認知症の人が農場で「働く」オランダのケアファーム|世話される人から世話する人へ

認知症の人が農場で「働く」オランダのケアファーム|世話される人から世話する人へ

オランダには千を超えるケアファーム(緑のケア農場)があり、認知症の高齢者が動物の世話や野菜づくりに参加する。研究では通常のデイケアより活動量・交流・屋外時間が増えると報告。日本の役割づくり・農福連携に何を示すかを読み解く。

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オランダには千を超える「ケアファーム(緑のケア農場)」があり、認知症の高齢者が動物の世話や野菜づくり、収穫といった農場の仕事に参加する。そこでは認知症の人が「世話される人」ではなく「世話する人・働く人」になる。複数の研究は、通常のデイケアや施設と比べて、利用者の活動量・社会的交流・屋外で過ごす時間が増え、食事摂取が促されると報告している。万人向けの魔法ではなく適応や安全の限界もあるが、役割を取り戻すという発想は、農福連携や自立支援を模索する日本の介護現場にも通じる。

目次

朝、牛舎のにおいが漂う農場に、車いすやゆっくりした足取りの高齢者たちが集まってくる。ある人はヤギに餌をやり、ある人は卵を集め、別の人は仲間とテーブルを囲んでじゃがいもの皮をむく。彼らの多くは認知症を抱えている。けれどここでは、誰も「患者」とは呼ばれない。やるべき仕事があり、世話を待つ動物がいて、自分の手で何かを生み出す一日がある。

これはオランダで広がる「ケアファーム(緑のケア農場)」の風景だ。農場が認知症の高齢者などにデイサービスや住まいを提供し、利用者は自然の中で役割のある活動に参加する。「世話される人」が「世話する人」に変わるこの仕組みは、研究によって効果が確かめられつつある一方、万能ではない限界も抱えている。この記事では、ケアファームで実際に何が起きているのか、研究は何を示しているのか、そして役割づくりや農福連携に取り組む日本の介護にとって何を意味するのかを、一次資料に沿って読み解く。

農場が「ケアの場」になる|オランダで千を超えるケアファーム

1990年代の数十軒から、千を超える規模へ

ケアファーム(オランダ語で zorgboerderij、英語で green care farm)は、農業の営みと、ケア・支援サービスを組み合わせた農場を指す。利用者は認知症の高齢者だけでなく、精神的な困難を抱える人、依存症からの回復途上にある人、若者などさまざまだ。共通するのは、農場の自然な環境(畑、家畜、温室、屋外の作業場)の中で、利用者がその人にできる役割を担うという点にある。

オランダでこの仕組みが急速に広がったのは、ここ二、三十年のことだ。研究者のシモーネ・デ・ブラウン(Simone de Bruin)らによれば、1990年代末に70〜75軒ほどだったケアファームは、その後爆発的に増えた。報じられている農場数は資料によって幅があり、おおよそ千軒から千四百軒とされる。農業・ケア連盟(Federation of Agriculture and Care)のマールテン・フィッシャー氏は、近年は約1,350軒のケアファームがあり、うち約400軒が認知症などを抱える高齢者にケアを提供していると述べている。研究論文では「うち約200軒が認知症のデイケアを提供する」とする記述もあり、数え方や年によって違いがある。いずれにせよ、ケアファームはもはや珍しい実験ではなく、オランダの長期ケアの中に制度として根を下ろしている。

「デイサービス」から「住まい」へ

多くのケアファームは、平日の日中に通うアダルトデイサービス(通所介護に近い)として始まった。だが利用者の状態が進み、家族から「なぜ農場に住み続けられないのか」という問いが寄せられる中で、24時間のケアを提供し、特別養護老人ホームのような施設の代わりに「暮らす場」となるケアファームも現れた。たとえば、もともと酪農を営んでいたある夫婦は、看護師の経歴を持つ妻が中心となり、2005年からデイケアを始め、2013年には認知症の人が実際に住める小規模な住まいを農場内に開いた。利用者は牛から牛乳を受け取り、じゃがいもの皮をむき、羊やニワトリ、犬や猫の世話をしながら暮らす。

