
カスハラ対策、全介護事業者に義務化へ|黒田老健局長「運営基準に位置付け」と明言、令和9年度改定で検討
厚生労働省の黒田秀郎老健局長は2026年6月18日の参院厚労委で、カスタマーハラスメント対策をすべての介護事業者に義務付ける方針を改めて示した。運営基準への位置付けを念頭に令和9年度(2027年度)介護報酬改定で検討。川口市のケアマネ殺害事件が議論を加速させている。
この記事のポイント
厚生労働省で介護保険制度を所管する老健局の黒田秀郎局長は2026年6月18日の参議院・厚生労働委員会で、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策をすべての介護事業者に義務付ける方針を改めて示した。来年度に控える令和9年度(2027年度)の介護報酬改定を念頭に、各サービスの運営基準に事業者の取り組みを位置付けることを検討すると明言した。背景には、2026年10月に全企業を対象としたカスハラ防止措置を義務化する改正労働施策総合推進法の施行と、利用者宅でケアマネジャーが殺害された埼玉県川口市の事件がある。介護職にとっては、これまで「個人の我慢」で処理されがちだった利用者・家族からの暴言や性的言動への対応が、事業所と国の責任として制度に書き込まれる転換点を意味する。
目次
解説動画|カスハラ対策の全介護事業者への義務化
介護や福祉の現場では、利用者やその家族からの暴言、理不尽な要求、性的な言動が長く問題視されてきた。しかし、その多くは「認知症だから仕方ない」「対人援助の仕事だから」という言葉で片づけられ、被害を受けた職員個人の我慢に委ねられてきた面がある。
その構図が、いま制度のレベルで変わろうとしている。厚生労働省は、利用者・家族によるカスタマーハラスメント(カスハラ)への対応を、すべての介護事業者に義務付ける方針を固めている。2026年6月18日の国会答弁で、その意思があらためて公式に示された。
この記事では、黒田秀郎老健局長が国会で何を述べたのか、なぜいまカスハラの義務化が動いているのか(労働法と介護保険という二つの制度の合流点)、そして現場で働く介護職・ケアマネジャーにとって何が変わるのかを、一次情報と公的データをもとに整理する。義務化は介護を受ける側にとっても無関係ではない。利用者・家族の正当な意見表明とカスハラの線引きをどう考えるかも、あわせて見ていく。
黒田老健局長、参院厚労委で「運営基準への位置付け」を明言
「安心して働ける環境の整備が重要」と強調
厚生労働省で介護保険制度を所管する老健局の黒田秀郎局長は、2026年6月18日に開かれた参議院・厚生労働委員会で、カスタマーハラスメントから介護従事者を守る対策を、すべての介護事業者に義務付ける方針を改めて示した。公明党の川村雄大議員の質問に対する答弁である。
黒田局長は委員会で、「介護従事者が利用者やその家族などからハラスメントを受けることなく、安心して働ける環境の整備が重要」と強調。そのうえで、「介護事業者が取り組むべきことの運営基準への位置付けなど、必要な措置を検討して講じる」と述べた。
ここでのポイントは「運営基準への位置付け」という言葉だ。運営基準とは、介護保険サービスを提供する事業者が守らなければならない国の決まりであり、これに違反すれば指定の取り消しや報酬の減算といった行政上のペナルティの対象になり得る。つまり、カスハラ対策を「やったほうがよい努力目標」から「やらなければならない義務」へと格上げする、という意味を持つ。
来年度=令和9年度の介護報酬改定を念頭に検討
黒田局長は、各サービスの運営基準を厳格化する考えを示し、来年度に控える令和9年度(2027年度)の介護報酬改定を念頭に、社会保障審議会の審議会で詳しい検討を進める方針を説明した。介護報酬改定は3年に1度のサイクルで行われ、次の改定は2027年度に予定されている。運営基準の見直しは、この改定にあわせて行われるのが通例だ。
実は、すべての介護事業者にカスハラ対策を義務付ける意向そのものは、これが初めての表明ではない。厚労省は2025年末の審議会の段階で、運営基準などの改正を通じてカスハラ対策を全事業者に義務付ける方向性を示していた。今回の国会答弁は、その方針を国権の最高機関である国会の場で局長が改めて確認した、という位置づけになる。
ケアマネ殺害事件を受けた問いへの答弁だった
この答弁は、埼玉県川口市で利用者宅を訪れたケアマネジャーが殺害された事件を受けて、介護従事者を守る体制をどう強化するかを問われる中で示されたものだ。委員会では、改正案に対する15項目の附帯決議も採択され、上野賢一郎厚労相は「附帯決議の趣旨を十分に尊重して努力していく」と述べた。
