本」を支える哲学が、パーソンセンタードケア(Person-Centred Care)です。1980年代後半に英国の心理学者トム・キットウッドが提唱した考え方で、認知症の人を「症状の集まり」ではなく、歴史・好み・価値観をもった一人の人間として尊重することを中心に置きます。日本でも認知症介護研究研修センターや日本認知症ケア学会が普及に努め、現在のBPSD対応のスタンダードになっています。

パーソンセンタードケアが示す5つの心理的ニーズ

キットウッドは、認知症の人が安心して暮らすために必要な心理的ニーズとして、次の要素を花の絵にして示しました。中心に置かれるのは「無条件に一人の人間として尊重されること」です。

  • くつろぎ(Comfort):安心できる雰囲気・触れ合い・落ち着いた声
  • 自分らしさ(Identity):本人の歴史・職歴・趣味・呼び名を大切にする
  • 結びつき(Attachment):信頼できる人とのつながり・愛着
  • たずさわること(Occupation):役割があり、何かに取り組んでいる実感
  • 共にあること(Inclusion):集団から排除されず、輪の中にいる感覚

暴言・暴力の多くは、これらのニーズが満たされていないサインとして表れます。「攻撃的だから困った人」ではなく、「5つのニーズのどれかが脅かされている人」として読み替えると、対応が変わります。

本人の歴史を介護に持ち込む

具体的に家族ができることは、本人の人生史を介護に持ち込むことです。生まれた土地、若い頃の仕事、得意だったこと、誇りに思っていること、好きだった食べ物・音楽・服装・呼ばれ方を、できる限り言葉や環境に反映させます。

たとえば、教員だった父親には「先生」と呼びかけて新聞を一緒に読む時間をつくる、農家だった母親には植木の世話を頼む、――こうした働きかけは、本人の「自分は役に立つ存在だ」という感覚(自己効力感)を支え、BPSDの頻度を下げることが現場で繰り返し報告されています。

「悪い兆候(malignant social psychology)」を介護から外す

キットウッドは、本人の人格を傷つける関わり方を「悪性の社会心理(malignant social psychology)」として17項目挙げました。家族介護で特に避けたいのは次のような場面です。

  • 本人の前で、本人について第三者と話す(「最近わからなくなってきて…」)
  • 子ども扱いする(「えらいでちゅね」のような言い方)
  • 急かす・置いていく(「早くして」「もう知らない」)
  • 無視する・存在しないかのように振る舞う
  • 嘲笑する・できなさを笑いものにする

これらは多くの場合、介護者に悪意はなく、疲労と余裕のなさから出てきます。だからこそ、介護者の余裕を守ること自体が、認知症ケアの一部になります。次のセクションで詳しく扱います。

家族のメンタル防衛:怒り・罪悪感の整理と相談先

暴言・暴力に晒され続ける家族介護者は、心身ともに大きなダメージを受けます。とくに同居家族や主介護者は、24時間体制での緊張・睡眠不足・社会的孤立が重なり、介護うつのリスクが高い状態に置かれます。本人のケアと同じくらい、いえそれ以上に、家族自身の心を守る仕組みが必要です。

「怒ってしまう自分」を責めない

国立長寿医療研究センターのQ&Aは、「頭では怒ったらいけないと分かっていても、実際の場面では怒りや不快感をあらわにしてしまい、罪悪感を感じる」家族に対して、明確に次のように答えています。「罪悪感を抱くことが多いなら、少し距離を取らなければならない信号」。怒ってしまう自分は人間として自然な反応であり、罪悪感はサービス利用や休息のタイミングを教えてくれる合図として読んでください。

