
声かけとは
声かけは、介護現場で利用者の安心と尊厳を支える基本コミュニケーション。認知症の方には正面・低めのトーン・短文・1動作1指示が原則です。OK例・NG例とユマニチュード等の理論的背景まで解説します。
この記事のポイント
声かけ(こえかけ)とは、介護現場で利用者に動作・予定・感情を言葉で伝え、安心と尊厳を支えるコミュニケーションです。とくに認知症の方には、正面から目線を合わせ、ゆっくり・低めのトーンで・短く・1動作1指示で伝えるのが原則。「あーんして」など子ども扱いの言葉や、複数指示の一括提示はNGとされ、ユマニチュードやパーソン・センタード・ケアの中核技術にも組み込まれています。
目次
介護における声かけの意味と役割
声かけとは、介護職員が利用者に対して動作の予告・誘導・確認・感情の共有などを言葉で伝えるコミュニケーション行為の総称です。「これから着替えますね」「お背中を流します」といった介助の予告、「お加減いかがですか」といった気遣い、「お疲れさまでした」といったねぎらいまで、日常ケアのあらゆる場面で交わされる短い言葉のやり取り全般を指します。
声かけの役割は3つあります。第一に「予告・同意取得」で、これからの動作を伝えることで利用者が心の準備をでき、不意を突かれる恐怖や介護拒否を予防します。第二に「人格の承認」で、名前を呼び・目線を合わせることで「あなたを一人の人として尊重している」というメッセージを伝えます。第三に「情報伝達」で、時刻・予定・体調確認といった生活上の情報を共有します。
認知症ケアでは、声かけは特に重要です。短期記憶や見当識が低下している方にとって、突然の介助は恐怖体験になり得ます。フランスのイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが体系化したユマニチュードでは「見る・話す・触れる・立つ」の4本柱の一つに「話す(声かけ)」を据え、ポジティブな言葉での予告と実況中継が基本技術として位置づけられています。トム・キットウッドのパーソン・センタード・ケアでも、声かけは利用者の心理的ニーズ「アイデンティティ」「愛着」を満たす重要な手段とされます。
声かけの基本原則7つ
厚生労働省の認知症介護研究・研修センターの教材や、介護福祉士養成課程のコミュニケーション科目で繰り返し示される基本原則を整理します。
- 正面から目線を合わせる:背後や横から急に話しかけず、視線が交わる位置に立つ。車いすの方には膝を折って同じ高さに。
- 名前を呼んでから用件を伝える:「○○さん、これから……」と名前で呼びかけることで、注意が向き受け取る準備が整う。1秒待ってから用件に入る。
- ゆっくり・低めのトーンで:高齢者は高音域が聞き取りにくく、早口だと意味が捉えにくい。1音1音をはっきり、声のトーンは低めに。
- 短文・肯定形で伝える:「○○しないでください」より「○○しましょう」のほうが受け入れられやすい。長い文章は避ける。
- 1動作1指示:「立って、歩いて、座って」と続けず、「まず立ちましょう」と1動作ずつ。完了を確認してから次の指示へ。
- 動作を実況中継する:「右腕を持ち上げますね」「お湯をかけます」と、これからの動作を声に出すことで予測可能性が高まり安心につながる。
- 否定せず受け止める:認知症の方の事実と異なる発言にも「違います」と返さず、感情に寄り添う。「それは心配ですね」など受容の言葉を使う。
これらは個別の技ではなく、傾聴・受容・共感的理解という対人援助の基本姿勢を、声かけという行動で表現したものです。
声かけのOK例とNG例
同じ意図でも、言葉選びひとつで利用者の受け取り方は大きく変わります。代表的なシーンでのOK例とNG例を比較します。
| シーン | NG例 | OK例 |
|---|---|---|
| 食事介助 | 「あーんして」「もぐもぐしましょうね」 | 「○○さん、お口を開けていただけますか」 |
| 移乗介助 | 「立って、回って、座って」(連続指示) | 「では、まず立ちますね」→(完了)→「ゆっくり向きを変えましょう」 |
| 入浴介助 | 「お湯かけますよ」(突然) | 「○○さん、これから背中にお湯をかけますね」 |
| 認知症の方の帰宅願望 | 「ここがあなたの家ですよ」「もう帰れません」 | 「お家のことが心配なんですね。少しお茶でも飲みませんか」 |
| 排泄介助 | 「おしっこ大丈夫?」「漏らしちゃった?」 | 「お手洗いはいかがですか」「ご一緒しましょうか」 |
| 介護拒否時 | 「どうしてやってくれないの」「困ります」 | 「今日は気が進まないですか。少し時間をおきましょうか」 |
NG例に共通するのは、子ども扱いの言葉・命令口調・否定表現・複数指示・突然の接触です。OK例の共通点は、敬称と敬語・依頼形・1動作・予告・受容の言葉。声かけの良し悪しは、利用者の尊厳を守れるかどうかで決まります。
認知症の方への声かけ実践テクニック
認知症の方は、不安・混乱・羞恥心といった感情が背景にあるため、声かけには特に配慮が必要です。介護現場で蓄積された実践テクニックを5つ紹介します。
