
高齢者の脱水・熱中症を防ぐ|サインの見極めと家庭でできる予防策
高齢者は脱水・熱中症の救急搬送の約6割を占めます。本記事では脱水の初期サイン、熱中症Ⅰ〜Ⅳ度の見分け方、家庭での水分摂取・室温管理、心疾患や腎疾患がある方の経口補水液の注意、救急要請の判断基準まで、ご家族と本人が今日から実践できる対策を厚労省・環境省・救急医学会の最新資料に基づき解説します。
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この記事のポイント
高齢者は加齢で体内水分量が約50%まで低下し、口の渇きも感じにくくなるため、本人が自覚しないうちに脱水・熱中症が進みます。総務省消防庁「令和7年熱中症救急搬送状況」では、搬送者の約57%が65歳以上、発生場所の約38%が住居と、自宅でのリスクが最も高いことが示されています。家庭での予防の柱は (1) 食事込みで1日1.0〜1.5Lの水分摂取、(2) 室温28度以下・湿度50〜60%を保ちエアコンを我慢しない、(3) 意識障害・痙攣・体温40度以上のいずれかが出たらためらわず119番、の3点です。
目次
「毎年夏になると親の脱水・熱中症が心配」「水を飲んでと言っても飲んでくれない」「エアコンをつけたがらない」——在宅で高齢のご家族を介護している方からよく聞くお悩みです。実際、2025年の熱中症救急搬送者は100,510人と過去最多を更新し、その約57%(57,433人)を65歳以上が占めました(総務省消防庁)。さらに、東京都23区で2025年6〜10月に屋内で亡くなった熱中症死亡者の約85%はエアコンを使用していなかったと報告されています。
高齢者の脱水・熱中症は「気づいたときには重症」が起こりやすい一方、家庭での声かけ・水分摂取・室温管理といったごく当たり前の対策で防げる「予防可能な死」でもあります。本記事では、厚生労働省・環境省・日本救急医学会の最新資料に基づき、脱水の初期サインの見極め方、熱中症の重症度別の対応、家庭でできる予防策、心疾患や腎疾患がある場合の注意、認知症の方への水分摂取の工夫、救急要請の判断基準まで、ご家族と本人が今日から実践できる情報を解説します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医学的判断に代わるものではありません。基礎疾患をお持ちの方の水分・塩分摂取量や薬の調整は、必ず主治医・薬剤師にご相談ください。
高齢者が脱水・熱中症になりやすい5つの理由
「水分はちゃんと取らせているのに、なぜ脱水になるのか」「うちの親は涼しい部屋にいるのに熱中症で倒れた」——こうした疑問の背景には、加齢に伴う身体機能の変化があります。高齢者は若年者と同じ環境にいても、生理的に脱水・熱中症のリスクが数倍高くなります。
1. 体内水分量が成人の60%から50%へ低下
成人の体内水分量は体重の約60%ですが、高齢者では筋肉量の減少と脂肪量の増加によって約50%まで低下します。同じ量の水を失っても、もともと貯水量が少ないため脱水の影響が大きく出ます。体重60kgの高齢者の場合、体内水分は約30Lで、1Lの喪失で体重比3%以上の脱水(症状が出始めるレベル)に達してしまいます。
2. 口渇感センサーの感度低下
のどの渇きを感じる中枢の感度が加齢で低下し、実際に脱水が進んでも「水を飲みたい」と思わなくなります。本人に聞いて「のどは渇いていない」と答えても、すでに血液濃縮が始まっていることは珍しくありません。これが「自覚なく進行する脱水」の最大の原因です。
3. 腎臓の尿濃縮力の低下
若い人の腎臓は、脱水時に水分を体内に留めようと濃い尿を作ります。しかし高齢者は腎機能の低下によって尿を十分に濃縮できず、水分不足の状況でも比較的多めの尿が出てしまいます。「ちゃんとトイレに行けているから大丈夫」と判断するのは危険です。
