薬で抑えない認知症ケア|デンマークの小さな施設ダウマースミンデが実践する「思いやりの治療」

薬で抑えない認知症ケア|デンマークの小さな施設ダウマースミンデが実践する「思いやりの治療」

デンマークの森のそばにある定員11人の認知症ケアホーム「ダウマースミンデ」。看護師メイ・ビエア・アイビーが向精神薬に頼らず、抱擁・自然・焼きたてのケーキで満たすケアを実践。日本の認知症ケアと看取りへの示唆を読み解く。

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デンマークの森のそばにある定員わずか11人の認知症ケアホーム「ダウマースミンデ(Dagmarsminde)」は、向精神薬や鎮静薬にできるだけ頼らず、抱擁・語らい・焼きたてのケーキ・自然との触れ合いで一日を満たす「思いやりの治療(Compassion Treatment)」を実践している。創設者は看護師のメイ・ビエア・アイビー。施設では入居者が平均1種類の薬で暮らし(全国の特養の中央値は8種類とされる)、向精神薬や認知症薬を減らせた例が研究でも報告されている。ただしこれは小規模な一施設の実践であり、効果の因果は慎重に見る必要がある。薬で行動を抑えるのではなく「人として満たす」という発想は、身体拘束や向精神薬の適正使用、パーソンセンタードケア、看取りに取り組む日本の現場に、静かな問いを投げかける。

目次

デンマークの首都コペンハーゲンから北へ車を走らせ、森のへりに小さな一軒の家がある。庭ではヤギや鶏、ウサギ、犬が放し飼いにされ、台所からは焼きたてのケーキの匂いが漂う。居間には観葉植物とアンティークの陶器、やわらかな照明。一見すると、どこにでもある居心地のよい家だ。しかしここは、重度の認知症を抱える人たちが暮らす「ダウマースミンデ(Dagmarsminde)」という名前のケアホームである。

この施設が世界の介護関係者の注目を集めるのは、その「やらないこと」のためだ。ダウマースミンデは、認知症の行動・心理症状を抑えるための向精神薬や鎮静薬に、できるかぎり頼らない。入居者が落ち着かないとき、不安げなとき、声を荒げたときに、薬で鎮めるのではなく、抱きしめ、手を握り、一緒にお茶を飲み、笑い、外の空気を吸いに出る。創設者の看護師メイ・ビエア・アイビーは、この方法を「思いやりの治療(Compassion Treatment)」と呼ぶ。

この記事では、複数の一次ソース(査読論文、ドキュメンタリー、創設者本人のインタビュー)をもとに、ダウマースミンデが何をしているのか、そしてその発想が向精神薬の適正使用や身体拘束の削減、看取りに向き合う日本の介護現場に何を問いかけるのかを読み解いていく。海外の理想を礼賛するためではない。小さな一施設の実践が抱える可能性と限界の両方を見すえながら、考えてみたい。

17歳の原体験から生まれた、森のそばの小さな施設

父が「輝きを失った」場所への問い

ダウマースミンデの物語は、創設者メイ・ビエア・アイビーの個人的な体験から始まる。彼女が初めて高齢者施設で働いたのは17歳のとき。そこで目にした荒廃と無関心の光景に、彼女は深く悲しみ、おびえたという。その経験が、かえって彼女を看護師の道へと進ませた。

やがて彼女の父も認知症を患う。そして皮肉なことに、父が入った施設は、かつて彼女の心に傷を残したあの場所と同じだった。父はそこで放っておかれ、ほとんどの時間を自室にひとりで座って過ごし、彼女の言葉を借りれば「輝きを失って」亡くなった。CBCのインタビューでアイビーは、施設で見た光景をこう振り返っている。「私は、私たち誰もが知っているあの施設的な環境に、悲しく、疲れていました。だから、その正反対のものをつくり、家に変えようとしたのです」。

看護師が自ら土地を買い、家を建てた

アイビーは大学院で看護学の修士号を取得した正規の看護師である。彼女は何年もかけて貯金をし、土地を買い、自ら理想とするケアホームを建てた。2016年、コペンハーゲン近郊のグレステズ(Græsted)に、ダウマースミンデは開設された。