- 顔の正面・40cm以内・目線の高さで(ユマニチュード):横や背後からの声かけは「侵入された」と感じやすく、混乱を招きます。視野に入る位置からゆっくり近づき、視線を合わせて話しかけます。
- 5W1Hより「これから」で始める:「いつ・どこで・なぜ」を一度に問うのは混乱の元。「これから○○しますね」と、これから起こることを一つずつ予告します。
- 否定せず気持ちに寄り添う(バリデーション療法):「会社に行く」と訴える方に「もう退職しています」と返さず、「お仕事のことが気になるんですね」と感情を受け止めます。事実訂正より感情の安定が優先です。
- 沈黙を急がない:返答に時間がかかる方には、5〜10秒待ちます。先回りして話を続けると、利用者は思考を止め受け身になってしまいます。
- 非言語のサインも声かけに含める:表情・うなずき・タッチング(肩や手にそっと触れる)は言葉と同じく重要なメッセージです。笑顔と穏やかな声、安定した姿勢が「あなたを大切にしている」というメッセージを伝えます。
これらは認知症介護基礎研修・実践者研修・実践リーダー研修でも基本技術として扱われます。職員間で「気づいたらNG表現を指摘しあう」文化を作ることが、施設全体の声かけの質を底上げします。
声かけに関するよくある質問
- Q1. 利用者を「ちゃん」付け・あだ名で呼ぶのは親しみやすくて良いのではないですか?
- 家族同様の親しさを示そうとして使われがちですが、人格の尊厳を損なう恐れがあるためNGとされます。原則は「○○さん」と苗字に「さん」を付けます。利用者本人が望み、ご家族も同意した愛称であれば例外的に使うこともありますが、ケア記録で共有し職員全体で統一する必要があります。
- Q2. 認知症の方の「家に帰る」訴えへの声かけはどうすべきですか?
- 「ここがあなたの家ですよ」と説得するのではなく、まず「家に帰りたいんですね」と気持ちを受け止めます。そのうえで「少しお茶でも飲んでから考えませんか」「○○さんが心配ですね」と、別の話題に自然に移行します。これはバリデーション療法の「リフレージング」と呼ばれる技法です。
- Q3. 耳が遠い方への声かけで、大声で話せばよいですか?
- 大声は威圧的に感じられるためNGです。耳元に近づき、低めのトーンではっきり発音します。高音域が聞き取りにくい高齢者の聴覚特性に合わせ、声の高さを下げて口元を見せます。難聴が強い場合は筆談やジェスチャーも併用します。
- Q4. 移乗介助の前に必ず声かけしないといけないのですか?
- はい。突然の身体接触は転倒や恐怖反応を招き、信頼関係も損ないます。「これから立ち上がりますね」「お背中に触れますね」と動作の予告を必ず行います。これは介護事故防止の観点からも重要で、介護現場では「声かけなき接触は事故の元」と教育されます。
- Q5. 忙しい現場で丁寧な声かけは現実的に難しいのですが、どうすれば改善できますか?
- 長文の声かけは不要です。「○○さん」「これから○○しますね」「ありがとうございました」という3つを徹底するだけでも、利用者の安心感は大きく変わります。チームで「3つの声かけ」を共有目標にすることが、現場改善の第一歩になります。
参考資料・出典
- 厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(2018年6月) — https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212396.html
- 厚生労働省「認知症介護研究・研修センター」研修教材・「認知症介護基礎研修」テキスト — https://www.dcnet.gr.jp/
- 厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」言葉遣い・接遇に関する記載 — https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05384.html
- イヴ・ジネスト, ロゼット・マレスコッティ『「ユマニチュード」という革命』(誠文堂新光社, 2016年)— 「話す(声かけ)」の体系化
- ナオミ・フェイル『バリデーション』(筒井書房)— 認知症の方への声かけ技法の原典
- 公益社団法人日本介護福祉士会「介護福祉士倫理綱領/業務指針」 — https://www.jaccw.or.jp/
まとめ
声かけは、介護の中で最も日常的でありながら、利用者の安心と尊厳を大きく左右するコミュニケーションです。基本は「正面・名前・低めのトーン・短文・1動作1指示・予告・受容」の7原則。認知症の方には特に否定せず気持ちに寄り添う姿勢が求められ、ユマニチュードやバリデーション療法でも中核に位置づけられています。「○○さん」「これから○○しますね」「ありがとうございました」という3つの声かけを徹底するだけでも、利用者の信頼と安心は大きく変わります。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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