4. 服薬の影響(利尿薬・降圧薬・SGLT2阻害薬など)
高血圧・心不全に処方される利尿薬(フロセミドなど)、糖尿病で増えているSGLT2阻害薬はいずれも体内の水分を尿に出す方向に働きます。日経DI特集記事によれば、SGLT2阻害薬では尿量が1日500mL程度増えるため、服用開始時には飲水量も500mL多めにすることが勧められています。他にもARB・ACE阻害薬・サイアザイド系利尿薬・NSAIDsなどが脱水時に腎障害のリスクを高めます。
5. 温熱感覚と発汗機能の鈍化
暑さを感じる皮膚感覚と、汗で体温を下げる発汗機能の両方が加齢で低下します。室温が30度を超えていても本人は「涼しい」と感じ、エアコンを拒否する一因になっています。さらに「電気代がもったいない」「冷気が体に悪い」という昭和世代特有の節電志向や健康観も加わり、室内熱中症が起こりやすい構造になっています。
脱水のサイン|家庭で見極める「いつもと違う」チェックリスト
高齢者の脱水は自覚症状が乏しく、ご家族の「いつもと違う」という気づきが最も早期発見につながります。以下は厚生労働省・介護現場で広く用いられている観察ポイントを、軽度〜重度に分けて整理したものです。
軽度の脱水サイン(体重の3〜5%相当)
- 口腔・舌・唇の乾燥:朝起きたとき口の中がカラカラ、入れ歯が外しにくい、舌の表面に縦じわが寄る
- 皮膚ツルゴール(張り)の低下:手の甲をつまんで離したとき、跡が残って戻りにくい(2秒以上)
- 尿の色が濃い・回数が減る:濃い黄色〜オレンジ色、いつもの半分以下の回数
- 頭痛・倦怠感・食欲低下:「なんとなく元気がない」「ご飯を残す」
- 軽いめまい・ふらつき:立ち上がったときにふらつく
中等度の脱水サイン(体重の6〜9%相当)
- 強い倦怠感・脱力:「動きたくない」と座り込む
- 頭痛・吐き気・嘔吐
- 頻脈・血圧低下:脈が速く弱い、立ち上がると血圧が下がる(起立性低血圧)
- 傾眠(うとうとする):呼びかけにすぐ反応しない
- こむら返り・筋けいれん:ふくらはぎがつる
重度の脱水・熱中症のサイン(救急要請レベル)
- 意識障害:呼びかけに返事がない、つじつまの合わない発言、せん妄
- けいれん(全身の震え)
- 体温40度以上の発熱(深部体温、熱中症Ⅳ度の基準の一つ)
- 皮膚が熱く乾燥(汗が止まる)
- 尿がほとんど出ない(半日以上)
- 自力で水を飲めない・むせ込む
家族や訪問介護員が訪問したときは、「いつもと比べてどうか」を見るのが鉄則です。具体的には ①話しかけたときの反応の早さ、②口の中の湿り気、③前回会ったときと比べた表情、④トイレの回数、⑤皮膚の張り、の5点を毎回確認する習慣をつけると、軽度の段階で気づけます。
熱中症の重症度分類|2024年ガイドライン改定でⅣ度が追加
熱中症は症状の重さによってⅠ度〜Ⅳ度に分類されます。日本救急医学会の「熱中症診療ガイドライン2024」(10年ぶりの改定)では、これまでⅢ度の中に含まれていた最重症群がⅣ度として独立しました。家庭で家族が判断する目安として、各段階の症状と対応を知っておきましょう。
Ⅰ度(軽症・現場対応で改善する)
- 症状:めまい、立ちくらみ、こむら返り(熱痙攣)、大量の発汗
- 体温:正常範囲
- 意識:清明
- 対応:涼しい場所に移動 → 衣服を緩める → 経口補水液やスポーツドリンクで水分・塩分補給 → 体を冷やす(首・脇・足の付け根)。30分以内に改善しなければⅡ度として対応。
Ⅱ度(中等症・医療機関受診が必要)
- 症状:頭痛、吐き気・嘔吐、強い倦怠感、集中力低下(熱疲労)
- 体温:38度前後まで上昇することも
- 意識:清明だが反応が鈍い