規模は意図的に小さい。入居者は11人ほど。重度の認知症を抱える人が中心だ。ここでは、施設にありがちな無機質さをできるかぎり排し、本物の「家」であることを徹底する。伝統的な家具、本物の絵画、ラグ、アンティークの陶器。そして前述のとおり、ヤギや鶏、ウサギ、犬といった動物たちが入居者と同じ空間で暮らす。焼きたてのケーキの香り、静かな音楽、アロマオイル。五感に働きかける環境が、計算ではなく日常として整えられている。

アイビーの発想の源は、意外にも古い。彼女は近代看護の祖フローレンス・ナイチンゲールが約150年前に説いた看護の考え方や、デンマークの哲学者K・E・ロイストロプの倫理思想から着想を得たと語っている。新しい技術や装置で武装した施設をつくるのではなく、人が人を気づかうという、ごく根本的な営みに立ち返ること。それがダウマースミンデの設計思想だ。

「薬で抑える」のではなく「人として満たす」

診断名でも薬でもなく、その人の不安に向き合う

ダウマースミンデのケアの核心は、認知症の症状そのものを敵とみなさない点にある。アイビーは、入居者の細かな診断名や認知症薬に強い関心を持たない。なぜなら、それらが入居者の生活の質を高めるとは考えていないからだ。施設の根底には、ひとつの仮説がある。認知症とともに生きる人は、周囲や社会が自分に何を期待しているのか分からず、強いスティグマ(負の烙印)と不安を感じている。その不安こそが、落ち着きのなさや興奮、自尊心の低下を生む、という見立てだ。だからこそスタッフは、あえて診断や病気の話を前面に出さない。

では、入居者が不安や混乱を示したとき、どうするのか。査読論文に掲載された症例報告には、ひとりの女性「キアステン」の事例が記されている。入院時、彼女には抗精神病薬クエチアピンを含む複数の薬が処方されていた。ダウマースミンデのスタッフは、彼女の落ち着かなさを「抑えるべき症状」としてではなく、彼女の「人柄」として捉え直した。そして抗精神病薬は中止された。施設の報告によれば、入居者が服用する薬は平均してわずか1種類。これは、デンマークの特別養護老人ホームの入居者が服用する薬の中央値とされる8種類と比べて、際立って少ない。

「思いやり(Omsorg)」という土台

このケアを支えるのが、デンマーク語の「オムソー(Omsorg)」という概念だ。査読論文の著者らは、これを専門職が見せる制度的な「コンパッション」とは区別している。大切なのは、ケアする側の感情の動きではなく、苦しんでいるその人自身がどう感じ、その苦痛をどう和らげられるか。つまり、トラウマを処理するような大げさな枠組みではなく、ごく素朴で誠実な親切のふるまいである、と。スタッフと入居者のあいだに「あちら」と「こちら」の線を引かず、ひとつの「わたしたち」として共にいる。地位は対等でなくとも、尊厳においては対等だ、という考え方だ。

ダウマースミンデでは、日々が居間を中心に流れていく。食事、体操、新聞を読む時間といった共同の活動がゆるやかに用意される一方で、輪に加わらず「脇にいる」ことも許される。シャンパンやケーキが特別な理由なく食卓に並ぶこともある。「なぜなら、いけない理由がないから」。ドキュメンタリーはそう紹介する。アイビーが語る、ある印象的なエピソードがある。車いすで生活し、入居前は言葉を話せなかった女性が、到着時にスタッフと入居者から温かく迎えられたとき、ふたたび話しはじめたという。「誰かがまだ自分を愛してくれている、自分がこの人たちにとってかけがえのない存在だと、感じられなければならないのです」とアイビーは言う。

最期まで、この家で

ダウマースミンデは、入居から看取りまでをこの家で完結させることを目指す。前述の症例報告では、リハビリテーション(骨折後の歩行訓練など、機能の回復をあきらめない関わり)と、緩和ケアが同じ屋根の下で統合されている様子が描かれる。終末期には、オピオイドやベンゾジアゼピンといった薬も、家族に囲まれながら必要最小限の用量で用いられる。薬を一律に拒むのではなく、その人の苦痛を和らげるために、必要なときに最小限だけ使う。この姿勢は、施設の名を冠したドキュメンタリー「It Is Not Over Yet(まだ終わっていない)」(2021年、ルイーズ・デトレフセン監督)の題名にも表れている。