ケアファームと一口に言っても、農業生産が主で、ケアはその一部という農場もあれば、ケアが主たる収入源で、農業生産は副次的という農場もある。農業とケアの比率は場所によってさまざまだ。それでも、デ・ブラウンらが整理したケアファームの考え方には共通の核がある。利用者の「できないこと」ではなく「できること」に目を向け、日々の暮らしの中に出番をつくることだ。

研究が示すこと|よく動き、よく交わり、よく食べる

通常の施設より活動量・交流・屋外時間が多い

「農場で過ごすと気持ちよさそうだ」という印象論では終わらないのが、ケアファームをめぐる議論の特徴だ。ワーヘニンゲン大学やオランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)の研究者を中心に、効果が地道に検証されてきた。

デ・ボーア(de Boer)らが2017年に専門誌『Journal of the American Medical Directors Association(JAMDA)』で報告した研究では、ケアファームで暮らす認知症の人は、通常の特別養護老人ホームで暮らす人と比べて、身体的により活発で、屋外で過ごす時間が長く、社会的な交流が多いことが示された。家族介護者の満足度も高く、施設的でない「家のような」環境だと受け止められていたという。デ・ブラウンらの一連の研究も、ケアファームに通う認知症の人が、家庭的な活動にも屋外の活動にも頻繁に参加し、受け身でぼんやり過ごす時間が少ないことを報告している。

食事が進み、「役に立っている」と感じる

興味深いのは食事への効果だ。デ・ブラウンらが2010年に発表した研究は、ケアファームでのデイケアが、地域で暮らす認知症高齢者の食事摂取を促す新しい手立てになりうると指摘した。体を動かし、仲間と食卓を囲み、自分で収穫した野菜を調理する。そうした流れの中で、自然に食が進むというわけだ。

そして当事者の言葉として繰り返し記録されているのが、「自分はまだ社会に役立っている」という感覚である。デ・ブラウンは、利用者が「自分はまだ社会に貢献していると感じられる」と語ること、そして家族にとっては一種のレスパイト(休息)になっていることを伝えている。ある農場主は「世界はどんどん狭くなっていく病気なのに、ここでは自分の人生がまだ現実の世界の中にあると感じられる」と語る。「世話される人」から「役割を持って働く人」への転換が、ここでは具体的な日々の作業として実現している。

なぜ農場だと動けるのか

農場には、健康によい環境の要素が自然に備わっている。屋外の作業場、畑、家畜、植物、季節の移ろい、そして家庭的で親しみのある雰囲気だ。卵を集める、家畜に餌をやる、庭を掃く、薪を割る、料理を手伝う。こうした作業は「リハビリのための運動」として与えられるのではなく、その場に本当に必要な仕事として存在する。だからこそ、認知症の人も「今日やるべきこと」に集中でき、それが結果として体を動かし、人と交わることにつながる。研究者が都市部のケア施設にも屋外で過ごす時間を増やすなど農場の要素を取り入れ始めているのは、この点に注目しているからだ。

理想化しない|適応・安全・コスト・研究の限界

すべての人に向くわけではない

ケアファームを「認知症ケアの理想形」と単純に持ち上げるのは公平ではない。まず適応の問題がある。農場での活動に参加するには、ある程度自分で動き、作業に関われることが前提になる。重度の認知症で参加そのものが難しい人には、ケアファームは必ずしも適した場ではないと、運営者自身が認めている。万人向けの解決策ではない。

安全とコスト、そして小さな組織ゆえの難しさ

農場という環境には、けがのリスクもついて回る。ある運営者は、大きな事故はこれまでなく、ハンマーをつま先に落とすといった軽微な出来事にとどまっていると話すが、転倒や道具によるけがの可能性をゼロにはできない。また、大規模な施設向けに作られた衛生・安全規制に、小さな農場が対応し続けるのは負担が大きい。資金面も、自治体や地域のケア機関からの支援に頼っており、決して潤沢とは言えない。