カスハラ義務化の動きは、川口の事件だけを理由に突然始まったものではない。だが、訪問先で支援者の命が奪われるという最悪の形で「現場の安全」が可視化されたことで、長く積み残されてきた議論に強い後押しがかかったことは間違いない。
パワハラ・セクハラに続く「3つ目の義務」
事業者に防止措置が義務付けられているハラスメントは、これまで主にパワーハラスメント(職場の上司・同僚間)、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児介護休業に関するハラスメントだった。いずれも「職場の内側」、つまり雇う側と働く側、あるいは働く人どうしの関係に焦点を当てたものだ。
これに対しカスタマーハラスメントは、顧客や利用者など「職場の外側」から向けられる言動を対象にする。介護でいえば、利用者やその家族からの行為がこれにあたる。事業者にとっては、職場の内側に加えて外側からの加害にも組織として備えなければならない、という新しい段階に入ることを意味する。介護現場は、サービスの相手がそのまま「ハラスメントの行為者」になりうるという、他業種とは異なる難しさを抱えている。
データで見る介護現場のハラスメント被害の広がり
訪問介護では職員の約半数が被害を経験
カスハラ義務化が「現場の悲鳴」を背景にしていることは、公的なデータからも裏づけられる。厚生労働省が2019年に公表した介護現場のハラスメントに関する調査研究では、サービス種別によって差はあるものの、利用者や家族からハラスメントを受けた経験のある介護従事者は約4割から7割にのぼった。特に密室になりやすい訪問系サービスでは、訪問介護職員の約半数が被害を経験し、身体的暴力が4割超、性的な言動を含むセクシュアルハラスメントが4割近くを占めるとされた。
利用者・家族からの行為は、大きく身体的暴力(物を投げる、叩く、唾を吐きかける等)、精神的暴力(怒鳴る、人格を否定する暴言、執拗なクレーム等)、セクシュアルハラスメント(不必要に体に触れる、性的な発言を繰り返す等)の3類型に整理されている。いずれも、状況によっては暴行罪・傷害罪・不同意わいせつ罪などの犯罪に該当しうる行為だ。
ケアマネの3割が被害、加害者の7割は「利用者の家族」
居宅でのモニタリングが業務の中心となるケアマネジャーも例外ではない。ケアマネの業界団体である日本介護支援専門員協会が2024年11月から12月に実施した調査では、ケアマネジャーの約3割が過去1年間に言葉の暴力や精神的な攻撃などを経験していた。さらに「誰から受けたか」を複数回答で尋ねると、約7割が利用者の家族など、利用者本人は約4割だった。
「利用者本人より家族からの被害が多い」という構図は、介護現場のハラスメントを考えるうえで見落とせない。サービスへの過剰な期待、事故後の責任追及、金銭をめぐる思い込みなど、利用者本人のケアとは別の力学が、支援者に向けられることがあるからだ。
被害は離職に直結する
ハラスメントの深刻さは、被害そのものにとどまらない。労働組合などの調査では、ハラスメントを経験した職員は、経験していない職員に比べて「仕事を続けたいと思わない」「早く辞めたい」と感じる割合が倍以上に高まる傾向が繰り返し示されている。慢性的な人手不足に苦しむ介護業界にとって、カスハラは「働く人を直接削り取っていくリスク」でもある。
つまりカスハラ対策は、職員を守る労働安全衛生の問題であると同時に、介護人材の確保・定着という政策課題と一直線につながっている。義務化が「現場保護」と「人材確保」の両方の文脈で語られるのは、このためだ。
「密室」と「サービス範囲のあいまいさ」がリスクを高める
厚労省がまとめた事例からは、ハラスメントが起きやすい状況の共通点も見えてくる。一つは環境面のリスクだ。出口が遠い、近くに他の職員がいない、訪問先の周囲に住宅が少ないといった「助けを求めても声が届きにくい密室」では、職員が危険にさらされやすい。訪問系サービスでセクハラや身体的暴力の被害が多いのは、この一対一の構造と無縁ではない。
もう一つは、提供するサービスの範囲や約束事が、利用者・家族と十分に共有されていない場合だ。契約の範囲を超えた要求が常態化していたり、事故後の対応がこじれたりすると、苦情が暴言へとエスカレートしていく。厚労省のマニュアルが、契約時の丁寧な説明や、苦情への組織的・統一的な対応を予防策として重視しているのは、こうした実態を踏まえてのことだ。これらはいずれも、個々の職員の機転ではなく、事業所としての体制で備えるべき領域であり、運営基準への位置付けが意味を持つ理由でもある。
独自解説:労働法と介護保険、二つの制度が合流する
2026年10月、全企業にカスハラ防止が義務化される
今回の介護分野の動きを正確に理解するには、もう一つの制度の流れを押さえる必要がある。労働法の改正だ。
