テーブルに光が降ると、認知症の人が笑い出す|オランダ生まれの「魔法のテーブル」Tovertafel

テーブルに光が降ると、認知症の人が笑い出す|オランダ生まれの「魔法のテーブル」Tovertafel

オランダ・デルフト工科大学の研究から生まれた「魔法のテーブル(Tovertafel)」。天井から光のゲームをテーブルに投影し、触れると反応する。中等度から重度の認知症の人の無気力(アパシー)に届く海外の試みを、日本の認知症ケアの視点から読み解く読み物。

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オランダで生まれた「魔法のテーブル(Tovertafel)」は、天井のプロジェクターからテーブルへ光のゲームを映し出し、手で触れると落ち葉が舞い魚が逃げる。これはデルフト工科大学のヘスター・ル・リシェの博士研究から生まれた道具で、ねらいは中等度から重度の認知症で深まりがちな「無気力(アパシー)」に届くこと。体を動かし、笑い、人と関わる時間を取り戻す試みを、日本の認知症ケアが大切にしてきた「役割」や「なじみ」の考え方から読み解きます。

目次

テーブルの上に、ふいに光の落ち葉が舞い降りる。手を伸ばして触れると、葉はかさりと音を立てて散り、また集まる。それまでうつむいて黙っていた高齢の女性が、ふっと顔を上げて手を動かし、やがて声をあげて笑う。隣に座った職員も思わず一緒に笑う。海外の介護施設で広がっている「魔法のテーブル」、オランダ語でTovertafel(トーバーターフェル)と呼ばれる道具をめぐる、こうした光景の話です。

仕掛けそのものはシンプルです。天井に小さな箱(プロジェクターとセンサー、スピーカーを収めたもの)を取り付け、その下のごく普通のテーブルに光のゲームを映す。手や腕の動きをセンサーが読み取り、光がそれに反応する。落ち葉、魚、シャボン玉、花。特別な機械の操作も、説明書も要りません。ただ、目の前で動く光に手を伸ばすだけです。

この道具が介護の世界で注目されるのは、それが「楽しい」からだけではありません。認知症が進むと多くの人が陥る無気力(アパシー)、つまり何にも関心を示さず、動くことも話すことも減っていく状態に、遊びを通して働きかけようとして設計された点にあります。この記事では、Tovertafel がどう生まれ、何が確かめられているのかを一次資料で確かめたうえで、日本の認知症ケアが昔から大切にしてきた考え方と照らし合わせて読み解いていきます。

「無気力に届く遊び」を博士研究から作った人

始まりは、デザイナーの一つの問い

Tovertafel の出発点は、製品ではなく一つの研究でした。オランダのデルフト工科大学(TU Delft)の工業デザイン工学部で、ヘスター・ル・リシェ(Hester Anderiesen-Le Riche)が2009年に始めた博士研究です。彼女が向き合ったのは、認知症の後期に深まりやすい無気力(アパシー)という問題でした。体を動かすこと、人と関わることが心身の健康にとって大切だと分かっていても、進行した認知症の人にとっては「一緒に何か楽しいことをする」こと自体が大きな壁になります。

ル・リシェは、介護の専門職、施設で暮らす入居者、その家族と何度も対話を重ねながら試作と評価を繰り返しました。最初は難しいと思われた「中等度から重度の認知症の人と一緒にデザインする(コ・デザイン)」という手法が、実際には道具づくりにとって価値あるものだったと、彼女の博士論文は述べています。こうして光のインタラクティブなゲームという形にたどり着きました。

「だます」のではなく「誘い出す」道具

大事なのは、これが認知機能を訓練したり、できないことを問いただしたりする道具ではない、という点です。ゲームはどれも「失敗しない(no-fail)」設計になっていて、正解も間違いもありません。光に触れれば必ず何かが起こる。だから挫折せず、その人のいまの力に合わせて参加できます。難易度はおおむね5段階に整理されていて、軽度の人から後期の人まで、それぞれのレベルで楽しめるよう作られています。

研究から生まれたこの道具は、2015年に最初の Tovertafel として介護の現場に登場しました。ル・リシェは同じ年に、これを世に広めるための会社を設立します。当初の社名は Active Cues。のちに Tover へと名前を変え、現在もオランダを拠点に開発と販売を続けています。Tover によれば、最初の一台から10年で、世界各国の介護施設や特別支援教育の現場など、数千か所に広がったとされます。

光に手を伸ばすと、何が起きるのか

うつむいていた人が、顔を上げる

Tovertafel が映し出すゲームは30種類以上あるとされ、落ち葉をかき集める、水面の魚を追う、シャボン玉を割る、音符を鳴らすといった、誰もが直感的に分かるものばかりです。テーブルという身近な場所に光が降りてくるので、見慣れない機械に囲まれる戸惑いがありません。普段の暮らしの場のまま、ふいに遊びが始まります。

現場で報告されているのは、いつもは反応の乏しかった人が光に手を伸ばし、笑い、隣の人と顔を見合わせるといった変化です。Tover の社名 Tover はオランダ語で「魔法」を意味し、製品名 Tovertafel は「魔法のテーブル」を指します。とはいえ、起きていることは超常的な何かではありません。手を動かすという小さな行為が、体の活動・人との関わり・前向きな感情を一度に引き出している、というのが実態に近いでしょう。