研究の質という留保

効果を示す研究が積み重なっているとはいえ、その多くは横断的な調査や質的な研究であり、長期にわたって追跡した研究はまだ乏しい。農場での身体活動がどの程度、身体機能の低下を遅らせるのか、屋外で過ごすことが睡眠にどう影響するのか、家族の負担軽減が施設入所の先延ばしにつながるのか。こうした問いに確かに答えるには、より長期の研究が必要だと研究者自身が課題として挙げている。効果は有望だが、断定するにはまだ慎重さがいる。オランダでケアファームが根付いた背景には、ケアの費用が公的な制度で支えられているという事情もあり、仕組みをそのまま他国に移せるわけではない点も忘れてはならない。

日本への示唆|「役割づくり」「農福連携」と地続きの発想

「世話される人」から「出番のある人」へ

オランダのケアファームが教えてくれるのは、特別な制度や立派な施設そのものではない。認知症の人を「ケアの受け手」としてだけ扱うのではなく、その人にできる役割を日々の中に用意するという発想だ。これは日本の認知症ケアでも語られてきた役割づくり(役割の付与)と地続きの考え方である。卵を集める、野菜を収穫する、料理を手伝う。一つひとつは小さな作業でも、「自分はまだ役に立っている」という実感が、その人の表情や活動量を変えていく。ケアファームの研究が示した活動量や社会的交流の増加は、まさにこの「出番」がもたらしたものだと読める。

農福連携という、すでにある接点

日本にも、ケアファームと響き合う動きがある。農業と福祉を結ぶ「農福連携」だ。これまでは障害のある人の就労支援として語られることが多かったが、高齢者や認知症の人が農作業に関わる取り組みも各地に生まれている。デイサービスに畑づくりや動物の世話を取り入れる事業所、地域の農家と連携して利用者が収穫を手伝う取り組み。オランダのように千軒規模の制度には至っていないが、「自然の中で役割を持つ」という核は、日本の現場でも十分に試せるものだ。重要なのは、農場という場所そのものより、利用者を作業の主役にするという姿勢にある。

大がかりな農場がなくてもできること

とはいえ、すべての施設が農場を持てるわけではない。ここで参考になるのが、オランダの研究者が都市部のケア施設に農場の「要素」を移植し始めているという事実だ。屋外で過ごす時間を増やす、プランターで野菜を育てる、施設内に動物とふれあう機会をつくる。こうした工夫は、認知症ケアの研究領域で効果が検討されてきた園芸療法とも重なる。植物や土に触れる活動が、認知症の人の興奮(BPSD)を和らげたりQOLを高めたりしうるという議論は、ケアファームの知見とつながっている。農場が無くても、「役割」と「自然」と「屋外」という三つの要素を日々のケアにどう織り込むかは、明日からでも考えられる問いだ。

「普通の暮らし」を取り戻すという共通項

認知症の人が施設の枠を超えて「普通の暮らし」を続けられるようにする試みは、オランダでは他にもある。認知症の人が町のような環境で暮らすホグウェイ(De Hogeweyk)の取り組みも、その一つだ。ケアファームとホグウェイに共通するのは、認知症を「管理すべき症状の集まり」としてではなく、その人の人生の続きとして捉える視点である。日本でこの発想をそのまま輸入する必要はない。だが、目の前の利用者に今日どんな出番を用意できるか。その問いは、農場があってもなくても、どの現場でも立てられる。

まとめ

オランダのケアファームは、認知症の人を「世話される人」から「世話する人・働く人」へと立ち位置を変える試みだ。千を超える農場が育ち、研究は活動量・社会的交流・屋外時間・食事摂取の増加を報告している。一方で、重度の人には向きにくいこと、けがのリスクや資金の制約、長期的な研究の不足といった限界もある。理想化せず、できることとできないことを見極める姿勢が欠かせない。

それでも、その核にある問いは普遍的だ。目の前の認知症の人に、今日どんな役割を、どんな出番を用意できるだろうか。農場という大きな舞台がなくても、屋外で過ごす時間、土や植物に触れる機会、仲間と食卓を囲む時間を一つ加えるだけで、その人の一日は変わるかもしれない。あなたの現場では、利用者を「主役」にする小さな仕事を、どこから始められるだろうか。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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