2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)により、2026年10月1日から、すべての事業主にカスタマーハラスメントを防止するための雇用管理上の措置が義務付けられる。これは介護に限らず、小売・飲食・運輸など、あらゆる業種の全企業が対象だ。事業主には、カスハラには毅然と対応し労働者を守るという方針の明確化と周知、相談窓口の整備、発生後の迅速な対応などが求められる。
つまり介護事業者は、業種を問わない労働法のルートで、まず2026年10月から「雇う側」としてのカスハラ防止義務を負う。これは介護報酬改定を待たずに発生する義務である。
介護保険の運営基準は「もう一段深い」義務
では、今回の黒田局長の答弁にある「運営基準への位置付け」は、この労働法の義務と何が違うのか。ここがこの記事の核心だ。
労働施策総合推進法が求めるのは、あくまで「事業主が労働者を守る雇用管理上の措置」である。一方、介護保険の運営基準は、介護サービスそのものの提供ルールだ。運営基準にカスハラ対策が書き込まれれば、契約時の利用者・家族への説明、カスハラが続く場合のサービス提供のあり方、危険が予見される利用者宅への訪問体制といった、介護サービスの内容そのものに踏み込んだ対応が、サービス提供の条件として位置付けられる可能性がある。
言い換えれば、介護現場は「雇用主としての労働法上の義務(2026年10月〜)」と「サービス提供事業者としての介護保険上の義務(2027年度改定で検討)」という、性格の異なる二重の義務に向き合うことになる。この二段構えは、介護という仕事が「人を雇って働かせる場」であると同時に「利用者の生活に深く入り込む場」でもある、という特殊性から生まれている。
線引きの難しさ:認知症の症状とカスハラ
義務化の議論で必ず浮上するのが、認知症などの症状に起因する言動をどう扱うか、という問題だ。認知症の行動・心理症状(BPSD)やせん妄として現れる暴言や行為は、本人の意図的なハラスメントとは言い切れない。利用者・家族の正当な意見表明や、障害のある人が合理的配慮を求めること自体も、当然カスハラではない。
厚労省のハラスメント対策マニュアルは、こうした病態に起因する行為であっても、職員の安全と健康は守られるべきだという基本姿勢を示している。重要なのは、行為者に責任能力があるかどうかにかかわらず、被害を受ける職員の苦痛は同じだという視点だ。義務化にあたっては、この線引きをめぐる慎重な指針づくりが、現場が納得して運用できるかどうかの分かれ目になる。
義務化までのスケジュールと、現場が今できること
時間軸を整理すると、まず2026年10月に労働施策総合推進法によるカスハラ防止義務が全企業で施行される。これは介護事業者にも当然適用される。その後、介護保険固有の運営基準への位置付けは、2027年度の介護報酬改定に向けた社会保障審議会・介護給付費分科会の議論を経て、具体的な要件が固まっていく見通しだ。改定の内容が固まるのは2026年度後半から2027年初めにかけてとみられ、施行は2027年度になる。
この間、現場の事業所に求められるのは、施行を待つのではなく前倒しで体制を整えることだ。具体的には、カスハラには毅然と対応し職員を守るという方針を文書で明確にし、職員に周知すること。相談窓口を設け、誰に相談しても同じ対応がとれるよう事業所内で対応方針を統一すること。そして、事案を一人の職員に抱え込ませず、記録に基づいて組織として対応する流れをつくることである。これらは2026年10月の労働法上の義務とも重なり、早く着手するほど、職員の安心と定着につながっていく。
独自解説:「単独訪問の安全」という積み残された宿題
看護にはある「二人で行く」仕組みが、福祉にはない
川口市の事件があぶり出したのは、カスハラという言葉だけでは収まらない、より深い制度の空白だ。それは「危険が予見されるとき、複数人で訪問する」という安全策が、福祉の報酬体系にほとんど組み込まれていない、という問題である。
訪問看護には、利用者の状態などに応じて複数名で訪問した場合を評価する仕組みがある。一方、ケアマネジャーが担う居宅介護支援や、障害福祉の計画相談支援では、報酬は「計画1件あたり月いくら」という定額が基本だ。危険を察知して二人で訪問しても、その一回に追加の評価が乗る作りには、そのままではなっていない。安全のための二人体制が、事業所の持ち出しになりやすい構造がある。
事件後、埼玉県の大野元裕知事は記者会見で「(ケアマネが)複数で訪問できる制度が必要だ。国に対しても強く訴えていきたい」と述べた。同県では2022年1月にも、ふじみ野市で在宅医療を担う医師が訪問先で殺害される事件が起きており、訪問する専門職の安全は繰り返し問われてきた論点だ。
居宅訪問は「原則必須」、しかし安全の根拠は乏しい
