
認知症の人が「町」で暮らすオランダ・ホグウェイ|「テーマパーク」ではない実像を日本はどう活かすか
オランダ・ウェースプの認知症ケア施設「De Hogeweyk(ホグウェイ)」は認知症の人が小さな町で普通に暮らす仕組みで世界9カ国以上に広がった。日本での「テーマパーク」的な紹介と海外の「作り物」批判の双方を一次資料で補正し、日本のユニットケア・認知症ケアへの示唆を読み解く読み物。
この記事のポイント
オランダ・ウェースプにある「De Hogeweyk(ホグウェイ)」は、重度の認知症の人が約27棟の住宅に6〜7人ずつ暮らし、本物のスーパーやレストラン、劇場のある「小さな町」で普通の生活を続ける認知症ケア施設です。2009年に開かれ、いまでは世界9カ国以上に同様のモデルが広がりました。日本では「認知症のテーマパーク」「理想の村」と好意的に紹介されることが多い一方、海外では「トゥルーマン・ショーのような作り物では」という批判や、効果・コストをめぐる冷静な議論も続いています。本記事は、美談にも全否定にも寄らず一次資料で実像を確認し、日本のユニットケアや認知症ケアに何を活かせるかを読み解きます。
目次
「認知症になっても、住み慣れた町で当たり前に暮らし続けられたら」。多くの介護職や家族が一度は願うことを、建物と運営のしくみそのもので実現しようとした施設がオランダにあります。アムステルダム近郊ウェースプの「De Hogeweyk(ホグウェイ)」です。
鍵のかかった病棟ではなく、石畳の通りや広場、本物のスーパー、美容室、カフェ、劇場のある一区画。そこで重度の認知症の人たちが買い物をし、好きなクラブ活動に参加し、季節を感じながら暮らしています。海外メディアで繰り返し取り上げられ、「驚きの認知症の村」として日本でも知られるようになりました。
一方で、この事例は紹介のされ方が両極端になりがちです。日本では「認知症のテーマパーク」のように理想郷として描かれ、海外では逆に「トゥルーマン・ショーのような作り物では」と評されることもあります。どちらも実像の一面をとらえているにすぎません。ここでは、ホグウェイが本当はどんな場所なのかを運営元や創設者の一次資料で確かめ、そのうえで日本のケアが受け取れる示唆を、過度な美談にも全否定にも寄らずに整理します。
「普通の暮らし」を町ごと設計した認知症ケア
「普通の暮らし」を町ごと設計するという発想
ホグウェイの構想は1993年に始まり、2009年に現在の形で開村しました。出発点にあったのは、当時の典型的な認知症病棟への強い問題意識です。長い廊下、ナースステーション、画一的なスケジュール、決められた時間の食事。安全は守られても、その人らしい生活や役割は少しずつ失われていく。創設に関わったエロイ・ファン・ハル氏らは、この「施設らしさ」をできるだけ取り除き、認知症があっても続けられる普通の暮らしを丸ごと用意できないかと考えました。
サルトジェネシス(健康生成論)という土台
ホグウェイが掲げるのは「サルトジェネシス(salutogenesis)」という発想です。病気や症状そのものを治すことに重心を置くのではなく、できないことより「まだできること」「その人が心地よく感じること」に目を向け、本人の機能や幸福感を支えようとする考え方です。敷地の約半分は公園や広場、並木道や池、噴水といった屋外空間が占め、住民が外に出て季節の移り変わりを感じられるように設計されています。「外に出ること」そのものが、住民にとってもスタッフにとっても健康によいと位置づけられているのです。
運営元の資料によれば、住民は重度の認知症がある人たちで、常勤換算でおよそ200人規模の専門職に加え、多くのボランティアが日々の暮らしを支えています。看護師や医師、心理士、理学療法士、ソーシャルワーカーらがチームを組みますが、その専門的なケアは「できるだけ目立たない形で、暮らしの背景で」提供されることが重視されています。来訪者にはケアがほとんど見えない。それは運営が手薄なのではなく、生活の邪魔をしないよう意図的に設計された結果です。
どう暮らすのか、「テーマパーク」でも「作り物」でもない
6〜7人の「家」と、7つのライフスタイル
住民は約27の住宅に分かれ、それぞれの家に6〜7人が暮らします(住民数は資料や時期により約150〜188人と幅があります)。特徴的なのは、入居者を「ライフスタイル」で分けている点です。食事の好みや作法、聴く音楽、宗教との関わり、人との接し方などが近い人どうしが同じ家で暮らします。慣れ親しんだ価値観や生活リズムを共有することで、安心感とつながりが生まれるという考え方です。家には本物のキッチンとリビングがあり、専門職のスタッフが買い物や調理、洗濯といった家事を住民と一緒に行います。