- 対応:自力で水分が取れる状態でも、症状が回復しない場合は必ず医療機関を受診。嘔吐で水分が入らないときは点滴が必要。
Ⅲ度(重症・入院での集中治療)
- 症状:意識障害、肝・腎機能障害、血液凝固異常(DIC)など複数臓器障害
- 体温:高体温
- 意識:JCS(Japan Coma Scale)でⅡ桁以上
- 対応:直ちに119番。救急車到着までは涼しい場所で全身を冷却。
Ⅳ度(最重症・2024年新設、集学的治療を要する)
- 定義:深部体温40.0度以上 かつ GCS(Glasgow Coma Scale)8点以下の意識障害
- 対応:救命率を上げるため、できるだけ早期にActive Cooling(積極的冷却)を含む集学的治療を開始する必要があります。家庭での対応は不可能なため、迷わず救急要請してください。
重要なのは「呼びかけへの反応」と「体温」です。「ぐったりしていて返事がない」「触ると熱い(汗もかいていない)」のいずれかが当てはまれば、Ⅲ度以上の可能性を疑い、救急要請を優先してください。
家庭でできる水分摂取の工夫|目安量と提供のコツ
高齢者の脱水予防は「いかに継続的に水分を取ってもらえるか」が勝負です。「のどが渇いたら飲む」では遅すぎるため、タイミングと量、提供方法を仕組み化することが効果的です。
1日の水分摂取量の目安
厚生労働省の高齢者向けリーフレットでは、1日あたり1.2Lの飲水を目安として推奨しています。一般には「体重1kgあたり30〜40mL」を目安とし、体重50kgなら1.5〜2L程度(食事に含まれる水分も含む)が必要量です。食事から1日約1Lの水分が摂れるため、食事とは別にコップ1杯(200mL)×6〜7回を分散させて飲むのが現実的な目標になります。
ただし、心不全・腎不全・透析中の方は水分制限の指示が出ていることが多いため、必ず主治医の指示量に従ってください(後述の「持病がある場合の注意」を参照)。
飲ませるタイミングを決めて習慣化する
「気がついたら飲ませる」では絶対に量が足りなくなります。以下のように1日のスケジュールに組み込みます。
- 起床時(コップ1杯)
- 朝食時(味噌汁+お茶)
- 10時のおやつ(コップ1杯)
- 昼食時(汁物+お茶)
- 15時のおやつ(コップ1杯)
- 夕食時(汁物+お茶)
- 入浴前後(各コップ半分〜1杯)
- 就寝前(コップ半分)
これで合計約1.5L前後になります。冷蔵庫に「水分チェック表」を貼り、ご家族や訪問介護員と共有すると確実です。
飲み物の使い分け
| 飲み物 | 用途 | 注意 |
|---|---|---|
| 水・白湯・麦茶 | 日常の水分補給の基本 | カフェイン無しでカロリーゼロ。腎臓に優しい |
| 緑茶・紅茶・コーヒー | 嗜好品として少量 | カフェインの利尿作用あり。水分補給の代わりにはしない |
| スポーツドリンク | 軽い発汗時、Ⅰ度熱中症 | 糖分が多く、糖尿病の方は注意 |
| 経口補水液(OS-1等) | Ⅰ〜Ⅱ度熱中症、発熱・下痢時 | 塩分多めのため日常飲用はNG。後述の心疾患・腎疾患は要相談 |
| 味噌汁・スープ | 食事時の水分+塩分補給 | 体液に近い濃度で吸収が良い |
嚥下障害がある場合の工夫
むせ込みやすい方には、水のままではなく以下の方法で提供します。
- とろみ剤でポタージュ状にする(薬局やネットで購入可)
- 水分ゼリー・寒天を活用する(スプーン1杯ずつ)
- 果物(スイカ、メロン、ぶどう)から水分を摂る
- 姿勢:必ず座位、軽く前傾、顎を引く。寝たままの摂取はむせ込み・誤嚥性肺炎の原因
「飲まない」高齢者への声かけのコツ
「水分を取って」と言われても拒否される場合、以下の工夫が有効です。
- 好みの飲み物を聞いて常備する(昔から好きなお茶のブランドなど)
