認知症の人の痛みをどう見つけるか|観察式の痛み評価スケール(PAINAD・アビー痛みスケール等)の研究エビデンスを介護職目線で読み解く
介護職向け

認知症の人の痛みをどう見つけるか|観察式の痛み評価スケール(PAINAD・アビー痛みスケール等)の研究エビデンスを介護職目線で読み解く

言葉で痛みを訴えられない認知症の人の痛みを、表情・発声・体の動きから評価する観察式スケール(PAINAD・アビー痛みスケール・DOLOPLUS-2)。妥当性・信頼性の研究、見逃しが過鎮静や不要な向精神薬につながる問題、限界を介護職目線で読み解きます。

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この記事のポイント

認知症が進むと、「ここが痛い」と言葉で伝えることがだんだん難しくなります。すると痛みは見逃され、本人のそわそわ・興奮・大声・介護拒否といった行動として現れることがあります。これを「認知症だから」で片づけてしまうと、本当の原因である痛みが置き去りになります。

そこで使われるのが、表情・声・体の動き・行動の変化を観察して痛みを点数にする「観察式の痛み評価スケール」です。代表的なものにPAINAD(ペイナッド)、アビー痛みスケール、DOLOPLUS-2(ドロプラス2)があります。本人が答えられなくても、見て・聞いて・気づいたことを数字にし、職員どうしや看護師・医師と同じ物差しで共有できるのが利点です。

ただし研究の評価は、世間のイメージほど一枚岩ではありません。世界中の研究を最も厳しい基準で束ねたまとめ(COSMIN系統的レビュー2022)では、PAINADとアビー痛みスケールの裏づけは「まだ限定的」とされ、DOLOPLUS-2やMOBID-2のほうが評価が高い、という結果でした。つまりこれらのスケールは「痛みを確実に測る装置」ではなく、痛みに気づき、見落としを減らすための補助の道具です。点数だけで決めず、「痛みがあるかもしれない」と考えるきっかけとして使い、原因を探して看護・医療につなぐ。そこまでが介護職の役割になります。

目次

介護の現場で、こんな場面に出会ったことはないでしょうか。いつも穏やかな入居者さんが、ある日から急にそわそわして落ち着かない。立ち上がろうとしては顔をしかめる。入浴や着替えのときだけ大きな声を出して抵抗する。記録には「不穏」「介護拒否」と書かれ、やがて気持ちを落ち着ける薬が検討される。

でも、その行動の裏に「痛み」が隠れていたとしたら、どうでしょうか。腰や膝の関節痛、便秘の腹痛、口の中の傷、皮膚の床ずれ。痛みは高齢者にとても多い一方で、認知症が進むと本人が言葉で訴えられなくなり、痛みは「行動」という形でしか表に出てこなくなります。

この記事では、言葉で痛みを伝えられない認知症の人の痛みを、表情や声、体の動きから読み取って点数にする「観察式の痛み評価スケール」を取り上げます。PAINAD、アビー痛みスケール、DOLOPLUS-2といった代表的なスケールが、研究の世界でどこまで「使える」と認められているのか。どこに限界があるのか。そして、痛みの見逃しがなぜ過剰な鎮静や不要な向精神薬につながるのか。海外と日本の研究を一次情報で確認し、現場の介護職がこの知見をどう使えるかという視点で、できるだけやさしく読み解いていきます。

認知症の人の痛みを「観察」で測るとは、どういうことか

痛みは本来、本人にしかわからない主観的な感覚です。だから痛みの評価は、「いま痛みはどのくらいですか」と本人にたずね、0〜10の数字や顔のイラスト(フェイススケール)で答えてもらうのが基本です。これを自己報告といいます。

