
高齢者住宅の下に診療所と保育園を積む|シンガポール「垂直の村」カンプン・アドミラルティ
シンガポールのカンプン・アドミラルティは、高齢者向け公営住宅の下に診療所・デイケア・保育園・屋台街・農園を積み上げた11階建て。世界建築祭2018で最優秀を得た「垂直の村」を、団地の高齢化と地域共生社会に悩む日本の視点で読み解きます。
この記事のポイント
シンガポールの「カンプン・アドミラルティ」は、高齢者向けの公営住宅の下に、診療所・デイケア・保育園・900席の屋台街・農園を積み上げた11階建ての建物です。高齢者を街の外の施設に移すのではなく、街の機能のほうを高齢者の足元に積み上げる。この発想の転換が評価され、世界建築祭2018で「World Building of the Year」に選ばれました。ただし、国民の8割が公営住宅に住む都市国家だからこそ成立した面もあります。日本の団地の高齢化と地域共生社会にとって、そのまま輸入できる建物ではなく、移植できるのは運営の思想のほうです。
目次
高齢化が進む町で、行政が高齢者のために新しい建物を建てるとします。多くの場合、それは「高齢者のための施設」になります。診療所は診療所、保育園は保育園、高齢者住宅は高齢者住宅として、それぞれ別の敷地に、別の予算で、別の看板を掲げて建つ。日本でもシンガポールでも、これが長く当たり前でした。
ところがシンガポール北部のウッドランズに、その常識をひっくり返した建物があります。名前をカンプン・アドミラルティといいます。11階建ての一棟のなかに、診療所も、デイサービスも、保育園も、900席の屋台街も、スーパーも、農園も、広場も入っている。そして最上層に、高齢者が暮らす104戸の住まいが載っています。
驚くのは、その積み方の順番です。高齢者を建物の奥に囲うのではなく、いちばん上に住まわせ、下に町のほうを丸ごと置いた。買い物客も、病院に来た人も、保育園に子どもを送る親も、みんなその建物を通り抜けていきます。高齢者は、その人の流れの真ん中で暮らしている。設計者はこれを「垂直のカンプン(村)」と呼びました。この記事では、何がどう積まれているのかを一次資料で確かめたうえで、団地の高齢化に直面する日本にとって、この建物の何が持ち帰れて、何が持ち帰れないのかを考えます。
「村」という名前が背負っているもの
失われた village を、空の上に建て直す
カンプン(kampung)は、マレー語で「村」を意味します。シンガポールの人たちにとってこの言葉は、急速な都市化が起きる前の暮らしを指す、少し郷愁を帯びた言葉です。玄関先に人が座り、庭や森で日々が営まれ、隣の家の子どもを誰かが見ている。そういう暮らしが、高層住宅の国になる過程で薄れていきました。ランドスケープ設計を担当したRamboll Studio Dreiseitlは、カンプンの暮らしは屋外で営まれていたと述べ、この建物はその共有の場を現代の形で取り戻す試みだと説明しています。
ノスタルジーだけの話ではありません。シンガポール技術デザイン大学リー・クアンユー革新都市センターの調査ノート(Belinda Yuen、2019年)によれば、シンガポールでは居住人口の約8割が高層の公営住宅で暮らし、65歳以上人口は2030年までに倍増して4人に1人(約90万人)に達すると見込まれています。そして注目すべき数字がもうひとつあります。高齢者のうち施設ケアで暮らす人は0.3%未満。つまりこの国は、高齢者を施設に集める道をほとんど選んでいません。だとすれば、住み慣れた場所で老いていくための機能は、住宅そのものに埋め込むしかない。カンプン・アドミラルティは、その理屈から生まれています。
役所の縦割りを、建物の断面で解く
設計したのはシンガポールの建築事務所WOHA、事業主は公営住宅を供給する住宅開発庁(HDB)です。WOHAは公式サイトで、従来のやり方を率直に説明しています。各政府機関がそれぞれ自分の土地を切り出し、結果としていくつもの独立した建物が建つ、と。省庁の縦割りが、そのまま街の風景になっていたわけです。