- 「お薬と一緒に」と声をかける(服薬と紐づけると飲みやすい)
- 小さなコップに入れる(量が少なく見える)
- 「一緒にお茶しましょう」と家族も一緒に飲む
- 湯呑みを本人の手の届く位置・視界に入る位置に置いておく
室内環境の整え方|エアコンを嫌がる親への対応
2025年の熱中症救急搬送のうち38.1%が住居(自宅)で発生しています(総務省消防庁)。屋外より室内の方が「まさかうちで」と気づきにくく、エアコン未使用は致命的な要因です。室内環境を整えるための具体策をまとめます。
室温・湿度の基準
- 室温:28度以下(厚生労働省・環境省共通の推奨)
- 湿度:50〜60%(70%以下)を維持
- 温湿度計を本人の生活動線上(リビング・寝室)に設置し、見える化する
湿度が高いと汗が蒸発せず体温が下がりにくいため、エアコンの「冷房」または「除湿(ドライ)」モードで湿度コントロールも合わせて行います。
環境省「熱中症警戒アラート」の活用
環境省と気象庁が共同で発表する熱中症警戒アラートは、翌日または当日の暑さ指数(WBGT)が33以上と予測される場合に出されます。さらに危険度の高い熱中症特別警戒アラートはWBGT35以上で発表され、エアコンの使用・指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)の開放が呼びかけられます。
- 環境省「熱中症予防情報サイト」で自分の地域のWBGTを確認
- LINE「環境省」公式アカウントで通知を受け取る
- アラート発表日は外出を控え、エアコンを終日稼働
とくにWBGT31以上の「危険」レベルでは、高齢者は安静にしていても熱中症を発症する危険があると日本生気象学会が示しています。
エアコンを嫌がる親への現実的アプローチ
多くのご家族が直面する「エアコンを使ってくれない」問題は、次の角度から対応します。
- 「健康を守る道具」と位置付け直す:「冷房は体に悪い」という古い健康観を、「熱中症は予防できる死。エアコンは薬と同じ」と伝え直す。総務省消防庁の数字(搬送者の57%が高齢者、住居が38%)を共有するのが有効。
- 設定温度ではなく室温で管理:エアコンの設定温度28度は「設定」であり、実際の室温は地域・時間・部屋の向きで変動します。室温計の数字を28度以下に保つよう設定温度を下げるのが正解。
- 風が直接当たらない工夫:「冷気が体に悪い」という訴えには、風向きを上向きに、扇風機・サーキュレーターで撹拌、エアコンの真下を避けて座席を配置することで対応。
- 電気代の不安への対応:エアコンの24時間運転は「つけっぱなしの方が安い」場合もあること、自治体の高齢者向けエアコン購入・電気代補助制度(自治体により異なる)を調べて伝える。
- 遠隔監視の活用:スマートリモコン(Nature Remoなど)で、離れて住む家族が室温チェック・エアコン操作できる仕組みを導入。
就寝時・入浴時の注意
就寝中の熱中症は朝方の発見が遅れ、重症化しやすい時間帯です。
- 就寝中もエアコンを切らない。設定温度を1〜2度上げ、タイマーは使わず「弱運転で朝まで」が安全
- 枕元にコップ1杯の水を置く
- 入浴前後は各コップ1杯の水分補給。湯温は40度以下、入浴時間は10分以内。脱衣所と浴室の温度差を減らす(ヒートショック予防にも有効)
- 長湯はせず、入浴後は急に立ち上がらない
持病がある場合の注意|心疾患・腎疾患・糖尿病と経口補水液
「夏は経口補水液を1日1本飲めば安心」と思われがちですが、持病がある方には必ずしも適さないケースがあります。経口補水液はナトリウム(塩分)とブドウ糖を多く含む医療目的の飲料で、健常者が日常的に飲むと塩分過剰になります。日経DI特集や戸頃循環器内科クリニックの解説をもとに、主な疾患別の注意点をまとめます。
