ノーリフトケア実践マニュアル|福祉用具の選び方と腰痛予防の実務ロードマップ
介護職向け

ノーリフトケア実践マニュアル|福祉用具の選び方と腰痛予防の実務ロードマップ

ノーリフトケアの実践に必要な移乗ボード・スライディングシート・天井走行リフトの選定基準と、腰痛予防のための導入ロードマップを厚労省指針に基づき解説。

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ノーリフトケアの実践には、(1) 利用者のADL(端座位可能か・立位保持可能か)に応じた福祉用具の選定、(2) スライディングシート→スライディングボード→スタンディングリフト→天井走行リフトの段階的導入、(3) リーダー養成と全職員研修の3つが必須です。厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(平成25年改訂)は「全介助の必要な対象者は原則として人力での抱き上げを行わせない」と明記しており、介護現場の腰痛発生率(死傷年千人率0.25)は全業種平均(0.1)の2.5倍に達しています。本記事では福祉用具の選定基準と補助金活用、現場導入のロードマップまでを実務目線で解説します。

目次

「ノーリフトケアという言葉は知っているけれど、現場ではいまだに2人がかりで抱え上げている」「スライディングシートはあるのに引き出しに眠ったまま」——そんな施設は珍しくありません。厚生労働省が令和5年度に実施した第三次産業における腰痛予防対策推進事業の調査でも、福祉用具を所有していても「使い方の理解不足」「現場のリーダー不在」を理由に活用できていない事例が多数報告されています。

本記事はノーリフトケアとは|持ち上げない介護の基本と導入ステップの続編として、より実務に踏み込んだ「実践マニュアル」を提供します。具体的には、(1) 福祉用具の選定フロー(端座位・立位保持・寝たきりの3パターン別)、(2) 移乗ボード・スライディングシート・天井走行リフトの選び方と費用感、(3) 厚労省の指針改訂を踏まえた腰痛予防のロードマップ、(4) リフトリーダー養成や週1研修などの組織づくり、(5) エイジフレンドリー補助金や都道府県補助金の活用法、までを一気通貫で解説します。今日からチームで動き出せる粒度に落とし込んでいます。

ノーリフトケア実践とは|厚労省指針が求める「抱き上げ原則禁止」の到達点

厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(平成25年6月18日改訂)は、介護・看護作業における腰痛予防の中核として「人力による人の抱上げは原則として行わせない」ことを明記しました。具体的には次の3点が要求されています。

1. 全介助者にはリフトを積極使用

移乗介助・入浴介助・排泄介助の場面で、全介助の必要な対象者には、リフト等を積極的に使用し、原則として人力による抱き上げは行わせないこと。

2. 座位保持できる場合はスライディングボード等を使用

対象者が座位保持できる場合にはスライディングボード等の使用、立位保持できる場合にはスタンディングマシーン等の使用を含めて検討し、対象者に適した方法で移乗介助を行わせること。

3. 福祉用具の使い方を含めた労働衛生教育

労働衛生教育等により、一般的な腰痛の発生要因と回避・低減措置に加えて、ノーリフトケアに関する機器の使い方に関しても教育すること。

つまり「実践フェーズ」では、(a) 福祉用具を揃えるだけでなく、(b) 利用者のアセスメントに基づいて正しく選び、(c) 全職員が機器を使いこなせる教育体制を整え、(d) 効果検証のPDCAを回す——という4つの動作が一体で求められます。厚生労働省 第14次労働災害防止推進計画(2023〜2027年度)でも、「介護・看護作業においてノーリフトケアを導入している事業場の割合を2023年比で2027年までに増加させる」というアウトプット指標が設定されています。

数字で見る介護現場の腰痛|千人率0.25は全業種平均の2.5倍

介護・看護現場の腰痛がどれほど深刻か、公的統計で確認しておきましょう。判断のベースを揃えることで、施設長や経営層への提案がしやすくなります。

保健衛生業の腰痛発生率は全業種平均の2.5倍

厚生労働省「保健衛生業における腰痛の予防」の集計によれば、保健衛生業(社会福祉施設・医療保健業を含む)の腰痛発生率(死傷年千人率)は0.25で、全業種平均0.1の2.5倍に達します。職場における腰痛発生件数は昭和53年をピークに長期的に減少傾向ですが、保健衛生業に限ると平成5年以降「増加を続けている」と厚労省自身が公表しています。

腰痛発生場面の64.7%は移乗介助(入浴含む)