研究は何を確かめ、何を確かめていないか

効果については、開発元だけでなく外部の研究も積み重ねられています。ル・リシェの博士研究の一環として行われた評価では、ラウンジで過ごす時間やコーヒーを飲む時間と比べて、Tovertafel で遊んでいるときに身体活動と社会的活動が増え、悲しみの表れが減ったことが報告されました。職員が記録したスコアでは、身体活動の増加と悲しみの減少が統計的に意味のある差として表れたとされています。

より新しいものとしては、2024年に学術誌『Frontiers in Neurology』に掲載された、ドイツの介護施設での研究があります(Konrad ら)。中等度の認知症13人と重度の認知症12人、計25人が約8週間にわたって繰り返し Tovertafel を使い、その前・最中・直後の様子が測られました。結果は、無気力が部分的に和らぎ、前向きな社会的参加が観察時点のあいだで有意に高まった、というものでした。一方で、この研究は対照群を置かない単一施設の設計であり、論文の著者自身が「長期的な効果を確かめるさらなる研究が必要だ」と明確に断っています。つまり、短い時間の手応えははっきりしているものの、効果がどれだけ続くのかはまだ慎重に見るべき段階です。数字や効果の表れ方は研究によって幅があり、ここで紹介したのはその一部にすぎません。

日本の認知症ケアは、この「光」から何を受け取れるか

無気力という、見えにくい困りごと

Tovertafel が正面から向き合った無気力(アパシー)は、日本の認知症ケアでも切実なテーマです。徘徊や興奮のように目立つ症状ではないぶん、「落ち着いている」と見過ごされやすく、けれど本人にとっては関心や喜びが薄れていく苦しい状態でもあります。誘っても乗ってこない、表情が動かない。そんな人にどう関わるかは、現場の多くの職員が日々悩むところでしょう。Tovertafel が示すのは、言葉で誘うのではなく、思わず手が出てしまう「きっかけ」を環境の側に用意するという発想です。これは、知覚や感情に働きかけてケアを届けようとするユマニチュードの考え方や、音楽を入り口にする音楽療法とも響き合います。

「役割」と「なじみ」という日本の蓄積

日本の認知症ケアは、本人が「お客さん」ではなく「その場の一員」でいられるように、出番や役割をつくることを大切にしてきました。これは役割づくりと呼ばれる考え方です。Tovertafel の遊びには勝ち負けも正解もなく、誰もが同じテーブルで手を動かす主役になれます。落ち葉を集める人、それを見て笑う人、隣の人の手をそっと支える人。役割が自然に生まれる場として見ると、この道具は単なる娯楽機器ではなく、関わりの土台をつくる装置だと分かります。

もう一つ、日本のケアが重んじてきたのがなじみの関係です。見慣れた人、慣れた場所、いつもの空気の中でこそ、認知症の人は安心して自分を出せます。Tovertafel が普段のテーブルの上で完結し、特別な部屋や機械を必要としない点は、この「なじみ」を壊さない設計とも読めます。海外発の新しい技術が、日本が長く積み上げてきた関係づくりの知恵と、別々の入り口から同じ方向を向いている。そこにこの事例の面白さがあります。同じく「環境そのものを変えて思い出や暮らしに賭ける」発想は、米サンディエゴのデイサービスを描いたタウンスクエアの記事とも通じます。

魔法ではない、というところまで含めて学ぶ

ただし、過度な期待は禁物です。冷静に見ておきたい点が三つあります。第一に、コスト。天井設置型の機器は安価とは言えず、限られた予算の中でどう位置づけるかは現場ごとの判断になります。第二に、万人向けではないこと。光や音の刺激が心地よい人もいれば、そうでない人もいます。第三に、効果研究がまだ限定的なこと。前述のとおり、短い時間の手応えは確かめられつつあるものの、長期的にどれだけ続くのかは研究者自身が「これから」と述べている段階です。日本で取り入れるなら、これを「特効薬」ではなく、役割づくりやなじみの関係づくりといった既存のケアを支える一つの道具として、人の関わりとセットで使うことが現実的でしょう。光そのものよりも、その光をきっかけに生まれる人と人の時間にこそ意味がある、と考えると、日本のケアが大切にしてきたものとまっすぐつながります。

まとめ

オランダの「魔法のテーブル」Tovertafel は、認知症の後期に深まりやすい無気力という、見えにくく扱いにくい困りごとに、遊びという入り口から手を伸ばした道具でした。デルフト工科大学の博士研究から生まれ、失敗のないゲームで体と心と人との関わりを一度に引き出す。査読された研究も短い時間での手応えを示しつつ、長期的な効果については「これから」と慎重さを残しています。

面白いのは、この海外発の新しい技術が、日本のケアが長く育ててきた役割づくりやなじみの関係といった知恵と、同じ方向を向いていることです。光そのものが魔法なのではなく、その光をきっかけに生まれる笑いや会話、そばにいる人との時間こそが、本当のはたらきなのかもしれません。あなたの現場では、認知症の人が思わず手を伸ばし、顔を上げる「きっかけ」は、どんなところに隠れているでしょうか。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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