ところが認知症が進むと、この「たずねて答えてもらう」方法が成り立ちにくくなります。質問の意味が理解できなかったり、数字で程度を表す抽象的な作業が難しくなったり、そもそも言葉が出にくくなったりするためです。日本の緩和ケア領域の指針でも、軽度の認知機能低下なら数字や言葉のスケールが使えるものの、中等度より進むと使える人が限られてくることが整理されています。重度では、言葉での自己報告はほぼ期待できなくなります。

言葉の代わりに「行動」を手がかりにする

そこで考え出されたのが、本人の行動を観察して痛みを推し量る方法です。痛いとき、人は無意識に顔をしかめ、うめき、体の一部をかばい、触られるのを嫌がります。こうした痛みに伴う行動のサインを、複数の項目に分けて観察し、点数化するのが「観察式(行動観察式)の痛み評価スケール」です。

2002年に米国老年医学会(AGS)が「高齢者や認知症患者では、自己報告に加えて客観的に痛みをとらえる必要がある」と提言したことが、こうしたスケール開発が世界に広がる大きなきっかけになりました。代表的なものを挙げます。

  • PAINAD(Pain Assessment in Advanced Dementia):2003年に米国で開発。呼吸・否定的な発声・表情・ボディランゲージ・なだめやすさの5項目を、それぞれ0〜2点で評価し、合計0〜10点で表します。項目が少なく短時間で使えるのが特徴です。
  • アビー痛みスケール(Abbey Pain Scale):オーストラリアで開発。声をあげる・表情・ボディランゲージの変化・行動の変化・生理学的変化(体温や脈拍など)・身体的変化(皮膚の損傷や関節の変形など)の6項目を各0〜3点で評価し、合計点から「痛みなし/軽度/中等度/重度」に分けます。日本語版(APS-J)も作られ、妥当性が確認されています。
  • DOLOPLUS-2(ドロプラス2):フランスで開発。身体的な反応・精神運動・精神社会的な反応など10項目を評価する、より多面的なスケールです。日本語版も作られています。

このほか、項目数が多く網羅的なPACSLAC、北欧で開発され「痛みが治療で減ったか」を測りやすいとされるMOBID-2など、世界には数多くのスケールがあります。世界の系統的レビューでは、進行した認知症で使える観察式の痛みツールは17種類も確認されています。それだけ多いということは、裏を返せば「これ一つで決まり」という決定版がまだない、ということでもあります。

なぜこれが「研究」のテーマになるのか

観察で痛みを測ると聞くと、「見ればわかるのでは」と思うかもしれません。しかし問題は、痛みのサインと、認知症そのものの症状(BPSD)が見た目でよく似ていることです。そわそわ、興奮、大声、拒否は、痛みでも起こるし、痛みがなくても認知症の行動・心理症状(BPSD)として起こります。観察者によって点数がぶれてもいけません。だから「そのスケールは本当に痛みを測れているのか(妥当性)」「だれが測っても近い結果になるのか(信頼性)」を、研究で検証する必要があるのです。次の章で、その研究の中身を具体的な数字とともに見ていきます。