心不全・高血圧の方
- 経口補水液は塩分が多い(500mL中約1.4g)ため、減塩指導を受けている方は医師の指示なしに飲まない。
- 利尿薬を服用中の場合、脱水のリスクがあると同時に水分の取りすぎでうっ血悪化のリスクもある。夏場は主治医に「水分はどのくらい取って良いか」を必ず確認。
- 軽症の慢性心不全であれば、水・お茶を1日1〜1.5L程度の摂取で問題ないことが多い(日本循環器学会ガイドライン2017)。
腎機能が低下している方(CKD)・透析中の方
- CKDステージG3以降では、過剰な水分摂取も腎機能悪化のリスク。「たくさん飲めば腎臓に良い」は誤解。
- カリウム制限がある方は緑茶・紅茶・スポーツドリンクのカリウム含有量に注意(麦茶はカリウム少なめで比較的安全)。
- 透析中で無尿の方は1日500〜600mLの水分制限が原則。経口補水液の摂取は医師に必ず相談。
- RAS阻害薬(ARB・ACE阻害薬)・利尿薬・NSAIDsを併用している方が脱水になると急性腎障害(AKI)のリスクが上昇。「食べられない・飲めない」時は自己判断で薬を続けず、主治医に相談を。
糖尿病の方
- スポーツドリンクは糖分が多いため日常飲用は避ける(500mLで角砂糖10〜15個分の糖分)。水・麦茶・お茶が基本。
- SGLT2阻害薬(フォシーガ、ジャディアンスなど)服用中の方は、尿量が増えるため脱水になりやすい。服用前より1日500mL多めの飲水が推奨される。
- 発熱・下痢・嘔吐などの「シックデイ」では、SGLT2阻害薬・ビグアナイド薬(メトホルミン)は休薬が原則。事前に主治医からシックデイルールの指示を受けておく。
- 高血糖と脱水が重なると「高浸透圧高血糖症候群(HHS)」を起こし、昏睡・死亡に至る危険があるため要警戒。
精神疾患・認知症で抗精神病薬を服用中の方
- 抗精神病薬の副作用「悪性症候群」は脱水が発症の危険因子。38度以上の発熱があるときの服薬は医師に相談を。
- 炭酸リチウム(リーマス)は脱水・脱水を起こしやすい状態の方には禁忌。夏場の管理はとくに慎重に。
「お薬手帳」を活用したリスク確認
本人が飲んでいる薬を把握していない場合、お薬手帳をかかりつけ薬局に持参して、「夏場に脱水になりやすい薬は入っていますか?」と直接質問するのが確実です。利尿薬・SGLT2阻害薬・RAS阻害薬・NSAIDs・抗精神病薬のいずれかが含まれていれば、特に注意が必要なグループとして覚えておきましょう。
認知症の方への水分摂取アプローチ
認知症のあるご家族は、「のどが渇いた」感覚が伝わりにくいだけでなく、「水を勧められても拒否する」「飲んだことを忘れて何度も飲む」「コップの中身が水だと認識できない」など、独特の難しさがあります。「水分を取らせる」ことを目標にすると介護者も疲弊するため、環境を整えて自然に手が伸びる仕組みを作ることが鍵です。
視認できる位置に好きな飲み物を置く
「冷蔵庫を開けて自分で出す」という動作が難しい場合は、テレビの横、ソファのそば、ベッドサイドなど本人が長時間過ごす場所に常に飲み物を置いておくのが効果的です。フタ付きのマグやストロー付きのタンブラーにすると、こぼれにくく、目に入ったときに「飲もう」と思いやすくなります。
馴染みのある容器・温度・味で提供する
- 昔から愛用している湯呑みや茶碗を使う(プラスチック製の介護用品より飲んでくれることが多い)
- 常温〜ぬるめが好まれる傾向。冷たすぎると拒否されやすい
- 無理に水を勧めず、好物(牛乳、ジュース、味噌汁、果物)から水分を摂る
- 「水分」と意識させず、「お茶しましょう」「一緒におやつにしましょう」と声をかける
記録を共有する