厚生労働省「介護・看護の職場で腰への負担を減らした事例集」では、社会福祉施設での腰痛発生場面の約65%が移乗介助(入浴介助を含む)であると示されています。つまり「移乗」というワンポイントに福祉用具を集中投入するだけでも、効果は大きいことが分かります。

令和5年・都内社会福祉事業の転倒災害は367件

東京労働局の公表では、令和5年に東京都内の社会福祉事業で発生した転倒災害は367件。経験年数1年以下が約4分の1、5年以下が過半数を占め、女性比率が約9割、50〜60代が過半数という特徴があります。ノーリフトケアは腰痛だけでなく、こうした転倒・移動災害の予防にもつながります。

第14次労災防止推進計画のKPI

厚労省は第14次労働災害防止推進計画(2023〜2027年度)で「社会福祉施設の腰痛による死傷者数を2027年までに2022年以下に抑える」というアウトカム指標を設定しています。介護施設が福祉用具を導入することは、もはや「現場の善意」ではなく国の労働災害防止計画上の要求事項になったといえます。

福祉用具の選び方|利用者ADL別の使い分けフロー

福祉用具は「高ければ良い」「全部揃えれば良い」ものではありません。利用者の残存機能に応じた選定が最重要です。テクノエイド協会「福祉用具シリーズVol.23・26」やリフトリーダー養成研修のフレームを参考に、現場で使える選定フローを整理しました。

判定軸:端座位・立位保持・寝たきりの3区分

利用者の状態推奨される福祉用具移乗の考え方
立位保持が可能(短時間でも)スタンディングリフト/スタンディングマシーン立ち上がりを補助し、回転だけ介助で移乗
端座位は可能、立位保持は困難スライディングボード(座位移乗用)ベッドと車椅子の高さを揃え、お尻を滑らせて横移動
端座位も困難・寝たきり床走行式リフト/天井走行式リフト+スリングシート臥位のまま吊り上げて移乗。全身用スライディングボードと組み合わせる選択肢も
ベッド上の体位変換・上下移動スライディングシート(ロングタイプ・ループタイプ)摩擦を減らして1人介助でも体位変換可能に

リフトの種類別の特性

  • 天井走行式リフト:取り回しと自由度が高いが、部屋への工事が必要。新築・大規模改修時の導入が現実的。
  • 床走行式リフト:導入が容易でキャスター付きのため自由に動かせる。ただし畳・絨毯では動きにくく、本体が重い。
  • 据え置き式リフト:部屋への工事は不要だが、設置した場所でしか使えない。櫓固定タイプはレールを天井に組めば天井走行式に近い使い勝手になる。
  • スタンディングリフト:導入は容易だが、立位保持ができる方のみ対応可能。下肢に力が入らない方には恐怖や痛みを伴うため不適。

選定の決め手は「足底が床に着くか」「アームサポートが外せるか」

テクノエイド協会の指摘するチェックポイントとして、スライディングボードを使う場合は (1) 移乗先と座面の高さを合わせられるか、(2) 車椅子のアームサポート(肘掛け)が外せるか、(3) 足底が床に着けられるか——の3点をまず確認します。これらが満たせない場合は車椅子のモジュール化や足置きの追加など、周辺環境の整備が先になります。

導入ロードマップ|6か月で「持ち上げない介護」を定着させる5ステップ

「福祉用具を買うだけ」では現場は変わりません。厚生労働省「腰痛を防ぐ職場の事例集」掲載の好事例と、青森県・高知県のノーリフティングケア推進事業の進め方を参考に、6か月で定着させる5ステップを提示します。

STEP1(1か月目):宣言とリーダー選任

施設長による「ノーリフト宣言」を職員会・玄関掲示で発信し、ノーリフトケア推進委員会(衛生委員会+業務改善委員会の合同が理想)を設置します。各フロアからリーダーを1名ずつ選任し、テクノエイド協会のリフトリーダー養成研修または都道府県主催のノーリフティングケア研修への参加を計画します。

STEP2(2か月目):腰痛アセスメントとリスク評価

全職員に「腰痛調査票」(厚労省雛形あり)を実施し、腰痛経験率・腰痛による休業日数を数値化します。同時に作業場のリスクを「高・中・低」で見積もります。移乗介助・入浴介助・排泄介助の3場面が高リスクになるのが通例です。

STEP3(3か月目):福祉用具のデモ機導入と試用

大阪府介護生産性向上支援センター・ATCエイジレスセンター・テクノエイド協会の「介護ロボット試用貸出事業」を活用し、スライディングシート→スライディングボード→スタンディングリフト→床走行リフトの順にデモ機を試します。買う前に必ず現場で1〜2週間使うのが鉄則です。