主要な研究と報告された数値|COSMIN系統的レビュー・PAINAD開発研究・疼痛治療のRCT

ここからは代表的な研究と、報告された数字を見ていきます。研究の専門用語が出てきますが、すべて日常の言葉に置き換えながら読みます。まず全体像を表でつかみましょう。

研究(発表年)種類・規模主な結果読み方のポイント
Smith & Harvey(2022)
COSMIN系統的レビュー
世界中の研究の「ものさしの質」を統一基準で束ねたまとめ。51論文・認知症の人5924名分のデータを分析顔の動きの分析・PACSLAC・CNPI・DOLOPLUS-2・ALGOPLUS・MOBID/MOBID-2には「強い〜中くらいの裏づけ」。一方アビー痛みスケール・PAINAD・自己報告は裏づけが「限定的」現場で人気のPAINAD・アビーが、研究の質という点では必ずしも最上位ではない。よく使われること=最も検証されていること、ではない
Warden ら(2003)
PAINAD開発研究
進行した認知症の入所者19名と職員6名で開発・検証した、もとになった研究測る人どうしの一致(評価者間信頼性)は良好。痛み止めの前後で点数が下がるなど、痛みの変化を拾えた。「簡便で妥当性・信頼性のある道具」と結論ただし対象がごく少人数(しかも男性中心)。著者自身が「普遍的に推奨する前にさらなる研究が必要」と注記している
急性期病院でのPAINAD検証(2022)一般の急性期病院に入院した認知症の人を対象にPAINADの性能を検証測る人どうしの一致や内部の一貫性は良好だったが、「痛みだけ」をうまく捉えられているかには疑問が残った同じスケールでも、使う場面(施設・在宅・病院)で性能が変わりうる。場面をまたいで万能ではない
Husebo ら(2011)
BMJ クラスター無作為化比較試験
ノルウェーの18施設・60ユニット・中等度〜重度の認知症352名を、施設単位でくじ引きして2群に分けた質の高い試験(RCT)痛みを段階的に治療した群は、8週間後に興奮(CMAIという尺度)が約17%低下(治療効果-7.0、95%信頼区間-3.7〜-10.3、P<0.001)。治療をやめると行動の乱れが戻った「痛みを評価して治療する」ことが、興奮という行動を実際に減らしうることを示した代表的な証拠。痛みの見逃しが行動の悪化に関わることの裏づけ
鈴木みずえ ら(2014)
国内・観察研究
日本の介護施設に入所する認知症高齢者を対象にした調査痛みのある人の割合(有痛率)は約25%。日本語版アビー痛みスケールで評価された痛みは、焦燥・不安・抑うつを悪化させていた可能性が示唆された日本でも「痛み×BPSD」のつながりは確認されている。海外研究だけの話ではない

数字を日常の言葉に置きかえる

表に出てきた研究の言葉を、ふだんの感覚に翻訳しておきます。

  • 系統的レビュー/COSMINレビュー=バラバラに行われた多くの研究を集め、決まった基準で質をそろえて束ねたまとめ。今回のCOSMINは、とくに「痛みを測るものさしとして信頼できるか」を統一基準で採点したものです。一つの研究より大きな視野で全体像を見られます。
  • 無作為化比較試験(RCT)=対象をくじ引きで2グループに分けて比べる試験。介入の効果を最も確かめやすい方法です。Husebo2011は、それを「施設まるごと」を単位でくじ引きしたクラスターRCTでした。
  • 評価者間信頼性=同じ人を別々の職員が測ったとき、どれくらい近い点数になるか。高いほど「だれが測ってもぶれにくい」ことを意味します。PAINADやアビーはこの一致は比較的良いとされています。
  • 妥当性=そのスケールが「測りたいもの(=痛み)」を本当に測れているか。ここが観察式スケールの一番の弱点で、痛み以外の不快や認知症の症状まで拾ってしまう恐れがあります。
  • CMAI(コーエン・マンスフィールド興奮尺度)=興奮・攻撃的な行動などを点数化する、よく使われる行動評価の物差し。Husebo2011で「興奮が17%減った」というのは、このCMAIの点数が下がったということです。
  • 「約17%低下」「治療効果-7.0」=痛みを治療した群のほうが、何もしない群より興奮の点数が平均7点ほど低く、もとの水準からおよそ1〜2割減ったという意味です。「95%信頼区間-3.7〜-10.3」は、本当の効果の大きさがこの幅のどこかに収まると考えられること、「P<0.001」は、この差が偶然では説明しにくい(統計的に意味のある差)ことを表します。ただしこれは集団の平均の話で、一人ひとりが必ず1〜2割よくなる保証ではありません。

ここで大切なのは、数字の「向き」です。今回の研究では点数が下がる=興奮や痛みが減る=良い方向を意味します。スケールによっては点が高いほど良いものもあるので、現場で点数を見るときは「このスケールは高い・低いどちらが痛みを表すのか」を最初に確認するのが鉄則です。