感情の出口を確保する

怒り・悲しみ・無力感は、内側に溜めると爆発的に現れます。日常的に感情を吐き出せる場所を、複数確保しておくのが安全策です。

  • 同じ立場の家族の話を聞く・話す:認知症の人と家族の会の電話相談・支部会、自治体の認知症カフェ、オンラインの家族コミュニティ
  • 専門職に話す:地域包括支援センター、ケアマネジャー、訪問看護師、主治医
  • 記録する:その日にあった出来事、自分の感情、何が引き金だったかを短く書く。介護日誌は受診時の有力な資料にもなります

介護うつのサインを見逃さない

次のサインが2週間以上続く場合は、家族自身の受診を強くおすすめします。

  • 眠れない、夜中に何度も目が覚める
  • 食欲が落ちた、体重が減った
  • 何をしても楽しいと感じない
  • 朝起きるのがつらい、起き上がれない
  • 本人に対して殺意・自殺念慮が浮かぶ
  • 涙が止まらない、または涙が出なくなった

「自分が頑張れば」と耐えるほど、本人のケアの質も落ちます。心療内科・精神科は、本人だけでなく介護者のための医療資源でもあります。

主な相談先(公的・無料中心)

  • 地域包括支援センター:市区町村に必ず設置されており、保健医療・介護・福祉サービスの総合相談窓口。介護保険サービスの入り口になります。
  • 公益社団法人 認知症の人と家族の会 電話相談:0120-294-456(フリーダイヤル)/月〜金 10:00〜15:00(祝日除く)。全国46都道府県に支部があり、地域ごとの電話相談も実施しています。
  • 認知症初期集中支援チーム:市区町村に配置。受診や介護サービスにつながっていない認知症の方とその家族を、最大6か月ほど集中的に支援します。
  • 認知症疾患医療センター:都道府県・指定都市が指定する専門医療機関で、鑑別診断・BPSDや身体合併症への急性期対応・専門医療相談を担います。
  • 若年性認知症コールセンター:65歳未満で発症した方とその家族向けの全国窓口(厚生労働省委託事業)。
  • ケアマネジャー:要介護認定を受けていれば、もっとも身近に状況を共有できる専門職。ショートステイ・訪問介護・デイサービスの調整役になります。

家族介護は一人で続ける前提のしくみではありません。介護保険サービスや相談窓口は、すでに支払っている保険料と税金で動いている資源です。使い倒してください。

薬物治療の検討:抗精神病薬の使用と注意点

非薬物的な関わりを尽くしてもなお、本人や周囲に明らかな危険があるとき、抗精神病薬を中心とした薬物治療が検討されます。ただし薬は万能ではなく、メリットとデメリットを家族が理解したうえで、主治医・薬剤師と共有意思決定することが前提です。ここで紹介する内容は意思決定の準備材料であり、自己判断での服薬調整は絶対に避けてください。

薬物治療は「第二選択」である

厚生労働省『かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版/令和6年度)』、日本老年医学会、国立長寿医療研究センターは一致して、BPSDへの対応は非薬物的介入が第一選択と示しています。薬物治療は、(1)身体疾患・環境要因の調整を行った後、(2)幻覚・妄想・攻撃性・激しい焦燥などで本人や他者への危険が高いときに、(3)低用量・短期間で導入するのが基本です。

代表的な薬剤の位置づけ

BPSDで処方されることがある代表的な薬剤は次のとおりです。いずれも薬剤名・用量は本記事で判断せず、必ず主治医と相談してください

  • ブレクスピプラゾール:アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感・易刺激性・興奮による過活動・攻撃的言動に対して国内で保険適用が認められた抗精神病薬(2023年承認)。
  • リスペリドン・クエチアピン・ペロスピロン・ハロペリドール:BPSDへの保険適応はないが、器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性に対して処方された場合の使用が、2011年9月の厚生労働省保険局医療課長通達で審査上認められています(適応外使用)。
  • 抑肝散など漢方薬:BPSDの興奮や攻撃性に用いられることがあります。比較的副作用が少ないとされる一方で、低カリウム血症・偽アルドステロン症などの注意点があります。

