白衣を着ない公費の「認知症の村」|フランス・ランド村が研究とともに問う、暮らしの自由

白衣を着ない公費の「認知症の村」|フランス・ランド村が研究とともに問う、暮らしの自由

フランス南西部ダックスにある公立の認知症ケア「ランド県アルツハイマー村」。2020年開設、120人が16軒の家で暮らし、白衣を着ない職員と住民・ボランティアが普通の街を営む。オランダ・ホグウェイとの違いと、研究を伴う公費運営が日本に問うものを読み解く。

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フランス南西部ダックスにある「ランド県アルツハイマー村(Village Landais Alzheimer)」は、公費で運営される世界初の公立の認知症ケア施設です。2020年に開設され、認知症と診断された約120人が、16軒の家に分かれて「普通の街」で暮らしています。白衣を着ない職員、地域のボランティア、商店や広場のある街並みのなかで、住民は鍵をかけられた病棟ではなく自分の意思で出歩ける暮らしを送ります。さらにこの村は、その効果を大学とともに科学的に検証する「研究施設」でもある点が、よく知られたオランダのホグウェイと大きく異なります。日本の地域包括ケアや認知症フレンドリー社会を考えるうえで示唆に富む事例です。

目次

フランス南西部、温泉保養地として知られるダックス(Dax)の郊外に、一見するとどこにでもありそうな小さな街がある。カフェレストランがあり、美容院があり、雑貨店があり、広場では人々がコーヒーを片手におしゃべりをしている。図書館もあれば、コンサートが開かれるホールもある。ところが、この街で暮らす住民はみな、アルツハイマー病やそれに関連する認知症と診断された人たちだ。

ここは「ランド県アルツハイマー村(Village Landais Alzheimer)」。2020年に開設された、世界で初めて公費(公的セクター)が主導してつくられた認知症ケアのための「村」である。鍵のかかった病棟でも、白衣の職員が並ぶ病院でもない。住民は自分の家から好きなときに出かけ、広場を歩き、近所の人と言葉を交わす。そして同時に、この村は「こうした暮らしが本当に人を健やかにするのか」を大学とともに検証する、研究の場でもある。

認知症の人が「普通に暮らす村」と聞くと、オランダのホグウェイ(De Hogeweyk)を思い浮かべる人も多いだろう。だがランド村は、それとは出自も運営も狙いも異なる。この記事では、複数の一次ソースで事実を確認しながら、ランド村がどんな場所なのか、そしてそれが日本の介護にどんな問いを投げかけるのかを読み解いていく。

温泉町ダックスにできた「公立の村」

森と海のあいだ、伝統的な街並みを模して

ランド村があるのは、フランス南西部ヌーベル・アキテーヌ地域圏のランド県、ダックスという街だ。敷地はおよそ17エーカー(約1万平方メートル)。設計を手がけたのはコペンハーゲンを拠点とするNORD Architectsで、地元ランド地方の伝統的な建築様式を参考に、住民が「見覚えのある風景」を感じられるよう街並みがつくられた。広場には、この地方の旧市街によく見られるアーチが取り入れられている。

村は4つの「地区」に分かれ、それぞれの地区は近隣の町の名前を冠している。地区のなかには合わせて16軒の家があり、1軒に7〜8人の住民が暮らす。住まいには自然光がたっぷり入り、家具は新品ではなく中古のものでそろえられている。生活空間を病院らしくしないための工夫だ。廊下は行き止まりをつくらず「ループ(環状)」になっていて、住民が道に迷って不安になりにくいよう設計されている。それぞれの住民には自分専用の浴室があり、洗面台の鏡は、自分の顔が分からなくなって混乱する段階になったら畳んで隠せるようになっている。

世界初の「公立」アルツハイマー村

ランド村のもっとも大きな特徴は、これが公的な医療・社会福祉施設(フランスの制度でいう公立EHPAD)だという点だ。事業の発案者は、ランド県の政治家アンリ・エマニュエリ。彼がオランダの先行事例について読んだことがきっかけだったと伝えられている。建設費はおよそ2,880万ユーロにのぼり、その大半をランド県議会が負担した。運営の主体も県を中心とする公的な枠組みで、入居の唯一の必須条件は「アルツハイマー病または関連疾患の医学的診断(画像を伴う)」があること。病気の進行段階は問わない。

住民が支払う費用は、ランド県の公立EHPADの平均的な水準に合わせられている。公式資料によれば、宿泊にあたる部分が1日あたり62.88ユーロ、要介護度に応じた部分が7.42ユーロ。報道では、住民の自己負担は年間でおよそ2万4千ユーロとされる。年間の運営コストはおよそ700万ユーロで、その半分以上を公的機関が補助している。2024年の公式資料では、地域保健機構(ARS)からの財政支援がこの年390万ユーロに引き上げられたと記されている。「お金に余裕のある人だけが入れる特別な施設」ではなく、公的な制度の延長として成り立たせようとしているところに、この村の思想が表れている。

白衣を脱いだ職員と、「自由」を測る研究

「ここは病院ではなく、ただの新しい界隈です」

ランド村で働く職員はおよそ120人(常勤換算)。在宅ケア、作業療法、老年学などの専門を持つスタッフが、1軒の家につきおおむね2人ずつ配置される。さらに数多くのボランティアが村に出入りし、地域の文化・社会生活を村の内側に運び込む。コンサートホールでの演奏、アトリエでの絵画、メディアライブラリーでの読書。こうした活動を通じて、近隣の街ダックスの暮らしと村の暮らしがゆるやかにつながっていく。