数値の正しい読み方|「点数がつく」と「痛みを言い当てた」は別物

研究の数字は、読み方を間違えると「このスケールを使えば痛みがわかる」と過信させてしまいます。過不足なく受け取るための注意点を整理します。

  1. 「点数化できる」ことと「痛みを正確に測れている」ことは違う。 観察式スケールは、痛みらしい行動を数字にする道具です。でも、その数字が本当に「痛みだけ」を表しているかは別問題です。COSMINレビューがPAINADとアビーを「裏づけは限定的」と評価したのは、まさにこの妥当性に十分な証拠が積み上がっていないためです。点がついたから痛みがある、点が低いから痛みがない、と機械的に結論しないことが第一の歯止めです。
  2. 痛みのサインとBPSDは見分けにくい。 そわそわ・興奮・大声・拒否は、痛みでも、痛みと無関係な認知症の症状でも起こります。急性期病院でのPAINAD検証で「痛みだけをうまく捉えられているか疑問が残った」とされたのも、この見分けの難しさが背景にあります。スケールはあくまで「痛みかもしれない」と気づく入口で、最終判断ではありません。
  3. 感度(見逃しにくさ)と特異度(取り違えにくさ)は裏表。 痛みのサインを広く拾おうとすれば、痛みでないものまで「疑いあり」に入れてしまいます(特異度が下がる)。逆に厳しくすれば見逃しが増えます(感度が下がる)。「8割気づける」と聞いても、裏側に「2割は見逃す」「痛みでない人を疑いに入れることもある」が必ずついて回ります。一回の点数で白黒つけず、時間をおいて繰り返し観察することが、この弱点を補います。
  4. 場面が変われば性能も変わる。 施設で良い結果が出たスケールが、病院や在宅でも同じ精度とは限りません。PAINADは整形外科の高齢患者では良好でも、急性期病院の認知症の人では課題が残りました。「どこで・だれに・どんな場面で検証された数字か」を意識して読むと、過度な一般化を避けられます。
  5. 「人気のスケール」=「最も検証されたスケール」ではない。 アビー痛みスケールは英国やオーストラリアで広く使われていますが、複数のレビューで「妥当性・内的な一貫性の裏づけが弱い」と指摘されています。使いやすさと、研究での証拠の強さは別物です。一方でDOLOPLUS-2やMOBID-2は、研究上の評価は比較的高いものの、項目が多く手間がかかるという現場の事情があります。「研究で強い」と「現場で続けやすい」はトレードオフになりがちです。
  6. Husebo2011は「治療すれば興奮が減りうる」を示したが、万能薬ではない。 痛みを段階的に治療した群で興奮が約17%減ったのは重要な証拠です。ただしこれは集団の平均で、治療をやめると行動の乱れが戻りました。また、同じ著者らによる別の系統的レビューでは、それ以前の少数の試験では「痛み治療が興奮を減らす」という仮説を支持しきれなかったとも報告されています。つまり「痛みを疑い、評価し、適切に治療する」という一連の流れ全体が大事なのであって、薬を足せば必ず落ち着く、という単純な話ではありません。

研究の知見を介護現場でどう活かすか|アセスメント・多職種連携・科学的介護とキャリア

ここまでの研究を、介護職の毎日の仕事にどう落とし込めるか。差別化の核として、現場・科学的介護・キャリアの3つの視点で整理します。

1. 「不穏」の前に「痛みかもしれない」を1枚はさむ

研究が一貫して示すのは、認知症の人の興奮・拒否・大声の裏に、見逃された痛みが隠れていることがあるという事実です。日本の調査でも施設の認知症高齢者の約4人に1人に痛みがあり、それが焦燥や抑うつを悪化させていた可能性が示されています。だからこそ、行動の変化に気づいたら、すぐ「不穏」と記録して終わらせるのではなく、まず「痛みかもしれない」という仮説を1枚はさむ習慣が大切です。とくに、関節痛・便秘・床ずれ・口腔内の傷・骨折歴など、痛みの原因になりやすい持病や状況がある人ほど、「痛みを疑う」ことから始めます。AGSも「痛みがありそうな状況なら、痛みがあるものとして対応する」という姿勢を勧めています。