日本の現場へ|「減らす」「満たす」をどう自分ごとにするか

向精神薬と身体拘束をめぐる、同じ問い

ダウマースミンデの実践は、遠いデンマークの特殊な話に見えて、実は日本の介護現場が抱える課題とまっすぐに重なる。認知症の行動・心理症状(BPSD)に対して抗精神病薬をどう使うか、そして身体拘束をどこまで減らせるか。これらは日本でも長く議論されてきたテーマだ。

抗精神病薬については、認知症の人への使用が死亡リスクや脳血管障害のリスクを高めうることが、複数の研究で指摘されている。一方で、薬を減らすこと自体は可能であることも示されてきた(この点は認知症のBPSDに抗精神病薬を使うリスクと「やめる」研究エビデンスで詳しく扱っている)。身体拘束についても、削減プログラムを導入しても必ずしも転倒や事故が増えるわけではないという研究が積み重なっている(身体拘束を減らすと転倒や事故は増えるのか)。ダウマースミンデが体現しているのは、こうしたエビデンスが指し示す方向を、ひとつの施設文化として徹底するとどうなるか、という実例だ。

「満たす」ケアは、技法として日本にもある

ただし、薬や拘束を「減らす」だけでは現場は回らない。減らした先に、その人の不安をどう受けとめるかという「満たす」関わりが要る。ダウマースミンデの抱擁・語らい・五感への働きかけは、日本でも知られるケア技法と響き合う。たとえば、その人を一人の人として尊重し心理的ニーズに目を向けるパーソンセンタードケア、見つめる・話しかける・触れるといった関わりを通じて知覚と感情に働きかけるユマニチュード。アイビーの「思いやりの治療」は、これらと別物の魔法ではない。むしろ、日本の現場がすでに学び、実践しようとしている関わりと地続きだと言える。

看取りまで「この家で」をどう描くか

ダウマースミンデが入居から最期までを一つの場所で完結させる姿は、日本の看取りケア・ターミナルケアを考えるうえでも示唆に富む。リハビリと緩和を対立させず、機能の回復をあきらめないまま、苦痛を和らげる薬は必要最小限だけ使う。この「あきらめない/抑えこまない」のバランスは、日本の特養や在宅の看取りでも問われ続けているものだ。

礼賛せず、限界も見すえる

もっとも、ダウマースミンデを「これが理想形だ」と単純に持ち上げるのは公平ではない。研究者たち自身が慎重だ。エスノグラフィー研究は、これが「選ばれた一施設の実践と経験」であると明記し、症例報告も「これは成果分析でも体系的な評価でもない」と断っている。良い結果が出ているとして、それが施設の小ささによるのか、スタッフの質か、リーダーの関与か。著者らは「おそらく複数の要因の組み合わせだろう」と述べる。定員11人という規模、デンマークの制度・人員配置という前提があって初めて成り立つ面も大きい。「症状が半年で半減する」といった数字も施設側の報告であり、独立した検証とは区別して受けとめる必要がある。

それでも、ダウマースミンデが投げかける問いは普遍的だ。落ち着かない入居者を前にしたとき、私たちはまず何をするか。薬や拘束に手を伸ばす前に、抱きしめ、話を聞き、お茶を一杯出すという選択肢が、自分の現場にどれだけ残されているか。規模や制度の違いを言い訳にする前に、明日の一場面で真似できることが、ひとつくらいはあるかもしれない。

まとめ

デンマークの森のそばにある定員11人の小さなケアホーム、ダウマースミンデ。看護師メイ・ビエア・アイビーが17歳の原体験と父の死をきっかけに築いたこの家では、認知症の症状を薬で抑えこむのではなく、抱擁・語らい・焼きたてのケーキ・自然との触れ合いで一日を満たす「思いやりの治療」が実践されている。入居者の薬は平均1種類にまで減り、向精神薬や認知症薬を減らせた例が査読論文でも報告されている。一方で、研究者自身が「一施設の実践」「成果分析ではない」と限界を明示しており、規模や制度という前提を抜きに理想化はできない。

それでも、この施設が私たちに残すのは、技法のレシピよりも一つの問いだろう。落ち着かないあの人を前にしたとき、薬や拘束に手を伸ばす前に、まず何ができるか。あなたの現場では、抱きしめ、話を聞き、お茶を一杯出すという選択肢が、どれくらい残されているだろうか。その問いに、あなたならどう答えるだろう。

執筆者

介護のハタラクナカマ編集部

編集部

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