この村では、職員は白衣を着ない。聴診器も、ナースステーションも、病院を思わせる記号はできるだけ取り除かれている。発案や運営に関わった公務員フランシス・ラコストは、この村を「実際のところ、街の新しい界隈にすぎない」と紹介している。住民は施錠された空間に閉じ込められるのではなく、自分の意思で家を出て広場を歩ける。提供されているのは「ケアの質は介護施設のものでありながら、環境は外の世界に近い」という、二つの両立だ。

「うまくやりたい」だけでは足りない

ランド村がほかの認知症村と一線を画すのは、その効果を科学的に検証しようとしている点だ。運営側はフランス国立保健医学研究所(Inserm)やボルドー大学の研究者と連携し、住民の行動上の困りごと、服薬量、抑うつや不安のレベルといった指標を継続的に調べている。ボルドー大学で老年学を研究するエレーヌ・アミエヴァ教授は、独立した立場からこの村を評価しながら「うまくやりたいと思うだけでは十分ではない」と語る。理念が正しく聞こえることと、実際に住民の生活の質が上がること、病気の進行が緩やかになることは別の問題だからだ。研究では、この村のモデルが病気の臨床的な経過を変えられるのか、そして費用に見合う価値があるのかが問われている。

初期の手がかりはいくつか報告されている。報道では、開設当初に入居した82歳のマドレーヌ・エリザルドさんについて、家族が「以前より記憶の低下が穏やかになり、生活の楽しみを取り戻した」と話す様子が伝えられた。診断後にあちこちの家を移り住んだことで記憶の混乱が増していたが、毎日の生活の基準点が安定したことで状態が落ち着いたという。村のスタッフからは、不安や抑うつの場面にその都度対応できるため、住民が早く落ち着き、抗うつ薬の処方を減らせる場合があるという声も報告されている。ただし、これらはあくまで初期の観察や個別の証言であり、村全体としての医学的な効果については、5年間の評価をはじめとする検証が今も続いている段階だ。海外の先進事例を「これこそ理想」と断定するのではなく、効果も限界もデータで確かめようとする姿勢そのものが、この村の核心だといえる。

オランダの「村」との違いと、日本への問い

ホグウェイとは「別物」である

認知症の人が暮らす「村」として世界的に有名なのは、2009年にオランダで開設されたホグウェイ(De Hogeweyk)だ。ランド村もこのオランダの事例から着想を得ているが、村の広報担当者は取材に対し「ホグウェイとは提携しておらず、彼らの事例に着想を得た」と明言している。両者は別物だと理解しておくことが大切だ。違いは少なくとも三つある。一つめは国と運営主体で、オランダの事例が主にオランダ政府の資金で運営される一方、ランド村はフランスの県を中心とした公的セクターが主導する世界初の公立アルツハイマー村である点。二つめは狙いで、ランド村は「自律(オートノミー)」をより前面に掲げ、住民が選び、自分の意思で動ける暮らしを重視している。そして三つめが、その効果を大学とともに科学的に検証する「研究施設」を併設している点だ。同じ「認知症の村」でも、この三つの軸でオランダの事例とは性格が異なる。オランダ・ホグウェイの実像についてはこちらの記事で詳しく扱っている。

日本の「地域包括ケア」「認知症フレンドリー」と重なるもの

では、この遠いフランスの村は、日本の私たちと何の関係があるのだろうか。日本は世界でもっとも高齢化が進んだ国の一つであり、認知症の人とともに暮らす社会づくりは待ったなしの課題だ。国は「地域包括ケアシステム」を掲げ、住み慣れた地域で暮らし続けられる仕組みを目指してきた。また「認知症フレンドリー(認知症にやさしいまち)」の考え方も各地に広がりつつある。ランド村が体現しているのは、まさにこの二つの思想を一つの場所に凝縮した姿だといえる。鍵をかけて安全を確保する発想から、リスクを引き受けてでも本人の自由と尊厳を守る発想へ。施設のなかだけで完結させるのではなく、地域の人やボランティアを内側に招き入れる発想へ。これらは日本の現場でも繰り返し語られてきたテーマだ。

同時に、ランド村は日本にとって「重い問い」も突きつける。これだけの自由と環境を支えるには年間約700万ユーロという大きな公費がかかり、その持続可能性は今も検証の途上にある。日本の限られた介護財源のなかで、どこまで同じことができるのか。村のように建物ごと作り替えるのではなく、既存の施設や在宅ケアのなかに「白衣を脱ぐ」「行き止まりをなくす」「本人の選択を尊重する」といった要素を部分的に取り入れる道もあるはずだ。実際、認知症ケアの現場では、薬に頼りすぎず環境や関わり方で症状をやわらげる非薬物的なアプローチの研究が積み重ねられている。ランド村が示すのは、特別な「夢の施設」の話ではなく、いまの日本の介護に取り入れられる発想のヒントでもある。

参考文献・出典

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まとめ

フランス・ランド県アルツハイマー村は、認知症の人を病棟に閉じ込めるのではなく、白衣を脱いだ職員や地域のボランティアとともに「普通の街」で暮らせるよう設計された、世界初の公立の認知症村だ。120人が16軒の家に分かれて暮らし、商店や広場のある日常のなかで自分の意思で出歩く。そしてこの村は、その暮らしが本当に人を健やかにするのかを大学とともに検証する研究の場でもある。有名なオランダ・ホグウェイから着想を得ながらも、公費運営と科学的検証という二点で、それとは別の道を歩んでいる。

もちろん、これだけの環境を支えるには大きな公費が必要で、その効果も持続可能性も検証の途上にある。それでも、安全のために自由を制限するのか、リスクを引き受けてでも尊厳と選択を守るのか。この問いは、海の向こうのフランスだけのものではない。あなたが関わる現場や、あなた自身の家族のことを思い浮かべたとき、認知症になっても「自分らしく暮らせる」とはどういうことだと考えるだろうか。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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