
心の病の人を「家族」に迎えて700年|ベルギー・ヘールの里親ケアが日本の地域共生に問うもの
ベルギーの小さな町ヘール(Geel)は、約700年にわたり精神疾患や障害のある人を一般家庭が『下宿人』として家族に迎え入れてきた。OPZ Geelが支える世界最古級の地域精神ケアを、日本の地域共生社会・脱施設の視点で読み解く。
この記事のポイント
ベルギーの人口およそ4万人の町ヘール(Geel)では、精神疾患や知的障害のある人を一般の家庭が「下宿人」として家族に迎え入れ、一緒に暮らす地域ケアが約700年続いている。当事者を「患者」ではなく隣人・家族として受け入れるこの仕組みは、現在は公立精神科病院OPZ Geelが制度として支え、2023年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された。施設に閉じ込めず地域でともに暮らすという発想は、認知症や障害のある人を地域で支えようとする日本の地域共生社会・脱施設の議論にも、長い実績からの示唆を与えてくれる。
目次
町を自転車で走る人がいる。地元のカフェで店員と言葉を交わす人がいる。夕方になれば、家族の食卓を囲む人がいる。ごく当たり前の光景に見えるその輪のなかに、重い精神疾患を抱えた人たちがいる。しかも彼らの多くは、その家庭にとって血のつながった身内ではない。
ベルギー北部、アントワープから車でおよそ1時間の場所にある人口約4万人の町ヘール(Geel)。ここでは中世以来およそ700年にわたって、精神疾患や知的障害のある人を、町のふつうの家庭が「下宿人(boarder、フランデレン語で foster guest)」として迎え入れ、家族の一員として一緒に暮らしてきた。彼らは「患者」とは呼ばれない。施設の塀の中ではなく、地域の生活のただ中で暮らしている。
この一見ふしぎな仕組みは、なぜ700年も続いてきたのか。そして、認知症や障害のある人を「地域でどう支えるか」を問われている日本にとって、ヘールの長い実験は何を教えてくれるのか。一次資料をたどりながら、その実像に近づいてみたい。
ある聖女の伝説から始まった、巡礼者を泊める町
7世紀の悲しい伝説と、聖ディンプナ信仰
ヘールの物語は、ひとりの聖女の伝説にさかのぼる。言い伝えによれば、7世紀ごろ、アイルランドの王女ディンプナ(Dymphna、聖ディンプナ)は、妻を亡くして心を病んだ父王の常軌を逸した求婚から逃れ、海を渡ってヘールの地にたどり着いた。しかし父に追いつかれ、改宗も結婚も拒んだ末に、父の手で命を絶たれたとされる。彼女が葬られた場所には、のちに聖ディンプナ教会が建てられた。学術的な記録では、ヘールが心を病む人の地として知られるのは少なくとも13世紀から、伝承では西暦600年ごろにまでさかのぼるとされ、最初の患者記録は1693年のものが残っている(PMC4967781ほか)。
聖ディンプナは「精神疾患を抱える人々の守護聖人」とされるようになり、教会には心の病の治癒を願う巡礼者が各地から押し寄せた。13世紀の半ばには、町は巡礼者であふれ、教会に付属する施療院だけでは収まりきらなくなる。そこで、ヘールの住民や周辺の農家が、巡礼者やその家族を自分の家に泊めるようになった。やがて、巡礼を終えても故郷に帰らず、そのまま住民の家にとどまる人たちが現れる。こうして「家庭で心の病の人を預かる」という習慣、すなわち里親家庭ケア(family foster care)が自然に生まれていった。
教会から国家へ、そして病院が支える制度へ
当初は教会が見守っていたこの営みは、時代とともに制度化されていく。複数の資料によれば、1850年代(資料により1851年・1852年)に運営は国家・医療の管理下に移り、町に中央病院が建てられ、精神科医やケアスタッフが雇われ、専門的な支援体制が整えられていった。第二次世界大戦の直前にはおよそ4,000人もの「下宿人」がこの里親家庭ケアのもとで暮らし、その規模は最盛期を迎えた(PMC4967781)。下宿人にはベルギー人だけでなく、オランダ・フランス・イギリスなど各国から来た人も含まれていたという。