ひとりのスタッフが基本的に一つの家を担当するため、住民一人ひとりの生活史や好みを深く知ったうえで、決まりきったチェックリストではなく直感的で個別的な支援ができます。村には音楽、絵画、料理から社交ダンスまで多数のクラブがあり、多くの住民が何らかの活動に参加します。朝はそれぞれのペースで起き、昼や夕の食事はその家のリズムで囲む。スタッフと一緒にスーパーへ食材を買いに行き、玄関を開けて通りに出るときには「今日は上着が必要かな」と自分で考える。こうした小さな選択の積み重ねが、その人らしさを保ちます。
「テーマパーク」でも「作り物」でもない
ホグウェイは日本で「認知症のテーマパーク」と紹介されることがあります。明るく自由な暮らしぶりを伝える表現ですが、実際はレジャー施設ではなく、重度の認知症の人が暮らす本物の介護施設です。逆に海外では、街並みや店が整えられている点をとらえて「トゥルーマン・ショーのような作り物では」と批判されることもあります。しかし運営元や紹介資料は、偽のバス停や偽の郵便局、書き割りのような見せかけの店構えはなく、スタッフは俳優ではないと明言しています。スーパーも美容室もレストランも実際に機能しており、そこで働く人は本物の専門スキルで住民を支えています。
狙いは「だますこと」でも「見せ物にすること」でもなく、施設らしさを取り除き(脱施設化)、診断名ではなくその人の力に焦点を当て(変革)、日常を取り戻す(正常化)という3つの柱に整理されています。公式の発表資料では、行動・心理症状(BPSD)の落ち着き、身体拘束の減少、社会的な関わりの増加、住民や家族の高い満足度、そして職員のストレスや離職の低下といった効果が報告されています。
日本の認知症ケアは何を活かせるか
日本のユニットケア・グループホームと地続きの発想
ホグウェイの「6〜7人の小さな家」「なじみの関係」「その人の生活史に沿った支援」という要素は、日本の介護現場にとって決して遠い話ではありません。特別養護老人ホームのユニットケアや、認知症対応型のグループホームは、まさに少人数の生活単位と顔なじみの職員によるケアを大切にしてきました。日本でも、大規模な集団処遇から、なじみの空間で役割と暮らしを保つケアへと重心を移してきた歴史があります。ホグウェイが驚きをもって受け止められるのは、その思想を「町」という空間スケールにまで一気に広げて見せた点にあります。
もう一つ重要なのは、ホグウェイが特別な魔法ではなく、人間中心ケアの考え方の延長線上にあるという点です。相手の知覚や感情に働きかけるユマニチュード、暮らしに音楽を取り入れる音楽療法、活動や交流を促すアニマル・ロボットセラピーなど、日本の現場でも検証が進む個別ケアの工夫と、根っこでつながっています。建物や予算を真似できなくても、「その人らしさを支える」「できることに目を向ける」という原理は、明日のシフトからでも持ち帰れます。
限界とコストから目をそらさない
同時に、海外では冷静な議論も続いています。医療系の報道では、「認知症の村が本当に効果があるのかは、まだ十分に証明されていない」と指摘されています。ホグウェイでは転倒リスクのある人にも身体拘束を避け、医療的な処置は最小限にとどめる方針で、施設内の臨床的なサポートが十分かという懸念も挙がります。実際、フランスの後発施設は診療所と薬局を併設し、カナダの施設は住居の3分の1を重度者向けの手厚い区画にあてるなど、モデルを自分たちの事情に合わせて修正している例もあります。建設・運営にかかるコストや、誰もが利用できるのかという公平性の問題も無視できません。
つまりホグウェイは「完成した正解」ではなく、問いを投げかける事例です。安全と自由、効率と個別性、感動的な物語と地に足のついた検証。そのバランスをどう取るかは、深刻な人手不足のなかで認知症ケアの質を高めようとする日本にとっても、そっくりそのまま当てはまる宿題だといえます。
参考文献・出典
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まとめ
De Hogeweyk(ホグウェイ)は、認知症になっても「町で普通に暮らす」ことを建物と運営のしくみで支えようとした、世界に影響を与えた事例です。ただし、その本質は理想郷でも作り物でもありません。施設らしさを手放し、その人の生活史と力に焦点を当てるという原理であり、効果やコストをめぐる議論も含めて受け止めることで初めて学びになります。
少人数の生活単位、なじみの職員、その人らしさを支える個別ケア。これらは日本のユニットケアや認知症ケアがすでに大切にしてきたものでもあります。海外の驚きの事例を「すごいね」で終わらせず、自分たちの現場の明日に翻訳すること。それが、この物語のいちばんの使いみちかもしれません。
執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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