抗精神病薬の主なリスク

抗精神病薬は本人を穏やかにする効果がある一方で、高齢者にとって看過できないリスクを伴います。国立長寿医療研究センターも、抗精神病薬使用の原則として次の点を強調しています。

  • 過鎮静・転倒・誤嚥:眠気が強く出すぎると、転倒や誤嚥性肺炎のリスクが上がります
  • 錐体外路症状:手の震え・動作緩慢・歩行障害など、パーキンソン病に似た症状
  • 脳血管障害・死亡率の上昇:認知症高齢者で抗精神病薬を使用すると、脳血管イベントと総死亡が増えることが海外の大規模研究で示されています
  • レビー小体型認知症での重大な過敏性:抗精神病薬に強く反応し、意識障害・運動症状が悪化するため、原則使用しない方針が取られます
  • 薬物相互作用:高齢者は多剤併用になりがちで、降圧薬・睡眠薬・抗うつ薬との相互作用に注意

そのため、用量は若年成人の1/2〜1/4から開始し、必要に応じて緩やかに増量、最低でも3か月ごとに中止を検討する、というのが国内外の標準的な進め方です。「効いているから続ける」ではなく、「いつ減らせるか」を常に医療者と話し合うことが、家族側の役割になります。

家族がやるべきこと・避けるべきこと

  • 処方が始まったら、変化を毎日メモする(穏やかさ・眠気・歩行・食事量・転倒回数)
  • 気になる副作用はすぐ主治医と薬剤師に連絡する。次回受診を待たない
  • 本人の判断で勝手に増減・中止しない。離脱症状や再燃が起こる
  • 市販の睡眠補助・かぜ薬は、相互作用があるため薬剤師に確認してから使う
  • 「眠ってくれる薬がほしい」と頼む前に、非薬物的な引き金(夕方の刺激・痛み・便秘・空腹)を一緒に見直してもらう

薬は対応の引き出しのひとつであって、ゴールではありません。本人の生活の質と家族の安全を両立できる地点を、医療チームと探し続けてください。

限界時の選択肢:ショートステイ・グループホーム・認知症治療病棟

非薬物的介入も薬物治療も尽くした上で、それでも在宅介護の継続が難しい状態は確かに存在します。家族が倒れる前に、環境を変える選択肢を知っておくことは、本人のためでもあります。「施設に入れる=見捨てる」ではなく、本人と家族が穏やかに過ごせる場所を選び直す、と理解してください。

段階1:ショートステイ(短期入所生活介護)

介護保険の在宅サービスのひとつで、特別養護老人ホームや老人保健施設などに数日〜1週間程度宿泊して、入浴・食事・介護を受けられます。家族の冠婚葬祭や疲労回復、本人の生活リズムの再構築に使えるサービスです。

  • 申し込みはケアマネジャー経由で、介護保険のサービス計画に組み込みます
  • 連続利用は原則30日まで、要介護度ごとに月額の利用枠があります
  • BPSDが強い時期は受け入れ可能な施設が限られるため、普段から定期利用して、本人と施設の相性を作っておくのがおすすめ

段階2:認知症対応型共同生活介護(グループホーム)

厚生労働省の整理によれば、グループホームは認知症の診断があり要介護1以上の方を対象とした地域密着型サービスで、5〜9人の少人数ユニットで家庭的な雰囲気のなかケアを受けます。職員は認知症ケアの研修を受けたスタッフが中心で、本人のペースに合わせた生活支援が特長です。

  • 原則として、事業所と同一市町村に住民票がある方が対象です
  • 居室は個室(床面積7.43㎡以上)、共有のリビングで食事や行事を一緒に行います
  • 医療依存度が高い状態(経管栄養・人工呼吸器など)は受け入れが難しい場合があるため、見学時に主治医と一緒に確認
  • 費用は地域・施設で異なりますが、家賃・食費・管理費を含めて月10万〜18万円程度が目安