現在この仕組みを支えているのが、フランデレン政府の公立精神科ケアセンターOPZ Geel(Openbaar Psychiatrisch Zorgcentrum Geel)である。公式情報によれば、里親家庭ケアは1991年からOPZ Geelの一部として運営されている。下宿人は、いきなり家庭に預けられるわけではない。多くは長く精神科病院で過ごしたのち、状態がある程度安定した段階で里親家庭ケアに紹介される。受け入れを希望する家庭も、動機や生活環境、OPZと協力する意思などを家庭訪問で丁寧に審査され、契約のうえで下宿人を迎える。精神科医・心理士・かかりつけ医・看護師・ソーシャルワーカーらからなるチームが治療面を担い、家庭は日々の暮らしを担う。役割が分かれているのが、この仕組みの肝である。
「治そうとしない」ケア|下宿人は家族になり、ときに数十年をともにする
名前は呼ぶが、病名は知らない
ヘールの里親ケアの特徴は、家庭が下宿人を「治そう」としない点にある。NPRの報道番組Invisibiliaが2016年に伝えたところによれば、受け入れ家庭はしばしば下宿人の正確な診断名すら知らされない。家庭の役割は、症状を治療することではなく、一緒に暮らし、その人の風変わりな習慣もまるごと受け入れて、ふつうの生活を分かち合うことだとされる。あるホストマザーは、下宿人が毎日引きちぎってしまうシャツのボタンを、毎日縫い直していたという(NPR、2016年)。シャツのボタンを縫い直す。その地味な反復のなかにこそ、この町のケアの本質がある。
そして、いったん始まった同居はしばしば驚くほど長く続く。下宿人が同じ家庭に20年、30年、40年と暮らすことは珍しくない。ホストとなった親が高齢になり亡くなったあとは、その子ども世代が下宿人を引き継いで一緒に暮らすことすらある。NPRが引用した心理学者ジャッキー・ゴールドスタインの研究によれば、2005年時点で下宿人のおよそ3分の1は、ひとつの里親家庭に50年以上暮らしていたという。下宿人は文字どおり「家族の一員」になっていく。
迎え入れられるのは、どんな人たちか
受け入れられるのは、必ずしも軽症の人ばかりではない。Invisibiliaが紹介したリュック・エネカンス(Luc Ennekans)という当時51歳の男性のように、重い精神疾患を抱えた人も家庭に迎えられる。ゴールドスタインの調査では、2003年時点で町の下宿人516人のうち、ほぼ半数が知的・認知的な障害を抱え、2割超が統合失調症など精神病性障害の診断を受けていた。学習障害や自閉スペクトラムなどの人もいた。重い障害があっても、塀の中ではなく町のなかで暮らせる。それがヘールの示してきたことだった。
こうした実績は国際的にも評価されてきた。世界保健機関(WHO)は2001年の精神保健に関する報告書で、ヘールの里親家庭ケアを「ベストプラクティス」であり、施設型の精神医療に代わるすぐれた選択肢だと記した(geelfostercare.be)。さらに2023年には、この地域に根ざしたケアの伝統がユネスコの無形文化遺産(人類の無形文化遺産)に登録された。
理想化はしない|縮みゆく伝統という現実
とはいえ、この仕組みを美談だけで語るのは公平ではない。下宿人の数は、最盛期の約4,000人から大きく減っている。NPR(2016年)は当時の下宿人を約250人と伝え、これは戦前のピークの7パーセント未満だとした。里親ケアを運営するOPZ Geelの公式サイトは、現在の数字を里親家庭およそ100世帯・下宿人およそ120人としている(資料や時期によって数字に幅がある)。背景には、農家の大家族のように「手伝いの手」を必要とした暮らしが姿を消したこと、核家族化や共働きの進行で受け入れに踏み出せる家庭が減ったことがある。OPZの広報担当者は、近年は数十年の長期同居だけでなく、自立生活へ向けた数か月の橋渡しとして里親ケアを使うなど、柔軟な運用も模索していると説明している(ベルガ通信)。当事者と家庭の相性、家庭側の負担、担い手の高齢化。700年続いた仕組みもまた、現代の課題と無縁ではない。
日本への示唆|「地域で支える」を、制度ではなく暮らしのレベルで考える
脱施設と地域共生社会の「先に走った実例」として読む