2. スケールは「点数を出す装置」ではなく「気づきと共有の道具」として使う

COSMINレビューがPAINAD・アビーを「裏づけは限定的」と評価した以上、点数を絶対視するのは危険です。現場での正しい使い方はこうです。

  • 一人の主観で終わらせない共通言語にする。 「なんとなくつらそう」を、PAINADやアビーの項目に沿って言葉と点数にすると、夜勤と日勤、職員と看護師の間で同じ物差しで引き継げます。評価者間の一致が比較的良いのは、観察式スケールの数少ない強みです。
  • 同じスケールを継続して使い、変化を見る。 一回の点数で痛みの有無を断定せず、ケアの前後・日をまたいで繰り返し測り、「いつ・何をすると点が上がるか」を追います。入浴や移乗など特定の動作で点が上がるなら、その動作に痛みの原因が潜んでいる可能性があります。
  • 「点が低い=痛みなし」と読まない。 表情が乏しくなる人、もともと動きの少ない人では、痛みがあってもサインが出にくいことがあります。点が低くても、状況から痛みが疑わしいなら観察を続けます。

3. 評価から「治療につなぐ」までが介護職の役割

Husebo2011が示した最も実務的な教訓は、痛みを評価して適切に治療すれば、興奮という行動が実際に減りうるということです(8週後に興奮が約17%低下)。介護職は薬を処方できませんが、観察した痛みのサインと点数を、看護師・医師・薬剤師に正確に伝えることで、この流れの起点になれます。「気持ちを落ち着ける薬」を増やす前に「痛みの評価と治療を試す」という選択肢を多職種で検討するきっかけを、現場から出せるのです。これは、痛みの見逃しが過剰な鎮静や、リスクのある向精神薬の不要な使用につながる事態を防ぐことにも直結します。

4. 科学的介護(LIFE)・アセスメントの質、そしてキャリアへ

痛みのアセスメントは、ケアの根拠を記録し改善につなげる科学的介護(LIFE)の発想とも相性が良い領域です。観察した行動を、解釈(不穏)と事実(移乗時に顔をしかめ右膝をかばう)に分けて記録し、スケールの点数とあわせて多職種で共有する。この一連のスキルは、認知症ケア専門士や認知症介護実践者研修で学ぶ内容とも重なり、「行動の奥にある原因を読み解ける職員」という専門性として、キャリアの強みになります。痛みを見つけられる目は、利用者の尊厳を守ると同時に、介護職としての自分の市場価値を高める力でもあります。

観察式スケールを現場で使うときの利点と注意点

観察式の痛み評価スケールは、使い方次第で大きな助けにも、誤解のもとにもなります。両面を整理します。

利点

  • 言葉で訴えられない人の痛みに気づく入口になる。 何も道具がなければ見過ごされがちな痛みを、項目に沿って観察することで拾い上げやすくなります。
  • 主観を共通の言葉・点数に変えられる。 「つらそう」を、職種や勤務帯をまたいで引き継げる情報にできます。評価者間の一致が比較的良いのは強みです。
  • 変化を追える。 同じスケールを続けて使えば、ケアや治療の前後で痛みが減ったかを見える化できます。これは痛み治療の効果判定にもつながります。
  • 過剰な鎮静・不要な向精神薬を見直すきっかけになる。 「不穏」を薬で抑える前に「痛みを評価・治療する」選択肢を多職種で検討する材料になります。
  • 手間が小さいものを選べる。 PAINADやアビーは項目が少なく短時間で使え、忙しい現場でも続けやすいという実務上の利点があります。

