肩を並べて、木を削る|オーストラリア発「メンズシェッド」が高齢男性の孤立を溶かした話

肩を並べて、木を削る|オーストラリア発「メンズシェッド」が高齢男性の孤立を溶かした話

オーストラリアで生まれ12カ国に広がった「メンズシェッド」。退職後に居場所を失う高齢男性が地域の小屋に集い、木工や修理を通じて孤立とうつを遠ざけてきた実話を、日本の高齢男性の孤立問題に引きつけて読み解く。

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オーストラリアの町はずれにある「小屋(シェッド)」で、退職した高齢男性たちが木を削り、壊れた椅子を直しながら、少しずつ言葉を交わすようになった。1993年に南オーストラリアで生まれた「メンズシェッド」は、いまや国内に1,200を超え、12カ国に広がっている。向かい合ってではなく「肩を並べて(shoulder to shoulder)」語り合うという男性特有のスタイルがなぜ孤立を溶かすのか。友人が「いずれもいない」高齢男性が約4割にのぼる日本にとって、この小屋の物語は他人事ではない。

目次

定年退職した日の翌朝、多くの男性が同じことに気づく。行く場所がない。名刺の肩書きが消え、毎日会っていた同僚とは自然に疎遠になり、家庭には自分の居場所が思ったほどない。長年「仕事を通じてしか人とつながってこなかった」人ほど、この空白は深い。

オーストラリアでは、その空白を埋めたのが立派な福祉施設でも診療所でもなく、庭先にあるような一軒の「小屋」だった。工具が並び、木くずの匂いがして、誰かが黙々とテーブルを組み立てている。そこに退職した男性たちが集まり、手を動かしながら、ぽつり、ぽつりと言葉を交わす。この「メンズシェッド(Men's Shed)」と呼ばれる取り組みは、高齢男性の孤立・うつ・自殺リスクという、どの先進国も持て余してきた問題に、静かに、しかし確かに効き目を見せてきた。

この記事では、南オーストラリアの小さな町から始まり世界12カ国に広がったメンズシェッドの物語をたどりながら、「なぜ男性は肩を並べると話せるのか」を研究の知見とともに読み解く。そして最後に、友人が「いずれもいない」高齢男性が約4割にのぼる日本にとって、この小屋が何を問いかけているのかを考えたい。

始まりは1993年、南オーストラリアの一軒の小屋

「作業する場所」がほしかった高齢者たち

メンズシェッドの原型は、オーストラリアの複数の地域でほぼ同時多発的に生まれた。専門家が「これが最初の1つ」と特定するのが、1993年3月に南オーストラリア州ゴルワ(Goolwa)で開かれたシェッドである。高齢者向けのデイセンター「ヘリテージ・クラブ」で働いていたマキシン・チェイスリング氏が中心となって立ち上げた。当時、施設に集う女性たちには手芸や交流の場があったのに、男性たちは所在なげにしていた。彼らがほしがっていたのは、おしゃべりの輪ではなく、工具のある「作業場」だった。

この着眼点が核心を突いていた。運動の背景には、退職や配偶者との死別で社会とのつながりを失った高齢男性、認知症を抱える高齢男性への画一的なケアへの問題意識、そしてベトナム帰還兵の孤立といった、当時の南オーストラリアが抱えていた具体的な課題があった。「話し合いましょう」と誘っても来なかった男性が、「一緒に何か直しませんか」と誘うと来る。ここから、小屋という装置が広がっていく。

ばらばらの小屋をつなぐ「AMSA」の誕生

各地で自然発生的に増えたシェッドを束ねる全国組織として、2007年にオーストラリア・メンズシェッド協会(Australian Men's Shed Association、AMSA)が設立された。目的は、重複を避けて情報や運営ノウハウを共有し、新しいシェッドの立ち上げと運営コストを下げることにあった。2005年時点で約200だったシェッドは、AMSA公式によれば現在オーストラリア国内で1,200を超え、参加者は5万人以上。世界では12カ国に2,500を超えるシェッドが広がっているという(数値は資料により1,200〜1,370と幅があり、成長の途上にあることを示している)。

2010年には連邦政府が国の男性健康政策(National Male Health Policy)を打ち出し、その中でメンズシェッドの役割を正式に認め、AMSAに300万豪ドルの助成を行った。ボランティアが始めた草の根の小屋が、国の健康政策に位置づけられた瞬間だった。

「男は向かい合って話さない。肩を並べて話す」

合言葉になった一言

メンズシェッド運動を象徴する言葉がある。2007年にマンリーで開かれた第2回全国メンズシェッド会議で、研究者のバリー・ゴールディング教授が基調講演で語った一節だ。「男は向かい合っては話さない。肩を並べて話す(Men don't talk face to face, they talk shoulder to shoulder)」。会場の350人の参加者から一斉にうなずきが起こり、この言葉はそのままAMSAのモットーになった。

正面から目を見て「最近どう、つらくない?」と聞かれると、多くの男性は口が重くなる。ところが、同じ作業台に向かって手を動かしながらなら、道具の使い方や昔の仕事の話から始まって、いつの間にか体調のこと、妻を亡くした話、眠れない夜のことまで、ぽつりと漏れる。会話を目的にしないからこそ会話が生まれる。これがシェッドの仕掛けだ。

