
帰宅願望とは
帰宅願望とは、認知症の方が「家に帰りたい」と訴える、または出ようとする状態のこと。BPSDの代表症状で、見当識障害・夕暮れ症候群・環境変化が背景にあり、傾聴と環境調整が現場の鍵です。
この記事のポイント
帰宅願望(きたくがんぼう)とは、認知症の方が施設や自宅で「家に帰りたい」「もう帰る」と繰り返し訴えたり、実際に出ていこうとする状態を指します。BPSD(行動・心理症状)の代表的な一つで、見当識障害・夕暮れ症候群・環境変化への不安が引き金になることが多く、傾聴と環境調整、本人の役割づくりで落ち着くケースが少なくありません。鍵をかけて閉じ込める対応は身体拘束にあたるため避ける必要があります。
目次
帰宅願望とは何か
帰宅願望は、認知症の方の「ここは自分の居場所ではない」「家に戻らなければ」という不安・焦燥感が言葉や行動になって現れるものです。デイサービスや施設で午後3〜5時頃に「もう帰る」「子どもが待っている」と荷物をまとめ始めるのが典型例で、夕暮れ時に強くなる「夕暮れ症候群(サンダウン症候群)」と重なって出現することもあります。
本人にとっての「家」は、必ずしも現住所のことではありません。50年前に住んでいた実家、子育てをしていた頃の家、両親と暮らした家など、人生のなかで最も安心していた場所を指していることが多く、「親が待っている」「夕食を作らなければ」といった発言が伴います。これは見当識障害(時間・場所・人を正しく認識できなくなる症状)が根底にあり、現在の自分の状況がうまくつかめないことから生じる不安の表現です。
厚生労働省の「認知症介護指導者養成研修」教材でも、帰宅願望は身体拘束で抑え込む対象ではなく、本人の不安の声として受け止め、原因を取り除いていくケアが推奨されています。鍵で閉じ込める、ベルト等で椅子に固定するといった対応は身体拘束三原則(切迫性・非代替性・一時性)を満たさない限り違法であり、施設の運営基準違反にもなります。
帰宅願望の主な原因
帰宅願望は単一の原因ではなく、いくつかの要因が重なって表出します。代表的な6つを押さえておくと、現場での見立てがしやすくなります。
- 見当識障害 ── 「ここはどこ?」「今は何時?」が分からなくなり、知らない場所にいる不安から「家に帰る」と訴える。
- 夕暮れ症候群(Sundowning) ── 夕方になると不穏・不安・焦燥が強まる現象。光量変化や1日の疲労、生活リズムが影響していると考えられる。
- 環境の変化 ── 入居・入院直後やショートステイ初日、レイアウト変更後など、慣れない環境で起こりやすい。
- 役割の喪失感 ── 「子どもの夕食を作らなければ」「店を開けなければ」という、人生の中で大事だった役割が現在進行形のように感じられる。
- 身体的不快 ── 痛み・便秘・空腹・尿意・薬の副作用などが落ち着かなさとして表面化することもある。
- 人間関係のストレス ── 同室者との相性、騒がしい環境、職員との関わり方が合わないと、その場から逃れたくなる。
帰宅願望と徘徊・離設の違い
帰宅願望は、徘徊や離設(施設外への無断外出)と関連するものの、別の概念として整理しておく必要があります。
| 用語 | 意味 | 関係 |
|---|---|---|
| 帰宅願望 | 「家に帰りたい」という訴えや感情 | 心理状態。動機づけ。 |
| 徘徊 | あてもなく、または特定の目的を持って歩き続ける行動 | 帰宅願望が動機になることもあれば、別の不安・痛みが原因のこともある。 |
| 離設 | 本人が施設外へ無断で出てしまうこと | 帰宅願望が強いときに発生しやすい結果事象。安全管理上の重大インシデント。 |
「帰宅願望が強い → 行動として徘徊が出る → 結果として離設が起こる」という連鎖を理解しておくと、原因(帰宅願望)の段階で介入する重要性が見えてきます。GPSや人感センサー、玄関のチャイム等は離設防止の補助手段ですが、本質的な対応は本人の不安を軽減することです。
現場で効く声かけと対応のコツ
帰宅願望に対しては、否定せず・遮らず・本人の世界観に合わせる対応が基本です。バリデーション療法やパーソン・センタード・ケアの考え方が役立ちます。
- 否定しない ── 「ここがあなたの家ですよ」「家には帰れません」と説得すると、不安と混乱が増幅。「お家気になりますよね」と気持ちを受け止めるのが先。
- 理由を聴く ── 「どうしてもう帰りたいですか?」と質問し、「子どもが待っている」「店を開ける時間」など本人の理由を引き出す。これが対応の手がかりになる。
- 役割を渡す ── 「夕食前にこれを手伝ってもらえますか」「お茶を一緒に飲んでから出ましょう」と、本人が必要とされる場面を作る。
- 環境を整える ── 夕方は照明を明るめに、見慣れた写真や思い出の品を居室に置く、音楽でリラックスを誘うなど五感からアプローチ。
- 一緒に少し歩く ── 「玄関まで一緒に行きましょう」と外気に触れ、5〜10分歩いて気分転換。歩いた後は自然と居室に戻れるケースが多い。
- 記録を残してパターンを見つける ── 何時頃に・どのような環境で・どんな言葉で訴えるかを記録し、チームで共有。発生パターンが見えると先回りの対応ができる。
- 身体的不調を確認 ── 便秘・痛み・脱水・尿路感染症などが落ち着かなさを増幅していることがあるため、バイタルと身体観察を欠かさない。
よくある質問
Q. 「家に帰りたい」と言われたら玄関に鍵をかけてもよいですか?
原則として鍵を一律にかけて閉じ込める対応は身体拘束に該当し、認められていません。介護保険指定基準では、切迫性・非代替性・一時性の三原則をすべて満たし、家族の同意と記録を取ったうえでなければ実施できません。GPSや人感センサー、職員の声かけ・見守りなど代替手段を組み合わせることが先決です。
Q. デイサービスで「もう帰る」と言われたとき、家族に連絡すべきですか?
すぐに連絡する前に、まずは10〜15分の傾聴と気分転換を試みます。改善せず本人が強い不安・興奮を示す、または送迎時間が著しく早い場合は家族と相談し、お迎え時間の前倒しや短時間利用への切り替えを検討します。連絡の判断基準は事業所内であらかじめルール化しておくと混乱しません。
Q. 夕方になると毎日同じ時間に帰宅願望が出ます。何ができますか?
夕暮れ症候群の典型例です。15〜30分前に飲み物・お菓子の時間、軽い体操、お気に入りのテレビ番組など「楽しみ」を組み込み、不安が立ち上がる前に意識をそらす環境設定が有効です。光量を上げる、職員が声かけを増やすことも効果があります。
Q. 介護職員1人で対応するのが難しいときはどうすればよいですか?
離設のリスクが高い場合は無理に1人で対応せず、複数名で見守り、必要に応じてリーダー・看護職を呼びます。ケアプランに「帰宅願望出現時の対応手順」を記載し、夜勤者にも引き継いでチーム全体で対応できる体制を整えておきます。
まとめ
帰宅願望は「困った行動」ではなく、本人の不安や役割感がそのまま言葉になったサインです。否定せず・遮らず・本人の世界観に寄り添い、一緒に歩く・役割を渡す・五感の環境を整えるといった工夫で多くは落ち着いていきます。鍵で閉じ込めるのではなく、不安そのものを軽くするケアこそが、現場のプロが実践する帰宅願望対応です。
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執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
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