
1950年代の町に「通う」|米サンディエゴの認知症デイ「タウンスクエア」が思い出に賭けた理由
米サンディエゴ郊外チュラビスタの非営利団体グレナー・センターが2018年に開いた認知症デイ「タウンスクエア」。屋内に1950年代の町を再現し回想法で安心と笑顔を引き出す試みを、日本のなじみケアの視点で読み解く。
この記事のポイント
米サンディエゴ郊外チュラビスタにある認知症デイサービス「タウンスクエア」は、屋内に1950年代の小さな町をまるごと再現し、利用者が人生でいちばん鮮明に覚えている若い頃へ「通って」過ごせる場所です。ダイナーや映画館、市役所やガレージが並ぶ約9,000平方フィートの空間で、運営する非営利団体グレナー・センターは回想法(リミニセンス・セラピー)によって不安をやわらげ、会話と笑顔を引き出そうとしています。本記事では、この海外事例を「作り物の町」と切り捨てるのではなく、日本の回想法やなじみの環境づくり、認知症デイの文脈に引き寄せて、何が学べて何が限界なのかを読み解きます。
目次
初めてその扉をくぐると、一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなるという。アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴの南、チュラビスタの何の変哲もない工業ビルの中に、1950年代のアメリカの小さな町が広がっているからだ。市役所の前には48星の星条旗がはためき、ぴかぴかの黒い1959年型フォード・サンダーバードが停まっている。通りの向かいの「ロージーズ・ダイナー」では、綿菓子のような色の壁にエルヴィスやオードリー・ヘプバーンの写真が貼られ、映画館では『裏窓』のような古い映画が15分ずつ上映されている。スピーカーからはバディ・ホリーが流れ、町ではアイゼンハワーがまだ大統領だ。
ここは映画のセットでもテーマパークでもない。認知症やアルツハイマー病のある人が日中を過ごす、れっきとしたデイサービス施設である。名前は「タウンスクエア(Town Square)」。運営するのは、サンディエゴで40年以上にわたって認知症ケアに取り組んできた非営利団体だ。なぜ彼らは、わざわざ70年前の町をまるごと建てたのか。そして、その発想は遠く離れた日本の介護現場や家族に、何を問いかけているのか。本記事では複数の一次ソースをたどりながら、この「時をさかのぼる町」の実像と、私たちが受け取れる示唆を考えていく。
40年の蓄積から生まれた「町」
非営利団体グレナー・センターという母体
タウンスクエアを運営するのは、「ジョージ・G・グレナー・アルツハイマー・ファミリー・センター(The George G. Glenner Alzheimer's Family Centers, Inc.)」という非営利団体だ。設立は1982年。アルツハイマー病研究で知られた医師ジョージ・G・グレナー博士と、妻のジョイ・グレナーが、アルツハイマー病のある人のための全米初のデイケアプログラムを立ち上げたのが始まりとされる。以来、エンシニタス、ヒルクレスト、チュラビスタなどに通所施設を構え、看護師の常駐や手厚い職員配置で、在宅で介護する家族を支えてきた。
タウンスクエアは、その40年近い蓄積の上に2018年8月、チュラビスタに開かれた。団体はこれを「全米初の、認知症のある人のための没入型リミニセンス・セラピー(回想法)デイセンター」と位置づけている。広さは約9,000平方フィート(およそ840平方メートル)。設計には高齢者施設を数多く手がけてきた建築家が関わり、舞台美術を手がけるサンディエゴ・オペラの工房の職人たちが、店構えや小道具を本物の劇場セットさながらに作り込んだと報じられている。建設費はおよそ300万ドルとされる。
「店」が並ぶ屋内の町
町には、ダイナーやパブ、理髪店、図書館、ペットショップ、雑貨店、そして映画館や市役所、車の整備工場(ガレージ)などの「店」が軒を連ねる。その数は資料によって幅があり、12軒前後の店舗とする説明から、14のストアフロントや拠点、あるいは建物の数として24という数字を挙げる資料まである。いずれにせよ、利用者は一日の中で町を歩き回り、ダイナーで一息ついたり、整備工場で昔いじった車を思い出したり、映画館で当時の映画を眺めたりして過ごす。職員はそれぞれの「店」のスタッフとして利用者に声をかけ、見守る。安全のため、消火栓などの街の小道具もゴムや繊維強化プラスチックで作られているという。
舞台に選ばれたのは、おおむね1953年から1961年ごろ。利用者の多くが10代から30代だった時代にあたる。研究では、人生で最も強く刻まれる記憶はこの若い時期に形づくられるとされ、施設はその「記憶がいちばん濃い時代」に利用者を連れ戻すことを狙っている。地域性も織り込まれており、サンディエゴの店ではガス灯のともる旧市街や海軍の町といった、地元になじみ深い風景が再現されているという報告もある。
「記憶は戻らない。でも、違うんだ」
笑顔で扉をくぐる人たち
AARP(全米退職者協会)が2018年末に伝えた記事には、印象的な場面が記録されている。87歳のメアリーは、数年前の手術をきっかけに人が変わったようになり、夫のレイいわく「二人の人間のようだ」という状態だった。穏やかだったのに、ときに怒り、悲しみ、夫のことが分からなくなることもある。そんなメアリーが、タウンスクエアの入口を満面の笑みで弾むように入っていく。別の利用者の男性は、1950年代を模したバーでビリヤードに興じる。古い映画、当時の音楽、なじみの店構え。若い頃に身を置いていた世界に戻ることで、緊張がほどけ、会話や笑顔が自然と生まれていく。