研究が支持するもの、しないもの

この効果は、いくつもの査読研究で検証されてきた。2022年に「American Journal of Men's Health」に掲載されたフェッティンガーらの混合研究法による系統的レビューは、シェッドの気楽で男性に馴染みやすい安全な環境が、男性同士が健康の悩みを打ち明け、経験や助言を交わすことを促すと整理している。参加動機は当初「工具が使える」といった活動そのものだが、続けるうちに社会的なつながりへと比重が移り、退職で失われた「生活の構造」と人間関係を取り戻していく、という指摘は現場感覚とよく合う。

ただし、ここは正直に書いておきたい。ランカスター大学のレビュー(14研究のうち11がオーストラリア)などが繰り返し指摘するのは、効果が明確に認められるのは主に精神的な健康と主観的なウェルビーイングであり、身体的健康の改善については客観的で確かな証拠が乏しい、ということだ。参加者は「体の調子も良くなった」と自己申告するが、検査値で裏づけられているわけではない。シェッドは万能薬ではない。それでも、帰属感・目的意識・仲間という、孤立した高齢男性がまさに失っていたものを取り戻す装置として、証拠は着実に積み上がっている。カナダやスコットランドの調査でも、参加者は「うつや不安が和らいだ」「毎週これを楽しみに待っている」と語っている。

日本への示唆|「友人がいない」高齢男性が約4割の国で

数字が語る、日本の高齢男性の孤立

この小屋の話を「オーストラリアの良い取り組み」で終わらせられないのは、日本の高齢男性がまさに同じ、あるいはより深い孤立を抱えているからだ。内閣府の第9回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査(日本・アメリカ・ドイツ・スウェーデンの60歳以上が対象)では、日本の男性の約4割が「同性・異性のいずれの友人もいない」と答えている。「同性・異性の両方の友人がいる」という回答は4カ国の中で際立って少ない。単身世帯の高齢者で人との会話が「ほとんどない」割合は25.4%と4カ国で最も高く、逆に「ほとんど毎日」会話する割合は23.7%で最も低かった。

さらに近年の内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」は、困った時に頼れる人・相談相手がいない割合が、いずれの世代でも男性が女性を上回ることを示している。この孤立は暮らしの安全にも直結する。政府資料は、社会的交流が週1回未満の高齢者では要介護リスクが、月1回未満では全死亡リスクまでもが有意に上がるという追跡研究を引いている。会話が減ることは、けっして気分の問題では済まない。

「話し合いましょう」では、男性は来ない

ここでメンズシェッドの核心が効いてくる。実は日本の高齢男性は、地域活動やボランティアへの参加意欲そのものはむしろ女性より高いという内閣府データもある(積極的に参加したい・できるだけ参加したい男性34.6%、女性23.9%)。問題は「意欲がない」ことではなく、「意欲を実際の居場所につなぐ入口がない」ことだ。サロンや茶話会のように「集まって話す」ことを前面に出した場は、多くの男性にとって入りづらい。目的が「おしゃべり」だと、行く理由が見つからないのだ。

肩を並べて手を動かすメンズシェッドは、まさにこの入口の設計を解決している。工具を使う、椅子を直す、地域の子どものために木のおもちゃを作る。目的は作業であって会話ではない。だからこそ、会話が苦手な男性も敷居をまたげる。日本でも、内閣府が2026年度に「退職後の孤独」を予防する企業の取り組みを調査する方針を打ち出すなど、現役時代から退職後のつながりを設計する動きが出始めている。介護の世界にいる私たちにとっても、これは示唆に富む。要介護になる前の「元気な高齢男性」をどう地域につなぎとめるかは、将来の介護需要そのものを左右するからだ。

介護現場・地域が学べること

メンズシェッドをそのまま輸入する必要はない。学ぶべきは仕組みの背骨だ。第一に、男性が入りやすいのは「役割」と「作業」がある場だということ。デイサービスや地域の通いの場で、男性利用者が手持ち無沙汰にならないよう、修理・園芸・木工といった手を動かす役割を用意する発想は、そのまま応用できる。第二に、支援する側とされる側の関係を薄めること。シェッドの参加者は「世話される高齢者」ではなく、地域に何かを作って返す担い手だ。この「まだ役に立てる」という感覚こそが、うつや無力感への最良の予防になる。同じ発想は、ニワトリの世話を通じて引きこもりがちな高齢男性を外に連れ出した英国のHenPowerや、専用自転車で高齢者を外の風の中へ連れ出すサイクリング・ウィズアウト・エイジにも共通している。孤立を「話し相手を用意する」ではなく「役割と外出の理由を用意する」で解こうとしている点が、いずれも同じなのだ。

まとめ

メンズシェッドの物語が教えてくれるのは、高齢男性の孤立を溶かすのに、必ずしも立派な施設や専門プログラムが要るわけではない、ということだ。必要だったのは、工具のある小屋と、向かい合わずに肩を並べられる作業台、そして「まだ何かを作って地域に返せる」という手応えだった。研究は身体の健康まで魔法のように良くするとは言っていない。それでも、退職で失われた居場所・目的・仲間を取り戻す装置として、この小屋は確かに効いてきた。

友人が「いずれもいない」高齢男性が約4割という日本で、同じ問いは重い。あなたの身近な高齢男性、あるいは数十年後のあなた自身が、退職した日の翌朝に「今日はどこへ行こう」と思える場所を持っているだろうか。話し相手を用意するのではなく、手を動かす役割と、外へ出る理由を用意する。オーストラリアの小屋から、私たちが持ち帰れるのはそのヒントかもしれない。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

介護業界の転職・キャリア情報を発信。厚生労働省の公的データと現場の声をもとに、介護職で働く方・転職を検討する方に役立つ情報をお届けしています。

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