注意点(過信しないための歯止め)

  • 「痛みを確実に測る装置」ではない。 PAINAD・アビーは研究上の妥当性の裏づけが限定的とされ、痛み以外の不快や認知症の症状まで拾う恐れがあります。点数は「痛みかもしれない」のサインであって、診断ではありません。
  • 痛みのサインとBPSDの見分けは難しい。 興奮や拒否が痛み由来か、それ以外かは、点数だけでは判断できません。状況・持病・経過とあわせて総合的に考える必要があります。
  • 点が低くても痛みを否定できない。 表情やサインが出にくい人では、痛みが点数に表れにくいことがあります。
  • 場面が変わると性能も変わる。 施設・在宅・病院で精度が異なりうるため、結果を機械的に持ち込まないようにします。
  • 研究で強いスケールほど手間がかかることがある。 DOLOPLUS-2やMOBID-2は評価が比較的高い一方、項目が多く時間がかかります。続けられなければ意味がないため、現場の実情と証拠の強さのバランスで選びます。
  • スケールだけでは痛みは消えない。 評価は出発点にすぎません。原因の探索と、看護・医療による治療につないで初めて、本人の苦痛が和らぎます。

現場ですぐ使える、痛みのアセスメントのヒント

  • 「いつもと違う」を起点にする。 急にそわそわする、食事を嫌がる、いつもの動作で顔をしかめる。この「いつもと違う」変化こそ、痛みを疑う最初のサインです。その人の普段の様子を知っていることが、最大の武器になります。
  • 痛みが出やすい動作のときに観察する。 立ち上がり・移乗・着替え・入浴・排泄など、体を動かす場面で点が上がるなら、その動きに関わる部位の痛みを疑います。安静時だけでなく、動作時に観察するのがコツです。
  • 記録は「事実」と「解釈」を分ける。 「不穏」(解釈)だけでなく、「右膝に手をやり、移乗時にうめき声」(事実)を書き残します。事実があれば、看護師や医師が痛みの原因を探りやすくなります。
  • 同じスケールを、チームで決めて使い続ける。 人によって違うスケールを使うと比べられません。施設で一つに決め、全員が同じ物差しで記録すると、引き継ぎと変化の追跡がしやすくなります。
  • 「痛いですか」だけで終わらせない。 軽度の人には、「痛い」だけでなく「ズキズキする」「重い」「つっぱる」など別の言葉でも尋ねます。高齢の方は「痛い」を否定しても別の表現なら認めることがあります。
  • 薬の前に痛みを疑う、を合言葉に。 行動が落ち着かないとき、気持ちを抑える薬を考える前に「痛みの可能性は確認したか」をチームで一度問い直す習慣をつけます。

よくある質問(FAQ)

Q. PAINADとアビー痛みスケール、どちらを使えばいいですか?

A. 一概にどちらが優れているとは言えません。どちらも項目が少なく短時間で使える利点がありますが、世界の系統的レビュー(COSMIN2022)では両方とも「研究上の裏づけは限定的」と評価されています。研究での評価が比較的高いのはDOLOPLUS-2やMOBID-2ですが、項目が多く手間がかかります。大切なのは「どれが完璧か」ではなく、チームで一つに決め、同じ物差しを続けて使うことです。

Q. スケールの点数が低ければ、痛みはないと考えていいですか?

A. いいえ。点が低くても痛みを否定はできません。表情やサインが出にくい人では、痛みがあっても点数に表れにくいことがあります。点数は「痛みがあるかもしれない」と気づく入口であって、「痛みなし」を保証する装置ではありません。状況や持病から痛みが疑わしければ、観察を続けてください。

Q. 痛みなのか、認知症の症状(BPSD)なのか、見分ける方法はありますか?

A. 見た目だけで確実に見分ける方法はなく、ここが観察式スケールの一番の限界です。手がかりは、痛みの原因になりやすい持病や状況があるか、特定の動作で行動が悪化するか、痛み止めを使うと落ち着くか、などです。点数だけで決めず、経過や状況とあわせて多職種で考えることが必要です。