「いつ・何を・どのくらい飲んだか」を簡単に記録するチェック表を冷蔵庫に貼り、家族・訪問介護員・デイサービスの職員と共有します。「今朝はお茶を半分しか飲めていないので、デイで多めに勧めてください」といった情報連携が、過剰摂取・不足の両方を防ぎます。
飲んだことを忘れて何度も求めるとき
水中毒(低ナトリウム血症)のリスクを避けるため、1日3〜4Lを超えるような大量摂取が続く場合は主治医に相談してください。「もう飲みましたよ」と否定するのではなく、「少し時間を置いてからにしましょうね」と一旦受け止める声かけが穏やかに進めるコツです。
食事拒否がある場合の水分確保
食事から1日約1Lの水分が摂れることを考えると、食事量が減ると水分不足も同時に進みます。食欲が落ちているときは、ゼリー・プリン・果物・スープなど水分の多い食品を中心に、少量でも回数を増やして提供しましょう。3日以上食事量が半分以下の状態が続けば、訪問診療やかかりつけ医に相談を検討します。
救急車を呼ぶ判断基準|119番の前に確認すること
「救急車を呼ぶほどでもないかもしれない」と躊躇しているうちに重症化するケースが、高齢者の脱水・熱中症では非常に多くあります。以下のいずれかに該当する場合は、迷わず119番してください。
絶対に救急要請(119番)すべきサイン
- 意識がない、または呼びかけに正常に反応しない(つじつまの合わない返事、ぼんやりして反応が鈍い)
- けいれん(全身の震え)が起きている
- 体温が40度以上ある(脇の下で測って高熱)
- 自力で水を飲めない、むせ込む
- 嘔吐が続いて水分が入らない
- 皮膚が熱く、汗をかいていない(体温調節破綻のサイン)
- 半日以上、尿が出ていない
救急車を待つ間にすること
- 涼しい場所(エアコンの効いた部屋、日陰)に移動する
- 衣服を緩める・脱がせる
- 首・脇の下・足の付け根に氷嚢や保冷剤を当てる(太い血管を冷やすと効果的)
- 意識があり、自分で飲める場合のみ経口補水液を少しずつ
- 意識がなければ無理に飲ませない(誤嚥のリスク)
- 救急隊員に「服薬中の薬(お薬手帳)」「持病」「いつから症状が出たか」を伝える準備
「#7119」救急安全相談センターも活用
「119番を呼ぶか迷う」「夜間で病院をどうするか分からない」というときは、救急安全相談センター「#7119」に電話を。看護師・医師が24時間体制で、緊急性の判断と適切な医療機関を案内してくれます(実施地域は順次拡大中。実施されていない地域もあるため事前に確認)。
かかりつけ医・訪問医への連絡
意識ははっきりしているが「いつもと違う」レベルでは、まずかかりつけ医・訪問診療医に電話で相談を。在宅医療を受けている方は、夜間・休日の連絡先を冷蔵庫に貼っておきましょう。地域包括支援センターの夜間連絡先も併記しておくと安心です。
家族が遠方に住んでいる場合
離れて暮らしている場合は、以下の体制を事前に整えておきます。
- 近所のキーパーソン(民生委員、地域包括、頻繁に訪問するヘルパー、隣人)の連絡先を共有
- 見守りサービス(電気・ガス使用量の異常検知、人感センサー、緊急通報装置)の導入
- 訪問介護の頻度を夏季は増やしてもらう(ケアマネに相談)
- 玄関の合鍵を信頼できる近隣者に預ける(救急隊員が入れるように)
介護保険サービス・地域資源で見守りを補強する
家族だけで毎日見守るのは現実的に難しいケースが多くあります。介護保険サービスや地域資源を上手く組み合わせて、夏季の見守り体制を強化しましょう。
訪問介護(ヘルパー)に水分摂取を依頼
身体介護・生活援助の中で、「水分摂取の声かけと記録」をケアプランに位置付けることが可能です。1日に2〜3回ヘルパーが入る方であれば、訪問時に水分量チェック・記録、エアコン稼働確認、室温チェックを依頼できます。担当ケアマネに「夏季は水分摂取の見守りを強化したい」と相談すれば、訪問頻度や時間帯の調整も検討してもらえます。
