真夜中でも「ただ話したい」に応える|英国シルバーラインが受けた140万件超の電話

真夜中でも「ただ話したい」に応える|英国シルバーラインが受けた140万件超の電話

英国の高齢者向け24時間無料電話相談「ザ・シルバーライン」。エスター・ランツェンが自らの孤独から始めた仕組みと、日本の高齢者の孤独対策への示唆。

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英国では2013年、24時間無料で高齢者の話し相手になる電話相談「ザ・シルバーライン(The Silver Line)」が全国展開し、これまでに140万件を超える通話を受けてきた。元テレビ司会者エスター・ランツェンが自身の孤独体験から立ち上げたこの仕組みは、単発の相談だけでなく「毎週決まった相手と話す」友達マッチングの制度を持つ点が特徴だ。日本の高齢者見守りの多くが「訪問」や「センサー」に偏るなか、この英国発の仕組みは何を補っているのか読み解く。

目次

夜中の2時、電話が鳴る。受話器の向こうにいるのは、誰かに「おやすみ」と言ってもらいたいだけの高齢の女性かもしれない。あるいは、夫を亡くしてから一度も声を出して笑っていない男性かもしれない。

英国には、こうした電話を24時間365日、無料で受け続ける仕組みがある。「ザ・シルバーライン(The Silver Line)」。2013年に全国展開してから、これまでに140万件を超える通話を受けてきた高齢者専用の電話相談だ。

この記事では、シルバーラインがどのように生まれ、どんな仕組みで支え続けているのかを一次資料で確認したうえで、日本の高齢者の孤独対策にどんな示唆があるのかを考える。

始まりは、司会者自身の「孤独」だった

71歳で気づいた「空っぽの部屋」

シルバーラインを立ち上げたのは、英国で長年活躍したテレビ司会者・ジャーナリストのエスター・ランツェン(Dame Esther Rantzen DBE)である。彼女は児童向け電話相談「チャイルドライン(ChildLine)」を1986年に創設した人物としても知られる。

ランツェン自身の説明によれば、きっかけは2011年、71歳で初めて一人暮らしを経験したことだった。「忙しくもあったし、健康でもあった。それでも一日の終わりには誰もいない部屋に帰る。暗くて、寒くて、一緒にお茶を飲む相手も、テレビを見る相手もいなかった」と、公式サイトに掲載された本人の言葉で振り返っている。

2011年8月、この経験を新聞記事に書いたところ、驚くほど多くの高齢者から反響が届いた。配偶者を亡くしたあとの孤独、何日も誰とも話さない日々、家族の「お荷物」になっているという感覚。ランツェンは「孤独への偏見をなくす方法があるはずだ」と考えるようになり、「孤独をなくすキャンペーン(Campaign to End Loneliness)」が主催したパネルディスカッションで、「高齢者専用の電話相談があればいい」というアイデアに至ったという。

地域パイロットから全国展開へ

アイデアから約1年の調査・資金集め・準備を経て、2012年11月にグレーターマンチェスターとマン島で地域限定のパイロット運用が始まった。コミック・リリーフ(Comic Relief)からの追加資金により、2013年には北東イングランドとジャージー島にも対象が広がっている。パイロット期間中に受けた通話は8,000件で、利用者の多くは60〜80代だった。

この結果は、独立した第三者機関である社会正義センター(Centre for Social Justice)が評価しており、「電話を切るとき、自分が人類の一員だと感じられる」という利用者の声が記録されている。

そして2013年11月25日、ビッグ・ロッタリー基金(Big Lottery Fund)から500万ポンドの助成を受け、シルバーラインは全国サービスとして正式に開始した。無料電話番号「0800 4 70 80 90」は、BBCの看板番組でも紹介され、開始から2週間で1万1,000件の通話が寄せられている。

「ただ話したい」が押し寄せた1年目、そして今

開設1年で30万件近い通話

BBCニュースの報道(2014年12月)によれば、シルバーラインは開設から1年間でおよそ30万件の通話を受け、その大半が「孤独」や「孤立」に関する内容だった。電話をかけてきた人の半数以上が「話す相手が自分にはほかにいない」と伝えていたという。

ランツェンは当時、「この国に孤独が存在することはわかっていた。しかし65歳以上の人々が抱える孤独と孤立の広がりは、私たちを驚かせ、危機感を抱かせるものだった」と語っている。

取材に応じた85歳のドロシー・ミルズさんは、58年連れ添った夫を亡くし、子どももおらず、唯一の兄弟は海外在住だった。「孤独は目に見えないし、匂いもしない。でも感じる。見捨てられたような感覚」とBBCに語っている。ミルズさんはシルバーラインの毎週の電話を心待ちにしており、「友達同士が話すように、何でも話せる。おかげでまた生きている実感がある」と述べた。