Q. 痛みを治療すれば、興奮や拒否は必ず落ち着きますか?

A. 必ずとは言えません。Husebo2011というRCTでは、痛みを段階的に治療した群で8週後に興奮が約17%減りましたが、これは集団の平均で、全員が必ず良くなる保証ではありません。治療をやめると行動の乱れが戻ったことも報告されています。「痛みを疑い、評価し、適切に治療する」という一連の流れ全体が大切で、薬を足せば必ず落ち着くという単純な話ではない点に注意が必要です。

Q. 海外で開発されたスケールを、日本でそのまま使って大丈夫ですか?

A. 言語や文化が違うため、原則として日本語版として妥当性が検証されたものを使うのが望ましいです。アビー痛みスケールやDOLOPLUS-2には日本語版があり、妥当性が確認されています。海外の数字をそのまま日本に当てはめるのではなく、日本語版や国内の研究も確認しながら使うと安心です。

Q. 介護職が痛みを「評価」してよいのですか?医療行為になりませんか?

A. 観察した行動を記録し、スケールで共有することは、医療行為ではなくケアの一部です。痛みの診断や治療は医師・看護師の役割ですが、毎日そばにいる介護職が変化に気づき、正確に伝えることは、痛みを治療につなぐうえで欠かせない起点になります。

参考文献・一次情報

  • [1]
    Psychometric properties of pain measurements for people living with dementia: a COSMIN systematic review- European Geriatric Medicine 2022;13(5):1029-1045(Smith TO, Harvey K)doi:10.1007/s41999-022-00655-z

    本記事の中心となる原報の一つ。認知症の人の痛みを測る9つのツールについて、51論文・5924名分のデータをCOSMINという統一基準で採点した系統的レビュー。顔の動きの分析・PACSLAC・CNPI・DOLOPLUS-2・ALGOPLUS・MOBID/MOBID-2には強い〜中くらいの裏づけがある一方、アビー痛みスケール・PAINAD・自己報告は裏づけが『限定的(limited)』と評価された。

  • [2]
    Efficacy of treating pain to reduce behavioural disturbances in residents of nursing homes with dementia: cluster randomised clinical trial- BMJ 2011;343:d4065(Husebo BS, Ballard C, Sandvik R, Nilsen OB, Aarsland D)doi:10.1136/bmj.d4065

    中等度〜重度の認知症352名・ノルウェーの18施設60ユニットを対象とした質の高いクラスター無作為化比較試験。段階的な疼痛治療を行った群は、8週後に興奮(CMAI)が約17%低下(治療効果-7.0、95%信頼区間-3.7〜-10.3、P<0.001)。痛みの評価と治療が興奮という行動を減らしうること、不要な向精神薬を減らせる可能性を示した代表的な証拠。

  • [3]
    Development and Psychometric Evaluation of the Pain Assessment in Advanced Dementia (PAINAD) Scale- Journal of the American Medical Directors Association 2003;4(1):9-15(Warden V, Hurley AC, Volicer L)

    PAINADを開発・検証したもとになった研究。進行した認知症の入所者19名と職員6名で検証し、評価者間の一致が良好で、痛み止めの前後で点数差を拾えたと報告。一方で対象がごく少人数(男性中心)であり、著者自身が普遍的な推奨には更なる研究が必要と注記している。

  • [4]
    Psychometric evaluation of the Pain Assessment in Advanced Dementia scale in an acute general hospital setting- PMC9828226(急性期一般病院でのPAINAD妥当性検証)

    一般の急性期病院に入院した認知症の人でPAINADの性能を検証した研究。評価者間の一致や内部の一貫性は良好だったが、『PAINADが痛みだけを捉えられているか妥当性に懸念が残る』と結論。同じスケールでも使う場面によって性能が変わりうることを示す。