介護保険の居宅介護支援では、運営基準が、ケアマネジャーは少なくとも月1回利用者と面接し、その面接は原則として利用者の居宅を訪問して行うことを求めている。テレビ電話などによる代替は、一定要件を満たした例外にとどまる。
ここで見落とせないのは、訪問を回避・代替できる例外が、これまで「利用者側の事情」(入院、訪問拒否、プライバシーへの配慮など)を起点に組み立てられてきた点だ。「訪問する専門職の側の安全が脅かされうるから訪問を代替する」という発想は、制度の中にほとんど位置づけられていない。カスハラ対策の義務化を本当に実効性あるものにするなら、運営基準への対策の書き込みと同時に、危険が予見される場合の複数名訪問や訪問代替を、報酬と基準の両面で支える設計まで踏み込めるかが問われる。
現場で働く人にとって、何が変わるのか
では、介護職やケアマネジャーとして働く人にとって、この義務化は何を意味するのか。短期的には、所属する事業所が2026年10月のカスハラ防止義務に向けて、相談窓口の整備、対応マニュアルの作成、一人で抱え込ませない報告体制づくりを進めることが期待できる。「嫌だ」「怖い」と感じた段階で上司に報告し、組織として動く、という流れが当たり前になっていく。
中長期的には、2027年度改定で運営基準にカスハラ対策が書き込まれれば、「職員を守るかどうか」が事業所選びの基準として可視化されていく可能性がある。転職や職場選びの際に、ハラスメント相談体制や訪問時の安全配慮がどう整っているかは、給与や勤務形態と並ぶ重要なチェックポイントになるだろう。安心して長く働ける現場を見極める目を持つことが、これからの介護のキャリアでは一段と大切になる。
2027年度は介護と障害福祉が同時改定を迎える
もう一つ押さえておきたいのは、2027年度が介護報酬と障害福祉サービス等報酬の同時改定の年にあたる点だ。障害福祉の計画相談支援でも、相談支援専門員が利用者の居宅を訪問する場面は多く、単独訪問の安全という課題は介護とほぼ同じ構造で存在する。カスハラ対策と訪問時の安全確保を、介護と障害福祉の双方にまたがる横断的な論点として議論できれば、一過性の対応ではなく、制度としての受け皿づくりにつながる可能性がある。次の改定が、現場の安全をどこまで本気で制度に組み込むのか。その姿勢が問われる改定になりそうだ。
参考文献・出典
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- [5]埼玉・川口で殺害されたケアマネジャー女性、玄関で襲われたか- 読売新聞(2026年6月3日)
川口市のケアマネ殺害事件の詳細と、日本介護支援専門員協会調査(ケアマネの約3割がカスハラ経験・うち約7割が利用者の家族)を報道。
- [6]
まとめ
厚生労働省の黒田秀郎老健局長は2026年6月18日の参院厚労委で、カスタマーハラスメント対策をすべての介護事業者に義務付ける方針を改めて示し、各サービスの運営基準への位置付けを令和9年度(2027年度)介護報酬改定で検討すると明言した。介護現場は、2026年10月に全企業へ施行される改正労働施策総合推進法のカスハラ防止義務と、介護保険の運営基準によるサービス提供上の義務という、二重のルールに向き合うことになる。
その背景には、訪問介護職員の約半数、ケアマネジャーの約3割がハラスメント被害を経験し、しかも加害者の多くが利用者の家族であるという深刻な実態がある。川口市のケアマネ殺害事件は、「単独訪問の安全」という積み残された宿題を、最も痛ましい形で社会に突きつけた。義務化を実効性あるものにできるかは、運営基準への書き込みにとどまらず、危険が予見される場合の複数名訪問を報酬で支える設計まで踏み込めるかにかかっている。介護を受ける側にとっても、正当な意見表明とカスハラの線引きを共有することは、安心してケアを受け続けるための前提になる。
この義務化は、長らく「対人援助の仕事だから」と職員個人に背負わせてきた負担を、事業所と国の責任として正面から引き受け直す動きでもある。介護の仕事を志す人が、暴言や暴力に一人でさらされる心配なく働き続けられるかどうかは、業界が人材を確保し続けられるかどうかと表裏一体だ。制度が現場の安全をどこまで支えられるか、2027年度改定に向けた審議をていねいに追っていきたい。
あなたが働く現場、あるいは家族が支援を受ける現場では、職員を守る体制はどこまで整っているだろうか。
執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
介護業界の転職・キャリア情報を発信。厚生労働省の公的データと現場の声をもとに、介護職で働く方・転職を検討する方に役立つ情報をお届けしています。
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