デイサービス・デイケアの活用
夏季の日中をデイサービスで過ごしてもらえば、施設職員が水分摂取・体調管理を担ってくれます。「夏場だけ週2回 → 週4回に増やす」といった季節限定の利用回数増も、区分支給限度額の範囲内で可能です。
地域包括支援センターへの相談
「介護認定はまだだが、独居の高齢親が心配」という段階でも、地域包括支援センターに連絡すれば、保健師・社会福祉士が現状を確認し、見守り訪問や民生委員との連携、必要なら要介護認定の申請まで支援してくれます。地域包括は市区町村が高齢者人口に応じて設置している無料の公的相談窓口です。
クーリングシェルター(指定暑熱避難施設)
2024年から運用が始まった気候変動適応法に基づく指定暑熱避難施設で、市町村が公民館・図書館・ショッピングセンターなどを「暑さをしのげる場」として指定しています。熱中症特別警戒アラート発表時には開放されます。お住まいの市区町村のホームページで一覧を確認し、自宅にエアコンがない・故障した場合の避難先として把握しておきましょう。
緊急通報装置・見守りセンサー
市区町村によっては緊急通報装置の貸与制度(無料または低額)があり、独居高齢者や老老介護世帯が対象になります。ボタン一つで消防・委託業者につながる仕組みです。民間のセンサー型見守りサービス(電気使用量、人感センサー、ドア開閉)と組み合わせれば、家族が遠方でも異変を早期にキャッチできます。
よくある質問
Q1. 1日の水分摂取量はどのくらいが目安ですか?
A. 健康な高齢者であれば、食事込みで1日1.5〜2.0L(飲み物だけで1.0〜1.5L)が目安です。厚生労働省のリーフレットでは飲水量1日1.2Lを推奨しています。ただし心不全・腎不全・透析中の方は医師の指示量を厳守してください。「のどが渇いた」と感じる前に、コップ1杯×6〜7回に分散して摂るのが効果的です。
Q2. 経口補水液は毎日飲ませてもいいですか?
A. 経口補水液は脱水時の治療目的の飲料で、塩分(ナトリウム)が多いため日常飲用には適しません。1日1本を毎日飲み続けると塩分過剰となり、高血圧や心不全を悪化させる恐れがあります。健康時は水・麦茶・お茶を、Ⅰ〜Ⅱ度の熱中症や発熱・下痢時に経口補水液を、と使い分けてください。
Q3. 熱中症警戒アラートが出ている日は何をすればよいですか?
A. 環境省の熱中症警戒アラート(WBGT33以上)が出た日は、屋外活動を原則中止し、エアコンを終日稼働、こまめな水分補給、室温28度以下の維持を徹底します。さらに重い熱中症特別警戒アラート(WBGT35以上)の場合は、市町村が指定する暑熱避難施設(クーリングシェルター)も活用できます。LINEの環境省公式アカウントや、お住まいの市区町村の防災メールで通知を受け取れます。
Q4. エアコンを嫌がる親にどう対応すればよいですか?
A. 「冷房は体に悪い」という古い健康観への対処として、(1) 風が直接当たらないように上向き設定+扇風機で循環、(2) 設定温度ではなく室温計の数字(28度以下)で管理、(3) 「エアコンは熱中症を防ぐ薬」と位置付け直す、(4) スマートリモコンで離れた家族が遠隔操作、といったアプローチが有効です。電気代の不安には、自治体の高齢者向け電気代補助制度の確認も検討してください。
Q5. 認知症で水を勧めても飲んでくれません
A. 「水を飲んで」と促すのではなく、環境設定で自然に手が伸びる仕組みを作るのがコツです。①ベッドサイドやテレビの横に常に湯呑みを置く、②本人が昔から使っている食器を使う、③「お茶しましょう」と一緒に飲む、④ゼリーや果物、味噌汁から水分を摂る、⑤拒否されても繰り返さず時間を置く、を実践してみてください。
Q6. 救急車を呼ぶか迷うときはどうしたらいいですか?