STEP4(4〜5か月目):購入と置き場所の決定

優先順位を「移乗回数×腰痛発生リスク」で算出し、購入計画を立てます。社会福祉法人高春福祉会「はるの若菜荘」の事例では、5年計画で福祉用具を整備し、補助金(労働局・高知県・高知市)を活用して総額1,500万円超の機器を購入。職員配置の見直しと並行して進めました。置き場所は使う場所のすぐ近くに固定し、収納バッグなどで「探す手間」をゼロにします。

STEP5(6か月目以降):効果検証と研修の継続

週1回の福祉用具研修を継続し、現場の課題を委員会で共有します。半年ごとに腰痛アンケートを再実施し、(a) 腰痛発症率の低下、(b) 腰痛による休業日数の減少、(c) 二人介助→一人介助への切り替え数、(d) 利用者の離床時間の増加、を指標として効果検証します。社会福祉法人創世福祉事業団「聖・オリーブの郷」では、この体制で「過去3年間、腰痛による重篤な労災事故ゼロ」を実現しています。

補助金・助成金を最大限活用する|エイジフレンドリー補助金から都道府県事業まで

福祉用具は1台10万円〜数百万円と高額です。導入のハードルを下げるため、公的補助金を必ず併用しましょう。介護職員視点でも「福祉用具が揃っている職場」は転職時の重要な比較ポイントになります。

エイジフレンドリー補助金(厚労省・全国)

中小規模事業者を対象に、高年齢労働者の労働災害防止のための設備導入費用を補助する制度です。介護リフト、スライディングボード、移乗用ロボットなどが対象機器に含まれます。補助率・上限額は年度ごとに変動しますが、過去事例では補助率1/2・上限100万円程度が主流でした。

介護ロボット導入支援事業(厚労省 地域医療介護総合確保基金)

各都道府県が実施主体となる介護ロボット導入支援事業では、見守りセンサー・移乗支援ロボット・介護記録ICT機器の導入を補助します。詳しくは介護ロボット導入の現場対応で解説しています。

都道府県独自のノーリフティングケア補助

厚生労働省が把握している先進自治体だけでも以下があります。

  • 青森県:あおもりノーリフティングケア推進事業(指導者育成)
  • 愛媛県:ノーリフティングケア普及啓発事業(セミナー実施)
  • 高知県:高知家まるごとノーリフティング宣言
  • 福岡県:ノーリフティングケア普及促進事業
  • 長崎県:ノーリフティングケアの推進
  • 大分県:ノーリフティングケア用福祉機器導入補助(令和6年度)

自施設の所在都道府県・市区町村の介護保険主管課に問い合わせると、複数の補助金を組み合わせられるケースが多いです。

介護保険レンタル制度の活用

移動用リフト本体(取り付けに住宅改修が不要なもの)は介護保険の福祉用具貸与の対象です。ただし天井走行式リフトは住宅改修工事を伴うため貸与対象外、買取となります。スリングシートは特定福祉用具販売の対象品目で、自己負担1〜3割で購入可能です。施設では介護保険ではなく労働災害防止のための補助金や法人予算で揃えるのが一般的です。

現場で機器が使われるための仕掛け|「持ち上げない文化」を作る5つの工夫

福祉用具を導入しても「使われない」ことが現場の最大の課題です。厚労省の事例集に共通する「使われる組織」の特徴を、現場で再現しやすい5つの工夫に整理しました。

1. 「ノーリフトマイスター」を養成する

社会医療法人財団董仙会では、介護福祉士を対象に「ノーリフトマイスター研修」を実施し、職場リーダーを養成。マイスターが現場で指導することで「機器を使わずに早く済ませよう」という意識が「機器を使って安全に行おう」に変わったと報告されています。結果、腰痛理由の離職者ゼロ、求職者からの応募増加にもつながっています。

2. 福祉用具の置き場所を「使う場所の近く」に固定

テクノエイド協会は「スライディングシートはサイドレールに掛けておくと滑り落ちて転倒の原因になる」「使用する利用者の居室内の床頭台にフックとバッグで管理する」よう推奨しています。施設で配置ルールを統一すれば、探す手間が消え、使う頻度が劇的に上がります。

3. 介護助手を導入して「2人介助→1人介助+介助補助」へ

福祉用具導入の初期は「慣れずに時間がかかる」段階があるため、介護助手(パート職員)を配膳・水分介助・洗濯たたみなど周辺業務に配置し、常勤介護職員がリフト操作に集中できる時間を確保します。

