管理職ゼロで満足度トップ|オランダ「ビュートゾルフ」看護師10人チームが訪問看護を変えた理由

管理職ゼロで満足度トップ|オランダ「ビュートゾルフ」看護師10人チームが訪問看護を変えた理由

オランダの訪問看護組織ビュートゾルフは管理職を置かず、看護師10〜12人の自律チームが地域の患者を担当する。2006年の創設から広がった仕組みと、日本の実践例を読み解く。

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オランダの訪問看護組織「ビュートゾルフ(Buurtzorg)」は、管理職を一人も置かず、看護師10〜12人の小さなチームが地域の患者50〜60人を丸ごと担当する。2006年にたった4人で始まったこの仕組みは、患者満足度・職員満足度で国内トップクラスの評価を得ながら世界25カ国近くに広がり、日本でも千葉県柏市で同じモデルを掲げる訪問看護ステーションが実際に運営されている。管理と自律のバランスに悩む日本の訪問看護・訪問介護の現場に、具体的な選択肢を示す話でもある。

目次

オランダの田舎町アルメロで、4人の看護師が小さな組織を立ち上げたのは2006年のことだった。特別な資本も、壮大な事業計画もない。あったのは「もう一度、患者と向き合える看護に戻りたい」という一点の思いだけだった。

その組織の名は「ビュートゾルフ(Buurtzorg)」。オランダ語で「近隣のケア」を意味する。この組織には、いまも部長も課長もマネージャーもいない。看護師10〜12人の小さなチームが、地域の患者50〜60人のケア計画・スケジュール・新規採用までをすべて自分たちで決める。それだけの仕組みが、気づけばオランダで1万人を超える看護師を抱える最大級の訪問看護組織に育ち、患者満足度・職員満足度で国内トップの評価を得た。そして今、世界の医療・介護制度が「管理職ゼロ」のこの仕組みに注目している。

階層をなくすと、現場は本当にうまく回るのか。日本の訪問看護・訪問介護が抱える「管理する側・される側」の疲弊に、この話は何を示すだろうか。

「効率化」が壊した現場、看護師4人が起こした反乱

細分化されたケアへの違和感

ビュートゾルフの創設者、ヨス・デ・ブロック氏は、もともと訪問看護師として現場に立ち、その後は大手在宅ケア組織の経営幹部として10年近くを過ごした人物だった。現場と経営、両方の椅子に座った経験が、彼にオランダの在宅ケアが抱える構造的な問題を見せていた。

1990年代以降、オランダの訪問看護は「効率化」を掲げて組織化が進んだ。コールセンターが新規のケア依頼を受け付け、ケアプランナーやマネージャーが看護師の仕事を管理し、患者宅から患者宅への移動時間を最短化する。その結果、看護師は細分化された「指示された仕事」をこなすだけの存在になり、患者も日替わりで訪れる看護師と信頼関係を築けなくなっていった。ハーバード・ビジネス・スクールが公開したケーススタディで、デ・ブロック氏は当時をこう振り返っている。「誰も自分が必要だと思うことを、本当にはできなくなっていた。その結果、患者ケアの質が損なわれた」。

2006年、4人で始まった小さな組織

デ・ブロック氏は、共同創設者のゴニー・クローネンベルフ氏、アルド・レフェリンク氏ら3人の看護師とともに、2006年にビュートゾルフを非営利組織として設立した。目指したのは、豪華なオフィスも、分厚い管理階層もない、シンプルな組織だった。翌2007年、アルメロという小さな町でたった1チームから活動を始める。

掲げた原則は3つ。「官僚制よりも人間性を」「複雑さよりもシンプルさを」「理屈よりも実践を」。この原則のもとで作られたのが、看護師10〜12人の自律チームが地域の患者を担当する仕組みだった。チームが12人を超えれば2つに分割し、6人を下回れば別のチームと統合する。この規模には理由がある。1つのテーブルを囲んで全員で話し合える人数、というのがビュートゾルフの考え方だ。

ケア時間は6割、患者満足度はトップ|数字が示した逆説

「管理しない」ことで生まれた効率

ビュートゾルフのチームは、ケア計画の立案から実施、スケジュール調整、新規患者の受け入れ、さらには新しい看護師の採用面接まで、すべてを自分たちで判断する。本部が担うのは、雇用契約や財務処理といった総務的な機能だけだ。看護師は独自のIT基盤「Buurtzorg Web」を使って、記録やスケジュール管理、他チームとの情報共有を行う。研修も自分たちで選び、チームの収益の3%までは本部の承認なしに研修費として使える裁量が与えられている。

この「管理しない」仕組みが、皮肉にも高い効率を生んだ。2009年に会計事務所アーンスト・アンド・ヤングが行った調査では、当時まだ規模の小さかったビュートゾルフが、認可されたケア時間のうち実際に使った時間は平均40%にとどまっていた。他の在宅ケア組織の平均は70%。同じ質のケアを届けるのに、ビュートゾルフは他組織よりも大幅に少ない時間で済ませていたことになる。米国の医療政策シンクタンク、コモンウェルス財団のケーススタディは、この理由を「患者の自立支援を軸にしたケアが、結果的に必要なケア時間そのものを減らした」からだと分析している。