カンプン・アドミラルティは、それを一枚の敷地に積み直しました。前出の調査ノートによれば、この計画が最初に発表されたのは2013年3月。住宅・交通・公園・保健・家族・社会開発と、高齢者の暮らしに関わる各機関が個別にではなく一緒に計画を立てた、シンガポール初の省庁横断型の統合プロジェクトだとされています。敷地はわずか0.9ヘクタール。日本の感覚でいえば、小学校の校庭ほどの土地です。そこに町ひとつ分の機能を入れるには、横に並べるのではなく、縦に重ねるしかありませんでした。
WOHAはこの構成を、層を重ねた「クラブサンドイッチ」と表現しています。下層に誰でも入れる広場、中層に診療所、上層に公園と高齢者の住まい。用途をあえて隣り合わせにすることで、異なる人々が交ざる状況を意図的に作り出す。偶然の出会いを、設計で発生させようとしたのです。
11階建てを下から上へ、断面を歩いてみる
地上:誰のものでもある広場
建物の足元は「ピープルズ・プラザ」と呼ばれる広場です。WOHAはこれを、公共に開かれ、通り抜けができ、歩行者のためのものだと説明し、「コミュニティのリビングルーム」と呼んでいます。上に載った診療所が屋根の代わりになり、熱帯のスコールが来ても日差しが強くても、下の広場では活動が続けられる。高齢者施設の中庭ではなく、街の広場が、たまたま高齢者住宅の一階にある。その違いは決定的です。
シンガポール公務員大学(Civil Service College)の事例分析によれば、この広場ではこれまでに190件を超えるコミュニティ活動が開かれてきました。すぐ隣にはアドミラルティ駅(MRT)があり、路線バスも通っています。前出の調査ノートは、こうした交通アクセスが高齢者の自立の維持に直結すると指摘しています。行きたいときに、行きたい場所へ行ける。それが独立した生活の前提だからです。
2階:900席の屋台街
2階には約3,400平方メートル、900席の屋台街(ホーカーセンター)が入っています。調査ノートによれば、店舗は約45店で、中華・マレー・インドの料理が並びます。ここに、この建物の性格がよく表れた仕組みがあります。すべての店が、2.80シンガポールドル以下の廉価な食事を最低2種類提供すること。そして提供される料理の約半数が、シンガポール保健促進局の定める健康的な食事の基準を満たしていること。
高齢者にとって、安くて栄養のある食事に歩いて行けるかどうかは、健康そのものを左右します。それを「食事サービス」としてではなく、誰もが使う屋台街の中に埋め込んだ。高齢者は支援を受けに行くのではなく、ただ昼ごはんを食べに行きます。
3〜4階と6〜7階:医療とケアと、子ども
3〜4階には2層構成のアドミラルティ医療センターが入ります。そして6〜7階に、NTUCヘルスが運営するアクティブ・エイジング・ハブと、保育園(My First Skool)が並んでいます。ここが、この建物のいちばんの見どころです。
アクティブ・エイジング・ハブは、元気な高齢者向けの活動だけを提供する場所ではありません。調査ノートによれば、虚弱な高齢者に向けた通所と訪問のサービスも担い、買い物や家事、必要なら身体の清潔の介助まで行います。上階の住戸には緊急通報装置が付いており、押せばこのハブに助けを呼べる。つまり、要介護になっても引っ越さなくてよい設計です。
その隣に保育園がある意味は小さくありません。公務員大学の分析は、ハブの高齢者が保育園の子どもたちと、読み聞かせや工作、音楽といった世代間活動を通じて交わっていると記しています。さらに首相府の発表によれば、保育園とハブが連携し、親子でのボランティア活動として、子どもが高齢の住民の買い物を手伝う取り組みも生まれました。リー・シェンロン首相(当時)は開所式で、こうした関わりが若い世代に思いやりと敬意を学ばせ、子どもの持つ喜びと活力が高齢者の心を引き上げると述べています。
最上層:住まいと、農園