4. 動画研修サイトで「いつでも復習できる」状態に

健祥会グループは理学療法士監修の腰痛予防体操動画を社内研修サイトで配信し、外国人材向けに英語・インドネシア語・ベトナム語版も整備しました。福祉用具の使い方も動画化することで、新人OJTの均質化と外国人技能実習生の理解促進に効果があります。

5. 委員会で「ヒヤリハット」を継続収集

「ノーリフティング委員会」を月1回開催し、福祉用具のヒヤリハットを共有・分析します。テクノエイド協会の「福祉用具納入管理表」「故障・破損管理表」テンプレートを使えば、機器の寿命・トラブル傾向も可視化できます。介護記録の電子化と連動させると、現場負担を増やさずデータ蓄積ができます。

よくある質問(FAQ)

Q1. スライディングシートと移乗ボードはどちらを先に導入すべき?

原則としてスライディングシートが先です。理由は、(1) 価格が数千円〜と最も安く、(2) ベッド上の体位変換・上下移動など使用場面が多く、(3) 練習のハードルが低いためです。スライディングボードは座位が安定している利用者向けで、ベッド・車椅子の高さ調整やアームサポートが外せる車椅子といった周辺整備が必要になります。

Q2. 天井走行リフトは介護保険でレンタルできる?

いいえ、できません。天井走行リフトは設置に住宅改修工事を伴うため、介護保険の福祉用具貸与対象外で買取となります。市区町村独自の補助金が利用できる場合があるので、自治体の介護保険主管課に確認してください。施設導入の場合は労働局のエイジフレンドリー補助金・都道府県のノーリフティングケア補助金が現実的な財源です。

Q3. ノーリフトケアを宣言したのに、夜勤帯だけ抱え上げ介助が残ってしまう。どうすれば?

大阪労働局の事例集でも「夜勤明けはスタッフ人数が限られ忙しい」ことが福祉用具不使用の原因として頻出します。対策は (1) 夜勤帯に最も使う場面(トイレ誘導・体位変換)に絞って福祉用具を居室の近くに配置、(2) 夜勤者向けの専用研修動画を作る、(3) 夜勤帯のヒヤリハットを翌朝の申し送りで必ず共有、の3点が効果的です。

Q4. 利用者・家族から「機械で吊られるのは可哀想」と言われたら?

厚労省「腰痛を防ぐ職場の事例集」では、家族説明会で「離床時間が増えた」「行動範囲が広がる」「笑顔が増えた」という肯定的変化を事前に伝えた施設で、家族の理解が得やすかったと報告されています。実際、青森県の特養はるの若菜荘では、入所して6か月で笑顔・会話・行動範囲のすべてが向上した事例が紹介されています。「ケアの質を上げるため」と説明することが鍵です。

Q5. 補助金は法人本部が申請するもの?現場で動ける?

厚労省の好事例では、現場リーダーが補助金申請の優先順位付け・予算策定まで担っている施設もあります(はるの若菜荘)。「補助金申請も、現場で出来るように指導する」というスタンスで、5年計画で段階的に揃えていくのが現実的です。

参考文献・出典

まとめ|「持ち上げない」が当たり前になる職場へ

ノーリフトケアの実践は、もはや「やる気のある施設だけが取り組むもの」ではありません。厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(平成25年改訂)は人力での抱き上げを原則禁止と明記し、第14次労働災害防止推進計画(2023〜2027年度)でも介護現場のノーリフトケア導入率向上が国レベルのKPIとなっています。

本記事の重要ポイント

  • 福祉用具は利用者ADLで使い分け:立位保持OK→スタンディングリフト/端座位OK→スライディングボード/寝たきり→床走行・天井走行リフト+スリングシート
  • 導入は6か月ロードマップで段階的に:宣言→アセスメント→デモ機→購入→効果検証のPDCAサイクル
  • 補助金は併用が原則:エイジフレンドリー補助金+介護ロボット導入支援事業+都道府県ノーリフティングケア補助金
  • 「使われる組織」を作る5つの工夫:マイスター養成、置き場所固定、介護助手活用、動画研修、ヒヤリハット委員会

厚労省が紹介する好事例の多くは「腰痛による離職者ゼロ」「ノーリフトに取り組んでいることを理由に求職者からの応募が増えた」という成果を出しています。腰痛は介護職の離職理由の上位であり、ノーリフトケアの実践はすなわち人材定着戦略でもあります。

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介護のハタラクナカマ編集部

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