家族にとっての意味も小さくない。メアリーを在宅で介護する81歳の夫レイは、施設が開いてから「請求書の整理ができるようになり、本を読み、息をつけるようになった」と語る。デイサービスが介護者に休息(レスパイト)をもたらす、その効果がここにもある。そして帰宅したメアリーは、以前より機嫌がよく、一緒にいやすくなったという。レイの言葉が、この施設の核心を突いている。「記憶が戻ったわけじゃない。でも、違うんだ」。別の家族は「母は尊厳を取り戻した」と表現した。
回想法という土台
こうした変化の背景にあるのが、回想法(リミニセンス・セラピー)と呼ばれる関わりだ。昔の写真や音楽、なじみの日用品など、過去の手がかりを使って思い出を引き出すアプローチで、認知症のある人の不安をやわらげ、気分を整え、攻撃的になる場面や徘徊を減らし、生活の質を高めうると、これまでの研究で報告されてきた。グレナー・センターも公式サイトで、回想法には「興奮(agitation)をやわらげ、気分を改善し、睡眠の質を高める」効果が示されてきたと説明している。タウンスクエアは、この回想法を一室の活動ではなく「町ぐるみの環境」にまで押し広げた、いわばその最も野心的な実装だといえる。利用者は受け身で何かを見せられるのではなく、自分の足で町を歩き、選び、関わる。その自律性こそが、安心と活気を生んでいる。
日本の「なじみのケア」と地続きの発想
日本にも根づく回想法となじみの環境
この町の発想は、日本の介護現場にとって決して遠い話ではない。日本でも回想法は古くから認知症ケアに取り入れられてきた。昔の写真や生活道具を囲んで思い出を語り合うグループ回想法、その人の人生をていねいに聴き取り支援に生かすライフヒストリー(生活歴)の把握は、すでに多くの現場で実践されている。回想法が認知症のある人にどこまで効果があるのか、その科学的な裏づけと限界については回想法は認知症の人に効果があるかでも整理しているが、タウンスクエアはその回想を「会話」から「環境」へと拡張した点に新しさがある。
古い昭和の茶の間を再現した一角、なじみの民謡や歌謡曲、使い慣れた台所道具。日本の施設でも、その人がいちばん安心できる時代や暮らしの手ざわりを環境に織り込む工夫は各地で行われている。タウンスクエアは、その延長線上にある考え方を、町まるごとという規模でやってみせた事例だと捉えると、ぐっと身近になる。住む「村」として知られるオランダのホグウェイ(認知症の人が「町」で暮らすオランダ・ホグウェイ)とは異なり、こちらは家から通うデイサービスである点も、日本の通所介護の文脈に重ねやすい。
効果と限界を、公平に見る
一方で、こうした海外事例を「これが理想だ」と手放しで称えるのは公平ではない。まず、回想法そのものは認知症を治す治療ではない。ある神経内科医が指摘するように、それは「アルツハイマー病を元に戻すわけではないが、症状面での恩恵はある」という性質のものだ。記憶が戻るのではなく、その瞬間の安心や穏やかさが生まれる。家族の「記憶は戻らない。でも、違うんだ」という言葉は、過大な期待と冷笑のどちらにも傾かない、ちょうどよい現実感を示している。
コストの壁も大きい。報じられている建設費はおよそ300万ドルで、利用にも一日85ドル程度の費用がかかるとされる。町を一つ作る投資は重く、誰もが利用できるわけではない。さらに、「作られた町は本物ではない」「過去を演出して見せるのは欺きではないか」という批判もつきまとう。ここで大切なのは、嘘で人をだますことではなく、その人がいちばん自分らしくいられた時代の手ざわりを安全に用意し、本人が安心して過ごせるようにすることだ、という設計思想の側に立てるかどうかだろう。万人に合うわけでもない。にぎやかな町並みがかえって混乱を招く人もいる。だからこそ日本で活かすなら、丸ごと輸入するのではなく、回想法やなじみの環境づくり、認知症デイの個別ケアといった既にある土台を、その人ごとに少しずつ豊かにしていくヒントとして受け取るのが現実的だ。VRを使った回想や体験のように、大がかりな建築に頼らず思い出の世界を届ける選択肢も広がりつつある。
まとめ
1950年代の町をまるごと屋内に建て、認知症のある人がそこへ「通って」過ごす。アメリカ・サンディエゴのタウンスクエアは、回想法という古くからある関わりを、町という規模の環境にまで広げた野心的な試みだった。記憶を取り戻す魔法ではない。それでも、いちばん自分らしくいられた時代の手ざわりに包まれることで、不安がほどけ、会話と笑顔が戻り、家族にも少しの余白が生まれる。その変化は、決して小さいものではない。
日本にも、回想法やライフヒストリーの把握、なじみの環境づくりという土台はすでにある。だとすれば問いは、「同じ町を建てられるか」ではなく、「目の前のこの人がいちばん安心できる時代と暮らしの手ざわりを、自分たちはどれだけ知り、どれだけ用意できているか」ではないだろうか。あなたが関わるその人にとっての「いちばん濃い記憶の時代」は、いつのどんな景色だろう。その答えを探すことから、できることは始まるのかもしれない。
執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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