最上層に、高齢者向けの住戸が2棟の11階建てブロックに収まっています。戸数は資料によって幅があり、HDB公式は100戸、設計者WOHAと前出の調査ノートは104戸、首相府の発表は110戸としています。調査ノートに沿えば、1部屋または2部屋のスタジオタイプで、広さは36〜45平方メートル。玄関のスロープ、手すり、車いすに合わせて高さを選べるキッチンなど、ユニバーサルデザインで作られています。2014年7月に売り出され、104戸はすべて完売しました。
そして住戸と同じ層に、公園と農園があります。Rambollによれば、この建物の緑地は敷地面積の53%を覆い、失われた緑を100%置き換える計算になっています。世界建築祭の審査員は、緑の量が建物の footprint を超えていると評しました。首相府の発表は、住民がコミュニティ農園で栽培のコツを分かち合い、収穫を分け合えると記しています。Rambollは、在来の果樹を植えたのは高齢の住民に昔の記憶を呼び起こし、若い世代の関心を引き出すためだと説明しています。完成後の調査では、19種の鳥と22種の昆虫を含む50種の生き物が確認されました。
世界がこの建物を選んだ日
2018年11月30日、オランダ・アムステルダムで開かれた世界建築祭(World Architecture Festival)で、カンプン・アドミラルティは最高賞である「World Building of the Year 2018」に選ばれました。審査講評はこう述べています。「これは、必要なことを知的なやり方で成し遂げたプロジェクトである。交通との接続の仕方から自然換気の戦略に至るまで、いくつもの建物を別々の高層棟に切り離すのではなく、層として重ねるという決断の恩恵を受けている」。そして審査員は、これが世界の都市と国々にとって学ぶべき点を持つプロジェクトだと感じた、と付け加えました。
建物が完成したのは2017年で、住民は同じ年から順次入居しています。首相府によれば、リー・シェンロン首相が正式に開所を宣言したのは2018年5月12日、住民が入居を始めておよそ10か月後のことでした。
日本は、この建物から何を持ち帰れるのか
まず、持ち帰れないものをはっきりさせる
この事例を紹介するとき、「日本もこういう建物を建てるべきだ」と結論づけるのは簡単です。ただ、それは誠実ではありません。カンプン・アドミラルティが成立した前提は、日本とかなり違います。
第一に、土地と住宅の握り方が違います。前出の調査ノートが示すとおり、シンガポールは居住人口の約8割が公営住宅に住む国で、事業主のHDBは住宅供給の主体そのものです。政府が土地を持ち、住宅を建て、そこに他省庁の機能を載せると決めれば載る。日本の団地は、URも公営も民間分譲も賃貸も入り混じり、所有と決定の主体がばらばらです。一棟に診療所と保育園を積むという意思決定を、誰が単独で下せるのかがそもそも自明ではありません。
第二に、高齢者ケアの前提が違います。施設で暮らす高齢者が0.3%未満という国と、特別養護老人ホームや介護老人保健施設が制度の柱として機能してきた日本とでは、「住宅にケアを埋め込む」ことの意味も切迫度も違います。
第三に、規模の問題があります。104戸です。日本の大規模団地の高齢化は、桁がいくつも違う話です。加えて、この住戸は高齢者向けに30年の定期リースで売られたもので、日本の分譲や賃貸の感覚とは制度が異なります。前出の調査ノートも2019年時点で、事後評価(post-implementation evaluation)はこれからだと明記したうえで、初期の住民の反応は肯定的に見える、という慎重な書き方をしていました。つまり、これは完成した答えではなく、まだ検証途中のプロトタイプです。
それでも移植できるのは、建物ではなく運営の思想
持ち帰れるものは、断面図ではありません。この事例のいちばん鋭い教訓は、実は建築の話ですらないところにあります。
シンガポール公務員大学の分析は、この計画から得られた学びとして、こう指摘しています。共同で行うプログラムは、自然発生的に育つことを偶然に任せてはならない。上流の段階で意図的にキュレートされるべきである、と。これは重い一文です。診療所と保育園と高齢者住宅を同じ建物に入れれば、自動的に世代が交わるわけではない。物理的に近づけただけでは、人はすれ違うだけで終わる。だから設計の段階から、誰と誰がどう交わるかのプログラムを作り込む必要がある。実際にこの建物では、入居する事業者を意図的に選び、HDBと人民協会が共同で広場を活性化させるチームを組み、全機関が参加する運営委員会を置いています。公務員大学の分析によれば、200人を超える高齢のボランティアが集められました。