「話し相手」のマッチング制度「シルバーライン・フレンズ」

シルバーラインの特徴は、単発の相談窓口にとどまらない点にある。ボランティアが定期的に電話をかける「シルバーライン・フレンズ」という友達マッチングの仕組みを持ち、Wikipediaが集約する公的資料によれば、約3,000人のボランティアがこの役割を担っている。相性を考慮してペアリングされ、毎週決まった時間に電話で会話する。共通の関心を持つ人同士がグループで話す「シルバーサークル」という制度も別に用意されている。

2016年には英国アングリア・ラスキン大学(Anglia Ruskin University)が独立評価を実施し、この「フレンズ」による友達マッチングを利用した人の3人に1人以上で、孤独感の指標が有意に改善したと報告している。

コロナ禍を経て、今も鳴り続ける電話

2019年6月には、全国展開からおよそ6年で通話数が250万件に達した。新型コロナウイルス流行下の2020年3月〜2021年3月の1年間だけで27万件超の通話を受け、これは1時間あたり約30件のペースにあたる。現在は週あたり約1万件の通話があり、その3分の2は夜間や週末(他の高齢者向け相談窓口が対応していない時間帯)に集中しているという。2019年には運営がエイジUK(Age UK)と統合されたが、シルバーラインは独自のブランド・登録番号を保ったまま、エイジUKの一事業として運営が続いている。

日本の高齢者の孤独対策に、何が足りていないか

孤独は「感情の話」ではなく「健康リスク」

シルバーラインが前提にしているのは、孤独が単なる寂しさの問題ではなく、健康に直結するリスクだという理解だ。千葉大学などが日本老年学的評価研究(JAGES)の高齢者3万7,604人を約6年間追跡した研究では、社会的に孤立している人は総死亡リスクが1.20倍、心血管疾患による死亡リスクが1.22倍に上昇していた(JAMA Network Open、2024年掲載)。世界保健機関(WHO)も2024年に「社会的つながりに関する委員会」を設け、孤独と社会的孤立を「世界的な公衆衛生上の懸念」と位置づけている。社会的孤立・孤独と死亡リスクの関係については、メタ解析エビデンスをまとめた記事で詳しく取り上げている。

日本の見守りは「訪問」と「センサー」に厚い

日本の高齢者見守りの主流は、郵便局員による月1回の「みまもり訪問サービス」、地域包括支援センターや民生委員による声かけ、自治体の緊急通報システム、人感センサーやカメラを使った設置型サービスなど、いずれも「異変への気づき」や「安否確認」に軸足がある。総務省の行政評価報告書も、社会的孤立を「家族や地域社会との交流が客観的にみて著しく乏しい状態」と定義し、孤立死対策の文脈で見守り施策の必要性を整理してきた。

これらは重要な仕組みだが、シルバーラインが引き受けているのは、それとは少し違う需要である。「安否は確認できているが、話し相手がいない」「元気だが、誰かと雑談したい」という、緊急性のない、しかし毎日続く孤独感だ。実際、シルバーラインへの通話の3分の2は夜間や週末に集中しており、多くの利用者が「誰かと話したいだけ」で電話をかけてくる。安否確認の網の目をすり抜ける、この「声を聞く接点」の空白こそ、シルバーラインが埋めている部分だといえる。

技術に置き換えられない部分

近年は会話AIやスマートスピーカーを高齢者の孤独対策に活用する動きもあり、音声アシスタントが高齢者の孤独に与える効果を検証した研究では一定の効果が報告されている。ただし、シルバーラインが積み上げてきたのは、あくまで人がボランティアとして毎週電話をかけ続ける「関係の継続」であり、これは録音音声やAIでは代替しにくい部分でもある。日本でも民間の電話見守りサービスは存在するが、シルバーラインのように「話し相手を毎週マッチングする」制度を、無料かつ全国規模の相談窓口として運営している例は多くない。訪問・センサー型の安否確認と、電話による関係継続型の孤独対策は、どちらか一方では代替できない、補完関係にある仕組みだと考えられる。

参考文献・出典

まとめ

シルバーラインが証明したのは、特別な技術ではなく「電話が鳴ったら、必ず誰かが出る」という単純な約束を、24時間365日守り続けることの重みだった。エスター・ランツェンが71歳で経験した「空っぽの部屋」の感覚は、多くの高齢者にとって他人事ではない。日本でも一人暮らし高齢者の世帯は増え続けており、安否確認の網を張るだけでなく、「今日は誰かと話したか」を気にかける仕組みが、これからさらに必要になっていくだろう。

あなたの身近にいる高齢の家族や近所の人は、今日、誰かと言葉を交わしただろうか。訪問や見守りのその先にある「話し相手がいるかどうか」という問いを、一度立ち止まって考えてみてほしい。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

介護業界の転職・キャリア情報を発信。厚生労働省の公的データと現場の声をもとに、介護職で働く方・転職を検討する方に役立つ情報をお届けしています。

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