職員も患者も、満足度は業界トップ水準

数字はケア時間だけではない。オランダ政府の調査でも、ビュートゾルフの患者満足度は繰り返し高い評価を得ている。従業員1,000人以上のオランダ企業を対象にした複数年の調査でも、ビュートゾルフは最も職員満足度の高い企業の一つに挙げられてきた。ハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディによれば、同業他社と比較して患者満足度は30%高く、欠勤率・間接コスト・離職率はいずれも3分の1から3分の2低いという。

2007年に1チームから始まったビュートゾルフは、2010年には250チーム超、2013年末には630チーム・7,188人の看護師を抱える規模に育った。現在ではオランダ国内だけで約900チーム、1万人を超える看護師と社会ケアワーカーが働く組織になっている。ただし成長には批判もついてきた。競合他社からは「複雑で診療報酬の単価が高い患者を選んで受け入れているのではないか」との指摘もあったが、これを裏づける確たる証拠は見つかっていないと学術レビューは指摘している。急な対応が必要なケースで他機関に頼らざるを得ない場面があるという課題も報告されている。

日本にもある「ビュートゾルフ柏」|千葉県柏市の実践から見えるもの

2015年、柏市で始まった小さなチーム

「オランダだからできたのでは」「日本とは事情が違うのでは」。ビュートゾルフの話を聞くと、そう感じる読者も多いはずだ。しかし、このモデルを実際に日本で実践している人がいる。看護師・保健師の吉江悟さんは2015年、千葉県柏市に「ビュートゾルフ柏」を開設した。立ち上げ前にはオランダを訪れ、デ・ブロック氏らに直接話を聞いたという。

柏の拠点は、吉江さん自身を含む看護師4人でスタートし、現在は13人まで増えている。新規採用の判断はオランダと同じくチームで行い、賞与も独特な方法で決める。勤務日数に応じて持ち点を配分し、「賞与をあげたいと思う自分以外のメンバー」に投票してもらう仕組みだ。吉江さんは名目上・対外的には「管理者」だが、あくまでチームの一員として同じ投票権しか持たない。「管理者として、評価のプレッシャーから解放される」と朝日新聞GLOBE+の取材に語っている。

日本の制度に合わせた調整も

そのままオランダのやり方を持ち込んだわけではない。日本では看護師と介護福祉士の資格が別々に存在するため、同じチームに看護師と介護職が混在すると階層が生まれやすいと考え、ビュートゾルフ柏のチームは看護師だけで構成している(理学療法士・作業療法士は別チーム編成)。オランダ発の理念を、日本の資格制度や労働文化に合わせて調整している点は、海外モデルをそのまま輸入するのではなく「翻訳」する作業の難しさと可能性の両方を示している。

吉江さんは、チームメンバーの反応にも幅があると明かす。「自分から動くことを苦にしない人もいれば、指示をしてもらう方が動きやすいという人もいる」。特に加入直後は「そこまで自分たちで決めなきゃいけないのか」と戸惑う人も少なくないという。「日本では『すべてのことに自分は意見を言ってよい』という教育を受けていないことも影響しているのでは」と吉江さんは推測する一方、「体験することによって変わる部分は大きい」とも語っている。

「管理職の疲弊」という日本の課題への示唆

日本の介護施設の離職率は改善傾向にあるとはいえ、依然として現場の疲弊は大きな課題だ。とりわけ訪問系サービスでは、限られた人員の中で管理者がシフト調整・クレーム対応・書類作成まで一手に担い、疲弊して離職に至るケースも報告されている。ビュートゾルフの仕組みが示すのは、「管理職を増やして現場を支える」のとは逆の発想だ。むしろ管理の階層そのものを薄くし、現場の看護師・介護職に判断の裁量を戻すことで、疲弊の芽を摘むというアプローチである。

もちろん、これは万能薬ではない。オランダでも英国でも、ビュートゾルフ型の自律チームを既存の階層型組織にそのまま接ぎ木しようとして定着しなかった例が報告されている。自律には「自分たちで決められる」という自由と同時に、「自分たちで決めなければならない」という重さも伴う。それでも、管理職を厚くする以外の選択肢が実在し、日本の制度の中で試されているという事実は、訪問看護・訪問介護の働き方を考えるうえで具体的な参照点になる。訪問介護の報酬制度が変わっていく中で、「誰が何を決めるか」という組織のかたち自体を見直す視点は、日本の現場にとっても無縁ではないはずだ。

参考文献・出典

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まとめ

ビュートゾルフが証明したのは、「良い介護・看護には手厚い管理体制が必要だ」という前提そのものが、必ずしも正しくないということだった。管理職を置かず、看護師たちに判断の裁量を戻したチームは、少ないケア時間で高い満足度を実現し、20年近くをかけて世界25カ国近くに広がった。そして日本でも、千葉県柏市の小さな訪問看護ステーションが、同じ理念を日本の制度に合わせて実践し続けている。

もちろん、これがすべての現場に当てはまる正解ではない。自律には自由と同じだけの重さが伴うし、階層をなくす移行そのものが簡単ではないことも、海外の失敗例が示している。それでも、「管理する側とされる側」の対立構造だけが唯一の組織のかたちではない、という事実は、日本の訪問看護・訪問介護の現場で働く一人ひとりにとって、考えるきっかけになるのではないだろうか。あなたの職場では、誰が何を決めているだろうか。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

介護業界の転職・キャリア情報を発信。厚生労働省の公的データと現場の声をもとに、介護職で働く方・転職を検討する方に役立つ情報をお届けしています。

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