ここが日本にとって本当の論点です。日本にも、多世代交流や地域共生の理念を掲げた複合施設はすでにあります。介護保険制度でも、高齢者と障害者、子どもが同じ場所でサービスを受けられる共生型サービスが用意されています。地域包括ケアシステムも、住まい・医療・介護・生活支援を日常生活圏域で一体的に、と描いてきました。図としては、日本もとっくに同じ絵を描いているのです。
違うのは、その絵を誰が、いつ、どこまで作り込むかです。カンプン・アドミラルティが示したのは、共置(co-location)を建てた後の運用課題として扱わず、計画の最上流で決め切ったという一点でした。建ててから交流事業を考えるのか、交流のさせ方を決めてから建てるのか。順番が違うだけで、結果は変わってきます。
「支えられる人」から降りなくていい場所
もうひとつ、日本の介護現場に効く視点があります。この建物では、高齢者が一方的にサービスを受ける側に固定されていません。農園で作物を育てて分け合い、子どもと関わり、ボランティアとして数えられる。買い物を手伝ってもらう場面がある一方で、手伝ったり教えたりする場面もある。役割が双方向であることが、設計と運営の両方に埋め込まれています。
これは、海外の先進事例を貫く共通のテーマでもあります。認知症の人が施設ではなく町のような環境で暮らすオランダのホグウェイも、高齢者ホームの中に保育園を置いた米シアトルの the Mountも、心の病を抱える人を地域の家庭が迎え入れてきたベルギー・ヘールも、発想の根は同じところにあります。ケアを必要とする人を、地域から切り離して守るのではなく、地域の側の作りを変えることで受け止める。カンプン・アドミラルティは、その「地域の側の作りを変える」を、建物の断面という最も物理的な形で実行してみせた事例だといえます。
日本の団地は、いま同じ問いの前に立っています。エレベーターのない5階建て、遠いスーパー、閉じた集会所、そして年々進む入居者の高齢化。そこに必要なのは、たぶん新しい高齢者施設ではありません。高齢者が下りていける場所に、町のほうが引っ越してくることです。
参考文献・出典
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まとめ
カンプン・アドミラルティが世界建築祭で最高賞を得たとき、審査員はこの建物を、世界の都市と国々にとって学ぶべき点があると評しました。ただ、学ぶべき点は「11階建てに全部詰め込むこと」ではないはずです。0.9ヘクタールに町を積み上げられたのは、国民の8割が公営住宅に住み、政府が土地と住宅を握る都市国家だったからでもあります。104戸という規模も、30年リースという制度も、日本にそのままは持ち込めません。事後評価もまだこれからだと、研究者自身が慎重に書いています。
それでも、この建物が突きつけた問いは日本にそのまま刺さります。高齢者を町から切り離した場所に集めるのか、それとも町のほうを高齢者の足元まで運ぶのか。そして、ただ近づければ人は交わるという期待を捨て、交わり方を最初から作り込む覚悟があるか。「偶然に任せず、上流でキュレートせよ」という一文は、多世代交流をうたいながら実際には各世代が同じ建物の別の部屋にいるだけ、という状況に心当たりのある人ほど、痛いところを突かれるはずです。
あなたの職場や、あなたの親が暮らす団地では、高齢者は誰かとすれ違っているでしょうか。それとも、ただ通り過ぎられているでしょうか。
執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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