  • [5]
    A systematic review of prevalence of pain in nursing home residents with dementia- BMC Geriatrics 2023;23:641(Helvik AS, Bergh S, Tevik K)doi:10.1186/s12877-023-04340-z

    介護施設に入所する認知症の人の痛みの有病率を国際的にまとめた系統的レビュー。入所直後でも35.5〜52%、研究によっては最大80%と報告され、痛みがありふれている一方で見逃されやすいことを示す公的・学術的根拠。

  • [6]
    アビー痛みスケール日本語版(APS-J)- 日本疼痛看護学会(Takai Y, et al. Abbey Pain Scale: development and validation of the Japanese version. Geriatr Gerontol Int 2010;10:145-153 に基づく日本語版)

    言葉で表現できない認知症の人の疼痛を観察で測る、日本語版アビー痛みスケールの実物(6項目・各0〜3点・合計0〜2点は痛みなし、3〜7軽度、8〜13中等度、14以上重度)。日本語版の妥当性が学術的に確認されている。

  • [7]
    高齢者・認知障害のある高齢者の疼痛アセスメント(がんサポーティブケア学会 Q&A)- 日本がんサポーティブケア学会(鈴木みずえ ら. 認知症高齢者における疼痛の有病率と疼痛がBPSDに及ぼす影響. 老年看護学 2014;19:25-33 等を引用)

    日本語版で妥当性が確認された観察式スケールはアビー尺度とDOLOPLUS-2であること、国内研究で介護施設の認知症高齢者の有痛率が約25%で、痛みが焦燥・不安・抑うつ(BPSD)を悪化させていた可能性を整理した公的資料。本記事の国内データの根拠。

  • [8]
    痛みの包括的評価(がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 背景知識)- 日本緩和医療学会

    自己報告のスケール(NRS・VAS等)が中等度以上の認知機能低下では使いにくくなること、その場合にアビー痛みスケール等の観察式評価が用いられることを示す国内ガイドライン。自己報告から観察式へ切り替える根拠となる公的資料。

まとめ|点数を過信せず、痛みに気づく目を現場の力にする

認知症が進むと、痛みは「言葉」ではなく「行動」として現れます。そわそわ・興奮・大声・拒否の裏に、見逃された痛みが隠れていることがあります。この事実は、日本の調査(施設の認知症高齢者の約25%に痛み)でも、海外の系統的レビュー(入所直後でも35.5〜52%)でも繰り返し確認されています。

その痛みに気づくための道具が、PAINAD・アビー痛みスケール・DOLOPLUS-2といった観察式スケールです。ただし研究の評価は一枚岩ではありません。COSMIN系統的レビュー2022は、現場で人気のPAINADとアビーについて「妥当性の裏づけはまだ限定的」と評価しました。つまりこれらは痛みを確実に測る装置ではなく、痛みに気づき、見落としを減らし、チームで共有するための補助の道具です。点数を絶対視せず、繰り返し観察し、原因を探って治療につなぐ。そこまでが一続きのケアです。

そして、その先に意味があります。Husebo2011のRCTは、痛みを評価して適切に治療すると、興奮という行動が約17%減りうることを示しました。痛みを見つけられれば、過剰な鎮静や、リスクのある向精神薬の不要な使用を避けられるかもしれないのです。薬で行動を抑える前に「痛みの可能性を確認したか」を問い直す。その一歩を現場から出せるのは、毎日そばにいて「いつもと違う」に気づける介護職です。点数を過信せず、しかし痛みに気づく目を磨くこと。それは利用者の尊厳を守ると同時に、行動の奥を読み解ける専門職として、あなた自身の価値を高める力になります。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

介護業界の転職・キャリア情報を発信。厚生労働省の公的データと現場の声をもとに、介護職で働く方・転職を検討する方に役立つ情報をお届けしています。

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