A. 意識障害・けいれん・体温40度以上・自力で水が飲めないのいずれかがあれば119番です。判断に迷う段階では、救急安全相談センター「#7119」(実施地域)に電話すれば、看護師・医師が緊急性を判断して指示してくれます。かかりつけ医の夜間連絡先、地域包括支援センターの連絡先を冷蔵庫に貼っておくと迷ったときに役立ちます。
Q7. 訪問介護や見守りサービスで脱水予防を補強できますか?
A. はい。訪問介護のケアプランに「水分摂取の声かけと記録」を組み込めます。デイサービスの利用回数を夏季だけ増やすことも、区分支給限度額の範囲で可能です。担当ケアマネに「夏季の見守りを強化したい」と相談してください。介護保険未利用なら地域包括支援センターに連絡すれば、無料で訪問・相談・サービス調整を支援してもらえます。
参考文献・出典
- [1]
- [2]
- [3]
- [4]
- [5]
- [6]
- [7]
まとめ|「予防可能な死」を家庭から減らすために
高齢者の脱水・熱中症は、加齢に伴う体内水分量の低下、口渇感の鈍化、温熱感覚の低下、服薬の影響など、複数の生理的・社会的要因が重なって起こります。総務省消防庁のデータが示すように、救急搬送者の約57%が65歳以上、約38%が住居(自宅)で発生しており、屋外より室内、若年者より高齢者にリスクが集中しているのが現状です。
本記事の要点を改めて整理します。
- 水分摂取:食事込みで1日1.0〜1.5L、コップ1杯×6〜7回に分散。心・腎疾患は医師の指示量を厳守
- 室内環境:室温28度以下・湿度50〜60%、エアコンを「健康を守る道具」として終日稼働
- サインの早期発見:「いつもと違う反応・口の乾き・尿量減少・皮膚の張り」を毎日チェック
- 2024年改定の熱中症Ⅳ度(深部体温40度以上+GCS≦8)は最重症。早期119番が救命のカギ
- 持病がある方:経口補水液・スポーツドリンクは医師・薬剤師に相談してから常備
- 認知症の方:「飲ませる」ではなく「自然に手が伸びる環境」を整える
- 地域資源の活用:訪問介護のケアプラン、デイサービスの夏季増回、地域包括支援センター、クーリングシェルター、緊急通報装置を組み合わせて見守りを補強
東京都監察医務院は「熱中症死亡は『予防可能な死』」と明言しています。家族の毎日の声かけと、地域・医療・介護サービスの連携によって、これからの夏も大切なご家族を守っていきましょう。判断に迷うときは一人で抱え込まず、かかりつけ医・地域包括支援センター・救急安全相談センター「#7119」を積極的に活用してください。
執筆者
介護のハタラクナカマ編集部
編集部
介護保険、施設選び、在宅介護など、介護を受ける方・ご家族が判断に迷いやすいテーマを、公的情報と実務上の確認ポイントに沿って解説しています。
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2026/5/20
高齢者の骨粗鬆症と骨折予防|骨密度検査・治療薬・栄養と運動の三位一体
高齢者の骨粗鬆症は推定1590万人。大腿骨頸部骨折は寝たきりの主因です。骨密度検査(DEXA)・YAM値の見方、2025年改訂ガイドラインに基づく治療薬選択、カルシウム700-800mgの食事、荷重運動、転倒予防の住環境整備までを家族向けに解説します。

2026/5/20
慢性腎臓病・透析の親を在宅で支える|食事制限・通院・経済支援と介護保険
高齢の親が慢性腎臓病・透析になったら家族はどう支えるか。透析療法3種類の選び方、食事制限とサルコペニア対策、通院送迎の負担軽減、特定疾病療養受療証や自立支援医療の経済支援、介護保険との併用、ACP(透析中止判断)まで医療専門家監修で解説。

2026/5/20
心不全の親を在宅で支える|増悪サイン・体重管理・塩分制限と緊急対応
高齢の心不全パンデミック時代に、家族が在宅で親を支えるための実践ガイド。10の増悪サイン、毎日の体重管理、1日6g以下の塩分制限、心不全手帳の点数化受診基準、入浴・服薬の注意点、訪問看護や心臓機能障害手帳の活用、ACPまでを循環器学会・国循ガイドラインに沿って網羅。
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