ヘールの物語は、精神疾患の歴史が中心であって、そのまま日本の認知症ケアに置き換えられるものではない。それでも、日本がいま向き合っている課題と深いところで響き合う。日本は「地域包括ケアシステム」や「地域共生社会」という言葉のもと、認知症や障害のある人を施設に集約するのではなく、住み慣れた地域で支えることをめざしてきた。精神科病院の長期入院の解消、いわゆる脱施設化も長年の課題であり続けている。ヘールは、その「地域でともに暮らす」という理念を、制度の文言としてではなく、700年分の生活の積み重ねとして実装してきた稀有な実例なのである。
注目したいのは、ヘールが「医療」と「暮らし」をきれいに分けている点だ。治療や評価はOPZ Geelの専門職チームが担い、家庭はあくまで日々の生活をともにする。専門職がすべてを抱え込むのでも、家庭にケアを丸投げするのでもない。この役割分担は、認知症の人を地域で支える日本のケアにも示唆的だ。家族や地域の住民が「治療者」になる必要はない。むしろ、その人がその人らしく暮らせる時間を一緒に過ごすことこそ、医療では代えがたい支えになりうる。
「治そうとしない」という発想の転換
ヘールの家庭が下宿人を「治そう」とせず、風変わりな習慣ごと受け入れてきたという事実は、認知症ケアにそのまま通じる。認知症は「治す」対象である前に、その人がどう穏やかに、尊厳をもって暮らすかという問いだからだ。日本でも、本人を中心に据えたパーソン・センタード・ケアの考え方が広がってきた。デンマーク発祥でありながら日本の自立支援の理念にも影響を与えた介護の三原則(生活の継続・自己決定・残存能力の活用)は、ヘールが体現してきた「その人の生活をそのまま続けさせる」という発想と、根のところでつながっている。
同じ問いに、別の角度から答えてきた海外事例もある。認知症の人が「町」のなかで普通に暮らすオランダの認知症村ホグウェイ(De Hogeweyk)は、施設の内側に小さな町を作る試みだった。ヘールは逆に、町そのものを開いて当事者を迎え入れる。閉じた施設に町をつくるのか、開かれた町に当事者を迎えるのか。アプローチは対照的だが、「病人として隔離しない」という一点で両者は同じ方向を向いている。
孤立を生まない「ご近所」の力
もうひとつ、ヘールが教えてくれるのは、地域とのつながりそのものが支えになるということだ。下宿人は町の人々と日常的に顔を合わせ、自転車で出かけ、カフェに立ち寄る。こうした何気ない接触の積み重ねが、偏見をやわらげ、当事者の孤立を防いでいる。日本でも、高齢者や障害のある人の社会的孤立は深刻な課題だ。社会的孤立や孤独が死亡リスクを高めうることは、メタ解析レベルのエビデンスでも示されている。ヘールの700年は、つながりを「あれば望ましいもの」ではなく、ケアの中核そのものとして扱ってきた歴史だとも読める。
もちろん、日本にヘールをそのまま移植できるわけではない。受け入れる家庭をどう確保するか、家庭の負担や相性のミスマッチをどう支えるか、専門職チームの伴走をどう制度化するか。ヘール自身が担い手の減少という現実に直面していることも忘れてはならない。それでも、「地域でともに暮らす」を理念の段階で止めず、暮らしのレベルまで降ろして700年続けてきた町があるという事実は、日本の地域共生社会の議論に、静かな手がかりを与えてくれる。
まとめ
ベルギーの小さな町ヘールは、聖女の伝説に始まる偶然から、心の病や障害を抱えた人を一般家庭が家族として迎え入れる仕組みを、およそ700年にわたって育ててきた。専門職が治療を担い、家庭が暮らしを分かち合い、町ぐるみで当事者を隣人として受け入れる。下宿人の数が減り、担い手の確保という現代的な悩みを抱えながらも、その理念はWHOやユネスコにも評価され、今も生き続けている。「治そうとしない」「隔離しない」「ともに暮らす」という三つの態度は、認知症や障害のある人を地域で支えようとする日本にとっても、決して遠い話ではない。
あなたの暮らす地域では、認知症や障害のある人は「どこか別の場所」で支えられているだろうか。それとも、同じ食卓や同じ商店街の風景のなかにいるだろうか。ヘールの700年は、立派な制度を一足飛びに作る前に、まず隣にいる人を隣人として受け入れられるか、という素朴な問いを私たちに投げかけている。
執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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