段階3:特別養護老人ホーム・介護老人保健施設

BPSDが落ち着いており、要介護3以上で常時介護が必要な場合、特別養護老人ホーム(特養)が選択肢になります。費用が比較的抑えられる一方、待機者が多い地域もあります。介護老人保健施設(老健)はリハビリ目的の中間施設で、在宅復帰を前提とするため数か月単位の利用が中心になります。いずれもケアマネジャーと相談して、本人の状態と地域の空き状況に合った申込みを行ってください。

段階4:認知症治療病棟・精神科病棟(医療)

BPSDが激しく、本人・家族・周囲への危険が高い場合は、医療として一定期間の入院が必要になることがあります。国立長寿医療研究センターは、専用の認知症治療病棟を運営し、薬物治療と非薬物療法(絵画療法・レクリエーション療法など)を組み合わせて、地域に戻れる状態を目指します。

  • 入院は短期間(数週間〜数か月)で、状態が落ち着いたら在宅・施設に戻すのが原則
  • 主治医・かかりつけ医からの紹介、または認知症疾患医療センター経由で相談
  • 本人の同意が得られない場合、家族の同意による「医療保護入院」など精神保健福祉法に基づく入院形態が用いられることがある(要件は法律で厳格に定められています)
  • 入院中に身体合併症(肺炎・脱水・骨折など)の治療を同時に行うことも可能

選択肢を決めるときの3つの軸

「いつ、何を選ぶか」で迷ったら、次の3軸でケアマネジャー・主治医と話してください。

  1. 安全性:本人と家族の身体・生命の安全が確保されているか
  2. 家族の継続可能性:このペースで家族介護を3か月後も続けられるか
  3. 本人の生活の質:本人にとって穏やかに過ごせる時間がどれくらいあるか

3つすべてを満たせない状態が続いているなら、それは「家族の限界」ではなく「環境の限界」です。場所を変えることが正解になる局面があり、その判断を遅らせる必要はありません。

参考文献・一次情報

まとめ:原因を外し、引き金を減らし、抱え込まない

認知症の暴言・暴力は、本人の人格でも家族の介護スキル不足でもなく、脳機能の変化・身体的不調・環境ストレスが重なったときに表れるBPSDのサインです。引き金には必ず原因があり、原因を一つずつ外していくことで、頻度も強度も減らすことができます。

現場で最初に取り組むべきは、(1)否定しない、(2)正面から制止せず一度距離をとる、(3)話題と場面を切り替える、(4)声と表情を整える、(5)痛み・便秘・睡眠・薬の副作用を毎日チェックする、の5つです。これらを土台にして、本人の歴史と尊厳を介護に持ち込むパーソンセンタードケアの視点を重ねていきます。

それでも対応しきれない場面は必ずあります。そのときは家族だけで抱え込まず、地域包括支援センター、認知症の人と家族の会の電話相談(0120-294-456)、認知症疾患医療センター、ケアマネジャーに連絡してください。抗精神病薬による治療は主治医との共有意思決定のうえで低用量・短期間から、ショートステイ・グループホーム・認知症治療病棟といった環境を変える選択肢も含めて、家族と本人がそれぞれ穏やかに過ごせる道筋を作っていきましょう。介護する側が倒れないことが、本人のケアを長く続けるための前提条件です。

監修者

介護のハタラクナカマ 医療・介護監修チーム

医療・介護専門職チーム(看護師/介護福祉士/ケアマネジャー)

看護師介護福祉士ケアマネジャー

訪問看護・介護保険・医療保険に関する制度内容を、厚生労働省・日本訪問看護財団・全国訪問看護事業協会等の一次ソースをもとに、医療・介護専門職チームが内容の正確性を確認しています。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

介護保険、施設選び、在宅介護など、介護を受ける方・ご家族が判断に迷いやすいテーマを、公的情報と実務上の確認ポイントに沿って解説しています。

介護の現場・介護職の視点

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